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菜月の悲しみ

 彼女はあまりにも突然に、愛する彼を失ってしまいました。

 普通に100円均一ショップの仕事をしていた私だが、仕事の時にも普段とは違う、ただならぬ感じがした。
「体調は悪くないのに、何だか嫌な感じがするの。何だか普通じゃないわ。」
 病気でも体調不良でもないが、商品が普通より重く感じる、生ぬるい感じがする、人の訴えるような顔に見える等、私には異常な感覚だった。
「異常だわ・・・。」
 何だかよくわからない異常を感じながらも、私は仕事の休憩時間に、携帯を開いた。
「宮本さんのお宅の番号だわ・・・。」
 私の携帯には、同じ番号からの着信が多数来ていた。これは健ちゃんの実家、宮本家の番号だ。
「何度かけても出ないわ・・・。」
 私もその番号に折り返し電話をするが、何度かけても誰も出なかった。
「神谷家からだわ。」
 その直後にも電話が来た。こちらは神谷家からだ。
「菜月、今はお仕事でしょう。詳しいことは家でお話するわね。」
「詳しくは後で聞くわね。」
 お母様からだった。詳しいことは後で話すという結果だった。
「健ちゃん、それとも宮本さん達に何があったの・・・。」
 私は健ちゃんに、それとも宮本家に何があったのかわからないまま、何ともいえない不安を感じた。
「何だかわからないけど、私も仕事よ。」
 私も不安を打ち消すように、午後の仕事も普通にしていた。
「また電話が来たわ。」
 仕事を終えた時に、宮本家の番号から再び着信が来た。私は普通に応答した。
「はい。神谷菜月です。」
「菜月ちゃん、よく聞いて欲しいの。」
 宮本さんのお母様だった。お母様2人が、私によく聞いて欲しいと繰り返し言う。
「詳しいことはお家でお話するわね。」
「よろしくお願いします。」
 私も宮本家のお母様にも神谷家で話すと聞いて、通話を終えた。
「この度は御愁傷様です・・・。」
「深刻なご様子ね・・・。」
 神谷家ではお父様、お母様が深刻な様子で話し合っていた。お兄様、お姉様、弟妹はまだ仕事や学校で家にいない。
「菜月、よく聞きなさい。」
 お母様は私を居間に呼んで、よく聞くようにと冷静に指示した。
「菜月ちゃん・・・。」
「由紀。」
 宮本さん方は、私を呼んで涙ぐむお母様をお父様が支えていた。夫婦で名前で呼び合うのは、私達のお父様とお母様も「博志」「聖子」と名前で呼び合うのも同じだ。
「菜月ちゃん、よく聞いてね。」
「お願いします。」
 宮本家のお母様にも、よく聞くようにと言われた。私も一言で応えた。
「健太が死んじゃったの・・・。交通事故だったの・・・。」
 宮本家のお母様は涙声で、健ちゃんが交通事故で亡くなってしまったと仰った。
「健ちゃんが・・・!?」
 予想外だった。元気で優しかった健ちゃんが、私ともお互いに好き同士だった健ちゃんが、交通事故で亡くなってしまった。
「健太、バイクに乗って仕事に行く時に、スピードを出し過ぎて柵にぶつかって、そのまま投げ出されちゃったの・・・。」
「健ちゃん・・・。」
 お母様は、健ちゃんがバイクで仕事に行く時にスピードを出し過ぎて柵に突っ込んで、投げ出されてしまったと説明した。健ちゃんの自損事故なので、他に被害者や加害者がいなかった。
「病院に行きましょう。」
 宮本家のご両親と私は、車で病院に向かった。遠くはないはずの病院までの道が、私には普通よりずっと長く感じた。
「かけてお待ちください。」
「菜月姉さん。」
「亜子ちゃんは普通にお仕事だわ。響希くんも健ちゃんが亡くなって悲しいんだわ・・・。」
 他の受付事務の皆と同じように、亜子ちゃんも受付事務をしていた。受付のあたりを、響希くんが何度も歩き回っていた。
「琴音姉さん。」
 響希くんも呼んだように、少ししてお父様とお母様に付き添われた琴音ちゃんが来た。琴音ちゃんは無表情だったが、響希くんと私には気づいた。
「菜月!」
「将人くん。」
 ご両親のどちらかが連絡したのか、将人くんも駆けつけた。将人くんも健ちゃんの幼馴染であり、同時に私達の同級生だ。
「健太が事故で死んだって・・・。本当か。」
「信じられないわ・・・。」
 将人くんは冷静だった。私は健ちゃんが亡くなったという事態を、私自身でも信じられないでいた。
「こちらです。」
 私達は、病院の霊安室に通された。
「健ちゃん・・・。眠っているみたいだわ・・・。」
 顔に白い布をかぶせられた健ちゃんの亡骸は眠っているみたいで、私にも亡くなっているとは思えなかった。
「にいさああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 琴音ちゃんが、健ちゃんの亡骸に縋りついて泣き崩れた。私も琴音ちゃんの悲痛な声を聞いていられなかった。
「兄さん・・・。」
 この世の者ではない健ちゃんに、響希くんは一言しか言えなかった。
「健太・・・。俺も嫌だぜ・・・。嘘だって言ってくれ・・・!」
 将人くんも健ちゃんの亡骸を見て、目を押さえて泣いた。
「健ちゃん・・・。皆・・・。」
 死んでしまった健ちゃん、泣きじゃくる琴音ちゃん、何も言えない響希くん、すすり泣く将人くん、悲しむばかりのご両親を見ても、健ちゃんの彼女でしかない、結婚してはいないので妻ではない私は、ただ声をかけるしかなかった。
「全身に傷を負ったのね・・・。」
「酷い怪我だぜ・・・。」
「頭部を酷く打撲して、脳挫傷を起こしていました。全身にも骨折や外傷を負っています。」
 健ちゃんは顔面にも、全身にも骨折や外傷を負っていた。男性の医師も、健ちゃんが頭部を強く打って、脳挫傷を起こしていたと仰った。
「健ちゃん・・・。」
 私は家でも、健ちゃんとの写真をずっと見ていた。同い年で、同時に兄弟姉妹のお兄様で私の理想の男性だった健ちゃんが、若くして交通事故で亡くなってしまった。
「信じられねえ・・・!」
 晃助お兄様も、健ちゃんの死を信じられないと強く言った。
「菜月の大切な健太が・・・。優しい兄貴がなんで事故で死んじまうんだ・・・!」
「お兄様、悲しいのは皆も同じよ。」
 晃助も私を見て、声をあげて泣いた。私達も悲しいのは皆同じだ。
「健ちゃん・・・。」
 私も亡くなってしまった健ちゃんも、遺族の皆も辛いのも悲しいのも、痛いくらいによくわかる。
「ゲームの勇者なら蘇生の呪文で蘇らせられるけど、現実に死んだ人は無理だ。」
「晃太、皆も命はひとつしかないのよ。」
 ゲームの勇者なら蘇らせられると言った晃太に、私も命はひとつしかないと、本当のことを改めて伝えた。


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