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今、あらゆる人への社会的想像力を培いたいという初心の表明

自分のしていることや関心を持っていることがいつも拡散的で、行動も多動的だからだろうか、ひとに自分のことを説明するのが学生時代からいつも難しかったのだけれど、最近はその拡散ぶりに拍車がかかっている。

芸術教育の哲学を専門としていると前置きはしつつも、実際は「教育のよろず屋のようなことをしています」という曖昧な言葉にさらに曖昧な形容をして何とかやり過ごそうとしている。実のところやり過ごせているかどうかも怪しいのだが、昨年末から携わった仕事を数え上げるだけでも一層自分の肩書きがよくわからない。

・都内マイクロスクールの自己調整型&探究型カリキュラムのデザイン
 (&評価規準とルーブリックの作成、インストラクションのデザイン
・私立幼少中一貫校の探究型カリキュラムのデザイン
 (日本の総合的な学習の時間と欧米のプロジェクト型学習の融合
・探究型の授業を実施してきた教員2名の専門知の言語化と伴走
・地域・大学・企業協働による教育プログラム事業のプログラム評価
 (プログラムのセオリー・オブ・チェンジも併せて作成
・少人数による反転講義+ブッククラブ形式の哲学教育のプログラム運営
・1on1形式の哲学対話 or 哲学研究コンサルテーション実施
・家庭・学校・社会を接続するアーツプロジェクト配信←new!

上記に挙げたものからして非常にまとまりがないけれど、それもそのはず、これらの仕事のだいたいが「頼まれごと」である。こちらから「こういうのどうでしょう」と相談したものもあるのだけれど、実際は「こういうことしたいな」「こういうことできないか」という相手の声に沿って作っている。

『バールのようなもの』といえば立川志の輔さんによる名作創作落語のタイトルだが、そのサゲに象徴的なようにもはや「ようなもの」という形容をわざわざ加える必要がないのかもしれないほどに俺は「よろず屋」状態で、どこへ顔を出しても「よろず相談承ります」と伝えているような次第だ。週刊少年ジャンプに連載されていた『銀魂』の主人公、万事屋銀ちゃんこと坂田銀時のようにとはいかないが、自分の手の届く範囲での教育支援、社会づくりをしているような状態である。

とはいえ、自分なりに軸というか、いろんな方向へ向かう場合の拠点となる立ち位置を作っておかないと、一層自分でも自分のことがよくわからないことになりそうだったので、4月から5月なかばまでは試行錯誤しながら自分の価値観や世界観の掘り下げを行っていた。

1.芸術と教育と哲学に関わろうとする、根本動機

そうして自分のこれまでを振り返ってみて今更思い出したことは、もともと芸術教育について研究をしたくてこの分野の研究を始めたのではなく、芸術やその背景にある思想への無理解、あるいは芸術や思想に携わるひとを「自分とは別世界にいるひと」として切り離すコミュニケーションをどうにかしたくて、研究を始めていたのだったということだ。なぜそんな動機を持っていたかといえば、その背景には父親のことがある。

幼い頃にふと手にとった親父の本棚にあった本は、往時華やかなりしニュー・アカデミズム系の雑誌、小林秀雄や吉本隆明などの思想家の著作、シュルレアリズムに則った写真芸術を特集した雑誌だった。幼心に「この人はなんかやばいぞ」「一体何を考えているのだろうか」と思っていた気がする。

そんな父とは25年前に離婚によって別れていて、長らく生死不明だったのだが、去年の9月ごろ、既に数年前に亡くなっていたことが父の親族の通達からわかった。

新興宗教に入信していた父から自分たちを守ろうとしてきた母への義理を立てる気持ちもあったが、なぜ生きている間に会いにいかなかったのか、と今でも思う。心の病も患っていたしコミュニケーションを取ることは出来なかったかもしれないが、それでもこちらから壁を築くことを、俺はしたくなかったのに。そう思ったとき、これまで関わり続けてきた芸術や思想が、詰まるところ父を理解しようとするための試みだったのではないかと気づいた。

いまさら父を理解しようとしても、すでに他界している以上不可能ではある。けれど父を、あるいは父のように「別世界にいるひと」として切り離されてしまった人々を、結局最後まで理解できなかったものとして済ませたくはないと思う。だからこの試みはおそらく、自分が生きる限りは続く。芸術や哲学、そして人々がそれらと出会う場をつくる教育という領域に関わることを選んだのは、理解できないものについて、理解しようとすることを諦めないことへの願いだったのだろう。平たく言えば、自分と異なる他者や文化への想像力を絶やさないことに、しがみつきたかったのだ。

2.社会に出て見えてきた、現代アートの可能性

ただ悲しいかな、博士課程の単位取得満期退学後に社会に出てみると、大学であれ現場であれ、また自分が勤務したベンチャー、NPO法人、公益法人などの組織でも、理解できないものに既存のレッテルを貼って理解したことにする、あるいは自分が他者のことを理解できなかった、その文化のありようを想像できなかったという事態そのものを「なかったことにする」コミュニケーションにずっと直面してきた。その度に抑圧される人々が確実にいて、俺は悲嘆したり憤慨したりと様々な感情を抱いた。

異文化の人々を理解するためには、自分の判断をいったん停止して、その人々のありようを捉えるよう努めなければならない。そう語ってくれた院生時代の恩師の一人の言葉を思い出しながら、そうした人々の無知、不理解、不寛容といった「壁」にどう相対すれば良いのだろうと思い悩んだ(もちろんその一方で、院生時代、まだ誰も精確に理解できていないものをきちんと理解しようと心を砕いて、アカデミックであれ現場であれ、その人自身が生涯考え続けたい事象に対していっときの洞察でことを終えるのでなく誠実に向き合っている人々とも出会えたことは幸運だった。この間も久々にオンラインで院生同士の飲み会をしたのだけれど、ゼミは異なれど抱いている問題意識への感覚が不思議と似ていて、こういう感覚を持っているのは一人じゃないんだと心強く、嬉しかった)。

そんな中、仕事として多ジャンル横断型の学生クリエイターの展示会を、東京は青山で無料で楽しめる形で運営する経験を得た。無料というハードルの低さやその立地からか、期間中は老若男女様々な人が4,000人ほど訪れる展示会だったのだが、ある意味で身構えずに楽しめる若者の作品を通して語り合う訪問者の様子を見ていると、そこに秘められている可能性を感じるようになった。

というのも、子どもが若者の制作した作品を楽しんで観察し、触れ合い、直感的にその遊び方や楽しみ方を会得していくその様子を保護者や周囲の人が見つめるなかで、それまで大人たちが「自分とは違う世界のもの」と捉えていたものにたいして、少しずつではあれ「理解」の兆しのようなものが、「想像」が育まれているように思えたのだ。

例えアートやその背景を理解していなくとも、これまで理解できないと感じていたものに対して、その理解のきっかけを提供できる可能性がここにはあるのではないか--特に、多様で複雑なアイデンティティや、答えの出ない社会課題に取り組む現代アートに類される作品を見たときの子どもの反応は、なかなかに心が踊るものがあった。

それからは、そうした場を小さくとも創っていくことから、理解できないものへの理解のきっかけづくりを始めていくことができるんじゃないかと考え始めるようになった。より厳密な言葉で言えば、人が知識を理解したり、アイデンティティを形成する際に資源にもなれば制約にもなるとされる、さまざまな家庭や地域社会、情報社会の中でより良く生きるために培われた知識や技能の集合体を意味する「知識の資産」(Funds of Knowledge)や「アイデンティティの資産」(Funds of Identity)との接続を意図していくことで、異文化理解の兆しとなる想像力を育んでいくような取り組みができるんじゃないだろうか、とふわふわと考えていた。

3.自分に合うやり方で実践し、研究する

もちろん、こうした理解のきっかけづくりが教育的、社会的意義を持つはずだという理論を自身の経験から一般化して、手前勝手に打ち立てて様々な現場に実装していくとすればそれは軽薄と言わざるを得ない。こうした理解を促す諸条件を吟味して、その条件ひとつひとつを「仮説」として立て、公に開かれた学術的な検討を経て吟味し続けていくことが必要だ。

さらに言えば、どのような実践(子どもや大人とのコミュニケーション、社会への届け方)であれば意義のある成果が出るかどうかも、科学的に継続的に検証していかなければならない。そうでないと、日本では途端に「型」にはまってしまい、型を創始したカリスマ的な人物から教えと皆伝を得なければ始められないような閉じたセミナーになってしまう。

ではどんな取り組みであれば「理解」を促進できるのだろうと考えて悩みに悩んだ挙句、まずは試しとこのコロナ禍のなかでできることを試行錯誤しているうちに、ふと自分の中で理想のイメージとして繋がってきたのは、アメリカの美術教育学会であるNAEAのあり方と、NHK教育の名番組「つくってあそぼ」のワクワクさんのあり方、そして同じくEテレの「大科学実験」のあり方だった。

NAEAはジャーナルも持つ国家規模の学会でありつつ、現場の実践に資するようなウェビナーや資料、メールマガジンも提供していて、尚且つ人種もジェンダーも様々で表現も伝え方もポップで、アカデミックな内容について多くの現場の人とコミュニケーションしていこうという意志が見える。

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NAEAのトップページのスクリーンショット(2020年5月19日取得)。ホームページのURLが「arteducators.org」なのも素敵。芸術が教育にとって重要なことを普及するためのアドボカシーも実施している。

そしてご存知ワクワクさんは、何よりも自分が楽しんでつくって遊んで、その遊びをみんなもやってみてねと伝えていることのすごさ。もちろん相棒のゴロリくんや、造形作家のヒダさんなど番組関係者のみなさんがいて番組は成立しているのだけど、ヒダさんもブログでおっしゃっているように、ワクワクさんはヒダさんがつくった造形活動を子どもの前でその名の通りワクワクと演奏してみせることに力量のある、演奏家なのだ。

最後に「大科学実験」のいい意味での突飛さと、いい具合に科学的な精緻さ、また細野晴臣さんのナレーションの──これは単にファン心理もあるのかもしれないが──子ども騙しでもなく大人に媚びるでもない、自然体であることの凄さと、その教育学的な重要さ。失敗が続く実験に「やめたら?」と笑いながら告げるナレーションをあんなに嫌味なく、自然に言える人はそういないのではないだろうか笑。それは細野さんが子どもでも大人でもなく、細野さんとしてそこにいるからできることなのだ。

まとめると、⑴学術的な知見に基づいた、保護者や教員の方に資する資料も提供しながら、⑵メインとしては何より子どもが楽しんで遊べるような題材を、ソロプレイヤーとして自ら楽しんでつくったプロセスを紹介し、⑶なんらかの肩書きや役割を引き受けてその観点からのみ語るのではなく、自分自身が実際に感じたこと、思ったことを伝えるあり方を重視した取り組みをしたい、と思ったのだった。

そう考えて試しに取り組んだものが、本記事冒頭で紹介した、家庭・学校・社会を接続するアーツプロジェクト、「きょうのアトリエ」だ。

いわゆるユーチューバー的な動画は俺には作れないし、そうしたアグレッシブな動画だとむしろ自分のキャラに合わず疲れてしまう。またコロナ禍のこともあり、子どもも大人もゆっくりのんびり観ることができるEテレ的動画の製作を目指した。BGMの音楽を自作し、マイクを購入してナレーションをつけ、編集してなんとか出来上がったこの動画の説明文には、こんな文章を書いている。

きょうのアトリエは、いま生きているみんなと、いま生きているアーティストが、同じ時代の中で出会うアトリエです。

今回は、北欧生まれのアーティスト、オラファー・エリアソンさんの「氷が描く絵画」に、身近なもので挑戦しています。

この絵を描くことを通して、みんなに挑戦してほしいことをワークシートに書いています。学年ごとに書いてあるけれど、これはあくまではも目安です。やりたい!と思ったら、ぜひ挑戦してください。

「氷が描く絵画」ワークシート
https://drive.google.com/file/d/1_CYr7Kn3iNVnwx8yA7dlHha5jdK9Mwdo/view?usp=sharing

自分のアートをつくって、 #きょうのアトリエ のハッシュタグをつけて写真や動画を投稿してくれたら、嬉しいです(顔が映らないよう、注意!)。

***
保護者・教員の方へ

「きょうのアトリエ」は、コロナ禍での造形教育・美術教育・芸術教育を支援するため、 「家庭・学校・社会」が接続するアーツプロジェクト活動を提案し、少しでも子ども・保護者・教員がこの大変な時期を過ごしやすくなることを目的にしています。

この状況下で子ども、保護者、先生が疲弊してしまわないよう、 (1)身近なものを学習材とした学習活動の提供(本動画) (2)(1)の活動を家庭学習/単元教材にできる根拠の共有(以下資料) を行うことを目標に、学びのリソースを作成しています。

きょうのアトリエ #1 「氷が描く絵画」
状況・学習者別探究過程案
https://drive.google.com/file/d/11mbiChIv1TqkHBvt-Idr0VYhm4X6rCxP/view?usp=sharing

この取り組みをFBで展開したところ、子どもを育てている友人知人たちが実際に子どもと一緒に「氷が描く絵画」を試してみてくれているのを見て、俺は本当に涙が出た。しかもその子どもたちの表現のプロセスを見て、大袈裟でなく身体が震えた。子どもたちの表現もアーティストに劣らず本当に力強く大胆、かつ創意にあふれていて、大人顔負けなんだということも世間の人にもっともっと知ってもらいたいと強く思った。

もちろんアーティストの表現は、子どもの表現と比べようもないほどに大変な労力が伴うものだ。これまでの芸術、社会文化の歴史をサーベイし、なぜ自分がこの表現に取り組むのかをステイトメントとして明らかにした上で、言葉にならないほど複雑な感情がインストールされている自身の作品のコンセプトを明確な言葉にしていかなければならない。

けれどきっと、だからこそ子どももそうしたアーティストの表現に触れることで心が震えるはずだし、そうして影響を受けた子どもの表現に触れることで、大人ももっと自由になれるはずだ。

4.「きょうのアトリエ」のあり方

ここまで読んでくださっている奇特な人がいたら本当にありがたい。だいぶ長くなってしまったけれど、俺が今後取り組んでいきたいと考えているプロジェクトを一枚でまとめてみた。作ってみるとなぜか霞ヶ関資料っぽくなってしまった気もするし、細かい専門用語もあるけれど、基本的にはWHY、HOW、WHATの部分を見てもらえればと思う。

桐田研究モデル

「社会的想像力」という言葉は、自分が博論で研究しているマキシン・グリーンというアメリカの教育哲学者が提唱した概念で、端的に言えば「現実を誰にも動かせない固定したものとして捉えず、私たちで想像できるものとして捉える」スタンスのことを指している。

これまでもこの列島の中に蔓延っていた、特定の人たちに対するこうした想像力の欠如や、教育という営みの意義を単なる子ども預かり屋あるいは知識のチェック屋として捉えている社会の側のスタンスが、このコロナ禍で浮き彫りになったと思う。

教育という営みは、家庭という全くプライベートな空間と、地域という幅の広がっただけでプライベートであることには変わりないコミュニティ、そして現在では生産性という狭量な尺度でしか人を価値づけることのできない市場(マーケット)の間にある、準備期間なのではない。

教育の対象が子どもであれ大人であれ、教育とは知識や技能を介して自分の心のありようを理解し、自分とは異なる人の心のありようを想像し、そうした多様な人が息づくより生きやすい社会のありようを想像することなのだと思う。自分と異なる他者、文化、社会と出会い、現状を知り、人とは、社会とはどのようなものであるのがより良いのかを想像する。

そしてこのように人や社会のありようを想像する力の育成にとって、現代アートは強力なスプリングボードになると思う。なぜなら、(非常に簡略化して述べると)現代アートにはそうした現代に生きる人々の抱える複雑なアイデンティティや社会課題といったこたえの出ない問いを表現しているものが多いからだ。

現代アートはしばしばよく理解できないものの代名詞とされているけれど、それは日本ではまだ表現できることが「自分の心で感じたこと(表出)」か「誰もが客観的に観察できること(写像)」だけに限られていると思い込んでいるからじゃないかと思っている。

現代アートに入門したい人には、「現代アートが複雑なんじゃなくって、そうしたアートが表現している現代のアイデンティティや社会課題が複雑なんだよ。現代アートがそうしたアイデンティティや社会課題についての表現だと思ってみると、むしろわかりやすくなるものもあるよ」と伝えている。

しかしこうした視点で現代アートを解釈する視点を、セミナー的に植え付けていくとこれまた踏襲するべき「型」になってしまうだろう。だからこそ、こうした視点をまさに視点として用いる体験が必要になるように思う。

実際、アート・オブ・エデュケーション・ユニバーシティというアメリカの美術教育者のためのオンライン大学では、アーティストやギャラリスト、批評家たちが築き上げていく、アートの作品の価値を決めていく世界(アートワールド)での多様な事例に触れながら、ざっと以下の10のテーマをアートをみる視点として伝え、子どもが表現したいものを明確に自覚できるよう促すことを勧めている。

・Identity(アイデンティティ)
・Social Issues(社会的な課題)
・Observation(観察したこと)
・Text illustration(文章とイラストレーション)
・Nature(自然)
・Science(科学)
・Music(音楽)
・Portrait(自画像)
・Change(変化)
・Things We Fear(私たちが恐れること)

これらの10のテーマは比較的初歩的なもので、さらに複雑なテーマについて紹介している表もある。その表では例えば「信念」というメインテーマに関連して、「関係性」「政治」「宗教」なども表現できるサブテーマとして位置付けられている。アートで表現できること(そして実際、美術史を紐解けばたくさんの事例が見つかること)の多様さが理解されてくれば、子どもも大人もどんなにかより大胆に表現し、観賞できることだろうか。

実際に、すでにコロナについて遊びや表現を通じて自分や家族、隣人、社会の置かれている状況を想像的に理解しようとしている子どもたちはたくさんいる。こうした表現を「子どもらしくない」と切り捨てるのではなく、大事な社会的想像力への芽生えとしても意義づけたいものだ。

5.芸術と教育と哲学のあいだで

詰まるところ、芸術への理解も、芸術教育への理解も、できることなら抜本的に変えていきたいけれど、自分にできることは限られている。しかし限られているからと言って、他者を美辞麗句なビジョンのために使役するような人にはなりたくない(もちろんビジョンを掲げている人全員がそうというわけではない、念のため)。だからまずは一人でできるところから始めて、そして自分の行動に賛同してくれる方、また心から支援してくれる人と出会っていきたい。

今回、プロジェクトのプランを書いてみて、自分がどれほど複数の文化の境界線にいる人間かがじわりとわかってきた。アカデミックと現場の間、芸術(アーティスト)と教育(教師など)の間、哲学と芸術の間、哲学と教育の間、そして子ども(に寄り添う立場)と大人(に寄り添う立場)の間。

けれど、自分の生きてきた目線は、このWHYにある人間の多様さをずっと見つめてきた気がする。それはおそらくは自分が郊外の団地生まれであることが大きいのだと思う。上の階にいたじいちゃんばあちゃんから戦争のことを教わったり、母と一緒に団地近くの養護施設のボランティアに行ったり、地域の図書館や公民館で読み聞かせや影絵の公演をしたりと、幸福な思い出もある一方で、団地の中で孤独死していく方もみてきたし、中学では障がい者への差別発言が日常化しているクラスメイトたちに唖然とした。

自分の生まれ育った街は近年都心への交通の便がよくなったこともあり裕福な人の多く住むマンションが出来上がる一方で、昔ながらの団地やマンションにさまざまな国籍を持つ人々も訪れている。そうした一筋縄ではいかない場所で、それでも強かににこやかに生きている人々の間で生きてきた。

そして、そうした背景に思いを馳せていった時に、ふと気づいたことがある。俺は父を理解するために芸術や思想を研究してきたと思っていたけれど、そのアウトプットの仕方は、ものづくりが好きで子どもが好きで、地域の障がい者と遊び、図書館での読書会を切り盛りして今も影絵公演を続けている母親に似ている。いわば父の考えていたことについて、母の作っていたことを通じて、社会とコミュニケーションをしたいようなのだ。

つまり芸術や思想に偏った父と、ものづくりや遊びで地域と関わり続けている母親との間に存在しているのが自分だと理解したときに、「なんとわかりやすい」と勝手に合点がいってしまった。

芸術教育の哲学を専門としているという言葉が、これまでどうにも堅苦しくて気恥ずかしく思っていたのだけれど、これからは少し気楽に伝えられるかもしれない。なぜなら、要はあの父母のしていたことをつなぎ合わせるということを、専門領域としているだけなのだから。

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Travel, paint, and research. Arts education × Philosophy. 上智大共同研究員/よはく代表/桐田哲学堂店主/こたえのない学校RF/
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