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書評:林貴志『意思決定理論』(経セミ2020年10・11月号より)

林貴志[著]
『意思決定理論』
(数理経済学叢書10)
(知泉書館、2020年5月発売、A5判、252ページ、税別4500円)

評者:武岡則男(たけおか・のりお)
一橋大学大学院経済学研究科教授

意思決定理論の醍醐味を
味わえる本格的テキスト

理論経済学者・林貴志氏による待望のテキストである。意思決定理論は、リスク、不確実性、異時点間選択などの環境で、どのような意思決定が行われるべきか/行われる傾向があるのかを、規範・記述の両面から考察する。意思決定理論では、公理的アプローチと呼ばれる研究方法が取られ、選好が満たす条件(公理)による効用関数表現の特徴付けや、効用関数表現の一意性などを調べ上げることが主目的である。これにより、リスク態度、主観確率、時間選好率などの選好パラメータに実証的基礎を与えることができる。また特定化された効用関数を前提とした分析、例えば、行動経済学、ゲーム理論、マクロ経済学、ファイナンスなどへの応用も含めると、まさに経済学の基盤をなす研究分野と言えよう。

その重要性の一方で、経済学部で本格的に意思決定理論が教えられる機会は少なく、公理的アプローチにとっつきにくさを感じる人は多いはずである。実際、一般均衡理論や(非協力)ゲーム理論などの均衡分析と比べ、公理的アプローチはかなり異なった研究手法である。本書は、各選好パラメータを同定するためにどのような選択肢を想定すればよいか、その上の選好にどのような公理を仮定するのが適切か、どのように公理から効用関数を導くか、など、意思決定理論に必須の方法論を丁寧かつ厳密に解説した本格的テキストである。

本書の構成は、抽象的な効用関数表現と顕示選好に始まり、リスク、不確実性、曖昧性下の選択などの静学モデルや、消費流列や機会集合の選択などの動学モデルに加え、共有知識や不確実性下の社会選択のような複数個人に関わる認知や意思決定など、意思決定理論の主要テーマを幅広く含むものとなっている。

本書の特徴は次の通りである。

(1) 古典的な意思決定理論の教科書であるKreps (1988) のNotes on the Theory of Choiceや、不確実性下の選択に詳しいGilboa (2009) のTheory of Decision under Uncertaintyなどと比べ、本書は今世紀以降の研究も踏まえ、幅広いテーマを扱っている。和書・洋書を見渡しても類書は見当たらない。

(2) 本書を通じて、意思決定理論の方法論を身につけることができる。意思決定理論の典型的な命題は公理と効用関数表現との同値命題であるから、効用関数と同値になる選好の条件を何でもよいのでひねり出せばそれが結果だと思われるかもしれない。公理は行動規範として説得的であるか、あるいは実験研究などによって十分動機付けられる必要があり、その公理を前提としてどのような効用関数表現が得られるかが重要なのである。

(3) 本書では、すべての命題に証明が与えられている。他の文献に任せず、説明が自己完結しているという意味で教科書と呼ぶにふさわしい。特に第5章の主観確率の構成は非常に丁寧に証明されている。同様の厳密性で書かれた類書はFishburn (1970) のUtility Theory for Decision Makingくらいであろうから、厳密な証明が日本語で読めるのは貴重である。

(4) 本書には著者自身の研究も多く盛り込まれており(不確実性下の異時点間選択や社会選択など)、著者の意思決定理論上の貢献がわかる構成になっている。

本書の想定する読者は主に研究者・大学院生と思われるが、証明部分を除けば、意欲のある学部上級生ならば本書の議論を追うことはできるだろう。とはいえ、意思決定理論の方法論を身につけるには証明を含めてじっくりと本書に向き合う必要がある。通読には相当の忍耐が必要だが、意思決定理論の醍醐味を味わうには最適の書籍である。

『経済セミナー』2020年10・11月号からの転載。

追記(1)

本書の著者、林貴志先生が2019年日本経済学会中原賞を受賞された際に、経セミ編集部でインタビューをさせていただきました。その模様を、以下のウェブコーナーでお読み頂けます! ぜひあわせてご覧ください。

追記(2)*2020年11月9日

同書は、第63回(2020年度)日経・経済図書文化賞を受賞されました。おめでとうございます!

公益財団法人日本経済研究センターのホームページにて、同賞の選評および受賞の言葉が公開されています。あわせてぜひご覧ください!

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