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ワインの世界を応援するなら3,000円以上のワインを選ぼう

さて今日は価格の話。お金にまつわる話は常にちょっとセンシティブなので、書き出しも少し悩んでしまいます。
特に巷ではコストコやニトリといったお値打ち品をウリにする小売店を賞賛するムードがそこかしこに漂っていますので、そんな中で「高い値段を出そうね」などとは口が裂けても言いたくないのであーる(だからここに書くのであーる)。

本日の主張は、タイトルの通りです。
なんのひねりも皮肉もこめていませんし、いわゆる「釣り」でもありません。
もしあなたがワインが好きで、ワイン造りをする人たちを応援したくて、ワイン業界が今後も続いてほしいと願ってくれるなら、3,000円以上のワインを選べるようになってほしい…これが主張です。

最初に断っておくと、「3,000円未満のワインは美味しくないから」とか「3,000円未満のワインは手を抜いてます」みたいに貶める意図は一切ありません。1,000円台にも美味しいワインはたくさんありますよね。

ではなぜ3,000円なのか。
それは3,000円前後からワイナリーの在り方が大きく変わるからです。


ここで皆さんには、1軒の架空のワイナリーを想像して、そのオーナーになっていただきましょう。
ワイナリーの名前は…そうですね、「シャトー・(あなたの苗字)」とでもしましょう。

・・・フランス・ボルドー地方にある4代続く家族経営ワイナリー。
アントル=ドゥー=メールに20haの畑を所有している。
父親の代まではワイン用ブドウ農家としてブドウの販売だけを行っていたが、3年前に父が他界(ごめんね!)したことをきっかけにあなたと二人の兄妹は畑を引き継ぎ、そして自分たちでワインを造ることを決意した。
ブドウの品質には自信がある。しかし、ワイン醸造には莫大な初期投資が必要だ。すぐに理想の設備が揃えられることは滅多にない。
ワインを販売していく中で十分な利益が出るようになれば、どんどん拡充していける。そう心に決めたのである…!


…家族の絆が感じられる、美しいストーリーですね。
しかしあなたはオーナーですから、算盤を弾いてもらわねばなりません。
人生は無情であります。

ワイナリーも会社ですから、当然お金を稼がねばなりません。
ワイナリーの売上とは単純に、
何本のワインを作って、一本あたりいくらで売れるのかの掛け算です。
(ここではシンプルに1種類のワインのみ作ってることにします)

まずは生産量を見てみましょう。
アントル=ドゥー=メールでクオリティを求めた造りということなので
1ヘクタールあたり60ヘクトリットルとします
20haの畑全てが同じ収量と仮定して
750mlボトルで16万本の生産量となります。

次に価格です。
今日のテーマである「3,000円」を目標にしましょう。
日本で3,000円で売られるには、出し値をいくらに設定すべきでしょうか?
計算式は省きますが、蔵出し価格で約6ユーロになります。(170EUR/JPYと仮定)

つまり、もし仮にプロモーションがうまく行って
全てのワインが1年間で販売できたとして
総売上高は 16万本×6ユーロで、96万ユーロ
日本円にして1億6千万円程度です。

さて、オーナーであるあなたは、この売上をどう見ますか?
年間の売上ですよ。

私は正直言って、ギリギリだと思います。
なぜならこの試算は、100%リターンが返ってきた場合だからです。この年は天候がうまく行ったし、幸い全てのワインに買い手がついた。でも来年もそんなにうまく行くとは限らない。
そしてこの売上が全て利益になるわけではない。
まず人件費。兄妹3人で栽培から醸造、そしてプロモーションまで全てを見るのは実質不可能。常勤が最低でも2、3名、収穫や剪定要員としてのパートタイムも相当数必要になってくる。
人件費だけじゃなく、畑で使う機械のリース代、最低限の醸造設備、ボトリング設備のレンタル費用、瓶やラベルなどの資材費、プロモーションにかかる費用・・・とにかく支出は尽きることがない。
将来の品質向上、設備の拡充のためにも、利益はできるだけ投資に回したい。

16万本ものワインを
小売3,000円になるように値付けして
「やっと」将来への投資ができるレベルです。

もしこれが2,000円ならどうでしょう?
ワイナリーを継続することはできるでしょうが、再投資は難しいです。

1,500円ならどうでしょうか?
品質向上にまで手をまわすことはできないでしょうから、いずれ顧客を失います。

ここで大事なことは、3,000円で販売し、来年以降も同じようにワインを顧客に買ってもらうためには、3,000円以上のクオリティ(=価値)のワインを作り続けなければいけないということです。

クオリティを維持するためには、上にも書いたように、設備投資や労働力が不可欠です。顧客を維持するためのPR活動も必要でしょう。


価格を守る(上げる)ためには、お金が必要。
お金を稼ぐためには、価格を守る(上げる)必要。
この循環がプラス、プラスに向かっていって初めて
このワイナリーは「持続可能(サステナブル)」になれるのです。


最近、このサステナブルという言葉をよく耳にします。
それと同時に、私たち(特に日本の)消費者は、安さは正義と思ってるところがあります。
ですがこの二つの考えは、はっきり言って相反する考えだと私は思っています。
それは上でも見たように、生産者に十分なリターンを与えることができて初めて、その産業は持続できるからです。

私の中で3,000円は、その最初のボーダーラインだと思っています。
3,000円は決して高くないのです。

今日は、価格の裏側の話でした。
もしあなたが、私の考えに共感してくださり、そして「シャトー・あなた」で頑張る3兄妹を応援したいと思ってくださるなら、普段はちょっと手が出しにくいかもしれない上の価格帯のワインに、目を向けてみてもらえたら嬉しいなぁ、と思います。


補足:
今回は「家族経営ワイナリー」を想定した、ごくごく簡易なシミュレーションをしてみました。産地によって環境によって、上で挙げた数字は全く違うものになるでしょう。またワインの品質(=美味しさ)だけを考えれば、もちろん2,000円台、1,000円にも良いワインはたくさんありますし、そういったワインをつくる会社の多くがサステナブルな経営を行えています。そういった会社はビジネスモデルが違います。病害の少ない環境で、大量にブドウを調達し、効率よく醸造を行い、世界中に顧客を持っています。ビジネスモデルの違いだけで品質の違いまで言及することは難しいです。しかしながら、産地や品種、造り手の個性が表現されているような中小のワイナリーについては、今日お話した内容が当てはまると考えています。量と質は反比例の関係にあると言っても良いでしょう。より良いブドウを育てるためには、より手をかける必要があり、それは結果的にお金がかかるからです。数千年に亘り脈々と受け継がれてきたワイン造りの文化は、そんな中小のワイナリーたちによって支えられていることも付け加えておきます。

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