日記 「アイドル部」というVtuberグループの近状

昨今の芸能界では、「Youtube」という動画投稿サイトを中心に芸能活動を行う「Youtuber」、「Vtuber」と称される人々が大衆に認知されて久しい。

私もそうした人々を好意的に眺めている内の一人で、特に「アイドル部」というVtuberグループを愛して止まない。そんな彼らが最近、「ゲリラ配信」と呼ばれる配信を開始した。

それまでの彼らは、所属事務所やメンバー間でのコンプライアンスに則り、各メンバーが予め日時を設定し、設定した時間内までに配信を終了させるという配信を行ってきたが、ゲリラ配信ではその制限を取り払い、メンバーが好きな時間に、好きなだけ配信が出来るそうだ。

その知らせを聞いた時、私は特に気に留めず、「それは良かった!」とただ思うばかりだったが、彼らの話に耳を傾けていると、それら二つの配信方法はそれぞれ異なる意味を持ち、彼らにとって良い結果をもたらしているようだった。

私達は普段、二つの日常を行き来している。

一つは仕事をする人としての日常。何故仕事をするのかと言えば理由は様々だが、金を得る為、もとい生命活動の一環としてこの日常は存在している。

もう一つは一人の人としての日常。人間本来あるべき姿とも言えるだろう。この日常では、何物にも縛られず、誰もが自由に振る舞う事が出来る。

一人の人としての日常......現代では仕事の疲れを癒やすという意味を持っているが、本来はこちらの方が重要で、より自然な生命活動と言えるだろう。しかし、現代においては仕事をしなければ衣食住を十分に満たすことが出来ず、仕事をしなければ成り立たないものとなってしまった。かといって仕事ばかりしていては、私の経験上、幸福な人生を送ることは難しいだろう。

仕事をしなければ満足に生きることは難しいし、仕事ばかりしていては息が詰まる。これら二つの日常をバランスよく行き来することが、豊かな人生を送る秘訣ではないだろうか。

......さて、彼らにとって従来の配信は、仕事をする人としての日常であったと私は思う。たとえそれが無意識のもので遊びの延長線上であったとしても、事務所に所属する者として「Youtubeでの配信」という芸能活動を行う以上仕事――生命活動の一環であることに変わりはないだろう。なので彼らはその道のプロフェッショナルとして日夜工夫をこらし、一度現れては私達に笑顔を届けてくれる。

それに対しゲリラ配信では、ある程度原則的なコンプライアンスは維持されているものの、彼らの思うがまま、やりたいように配信が進行される。時間は決められていないし、他のメンバーが急遽参加することも、配信の宣言があっても土壇場でキャンセルされることもある全く自由な空間だ。自由な空間――この配信は、彼らの一人の人としての日常で成り立っている。

先に書いたように、仕事をする人としての日常と一人の人としての日常をバランスよく行き来することが良いことであるとするならば、彼らは着実に良い方へと進んでいるのではないだろうか。ゲリラ配信という新たな配信方法が今になって開始された事情は、私には全く分からないし、分からなくても良いだろう。ただ私は、プロのイラストレーターが仕事用の絵を描く合間に、趣味満載のイラストを自己満足としてこしらえるかのような、高尚な息抜きのように捉えている。実際、ゲリラ配信中の彼らは、なんとなくだが普段より気の抜けた表情をしているように見える。これは、自由であるがための安堵なのかもしれない。

ともかく私は、大好きで仕方がなく、もっと、もっと幸せになってほしいと願う人らが、仕事に追われ人生を台無しにしてしまうことを回避したのだと捉え、非常に嬉しく思っている。様々な変化が訪れてゆくけれども、これからも変わらず、彼らにより豊かな幸が訪れますように。

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