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0153『夜のピクニック』青春の空気を吸う

【読書感想】★★★★☆ 
to 感情の機微と青春にふれたい方
to 恩田睦さんの心情描写が好きな方

『蜜蜂と遠雷』で、すっかり好きになった作家さん。ビジネス書の合間の青春清涼剤となる。第2回本屋大賞。2004年刊行でもう18年も前の作品だ。時の速さを感じる。

概要と少しあらすじ

長編青春小説。高校生活の最後を飾る伝統行事「歩行祭」が舞台。全校生徒が24時間かけて80kmの道のりを親友たちと夜を徹し歩く。非日常の中で浮き彫りとなる青春の光と影を描く。著者の母校である茨城県立水戸第一高等学校の名物行事「歩く会」がモデル。

3年生の甲田貴子は、最後の歩行祭、1年に1度の特別なこの日に、自分の中で賭けをした。それは、クラスメイトの西脇融に声を掛けるということ。貴子は、恋心とは違うある理由から西脇を意識していたが、一度も話をしたことがなかった。しかし、ふたりの不自然な様子をクラスメイトは誤解して…。

(wiki)

歩行祭に無理のないエッセンス

現実にモデルもある歩行祭。特殊で一見地味な学校行事。SF要素もない。歩く学生の心情描写だけで、よくこんな長編を書き切れるなという感心がまずある。

たしかにやや平坦に話がすすむ。それでも、他のスポ根や音楽小説のように、盛り上げるシーンを無理して作らないところに好感がもてる。そこのバランスが好き。

そこに交わされる会話と心模様。ただの恋愛感情ではない。特殊な、それでいてまったく起きないこともない環境。自分を重ねて考えてみる。不思議な関係性の感情を自分の中にも探ってみて楽しめた。

子供の頃考えていたことを思い出す

長時間の歩行による体の痛みと心の疲労。それでも時が経つと、とても愛おしい時間になる。”青春の懐かしさ”への感覚。あれは心のどこにあるのか。あの感覚が人間にもたらす意味はなんなのか。などと考えてみたくなった。

歩行祭の前半で海にでる。自分は浜沿い育ち。”海が近いという感覚”, “夜の棲か”, “滲む水平線”。子供の頃いだいた感覚を言語化してくれているよう。特に夕方から夜にかけての描写はすばらしかった。あの日の空を思い出す。夜空に一部昼の空が残っているような不思議な景色。

幾つになっても青春 - 緊張と緩和

”相手は自分を嫌っていると思う”と相互に思っている者同士がいたとする。男女間、友人関係、社内、地域。誰にでも、これまでの人生をふりかえれば、思い当たる相手が一人二人はいるのではないだろうか。

それが、とあるきっかけで、心のつっかえ棒がとれ、急に自然と話ができるときがきたら。誰でも、大なり小なり、あの爽快で高揚感のある感覚をもったことがあるのではないだろうか。自分はとても共感をえた。青春のリアルな緊張と緩和を見事に書き切っている。

まとめ - 一期一会の本 - 

本は読まれたうえ、その読者に変化をもたらしてこそ、その役割を果たすと思う。そのときの受容体の自分との共同作品だ。年齢、心情、立場によっても自分のアウトプットが変わってくる。一期一会というわけだ。

今、なぜこの本を手に取ったのか。青春の感性を求めていたのかもしれない。歩行祭。素晴らしい行事。羨ましい学校行事だ。季節は冬から春の空気。読書の尊さをかみしめて、いくつになっても青春はつづく。

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