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簒奪者の守りびと

「王太子。召し上がっていただけませんか。わずかでも」

 ベッドに腰掛ける少年の顔は青白い。今朝もメディアは新王を讃える映像を流している。

「朝食をか? そのようなこと、お前らを喜ばせるだけだろう。だいいち私のことを王太子などと呼ぶな」
「では、どのように?」

 少年は立ち上がる。

「廃王の子とでも呼べ」

 俺は言い返そうとしたが中断せざるを得なくなった。少年は予想外の素早さで窓辺へ移動し、その華奢な両手でカーテンを開いたのだ。
「ばか野郎!」
 ガラスに穴が空き、心臓のあった位置を弾丸が通過したのは、俺たちが床へ倒れこんだ一瞬後だった。

 新王は一臣下に過ぎなかった。王の衰えに乗じて有力者を取り込み、志尊の冠を奪った。辞書はそれを簒奪と記している。そして俺は新王に属する特殊警護班だ。

「良い仕事をしたな」
 少年は俺の胸のしたで、にやりと笑う。
 新王はなにより恐れている。元王太子であるこの十二歳の少年が死ぬことを。仮に自然死であったとしても、世論は謀殺だと断ずるだろう。そうなれば脆弱な新体制は根元から崩れる。俺の任務は、この少年が成人するまで守りきることだ。
「だが、甘い」
 左の脇が軽い。ホルスターから銃を抜かれていたのだ。肌が粟立つ。銃口が少年の口に収まっている。左頬に拳を叩き込み、間一髪で自殺を防いだ。少年は血の混じった唾液をカーペットに吐き捨てた。

「次が来たぞ。ほら」
 ふたつの影が、ガラスの向こうにぶら下がっている。
「立て! 走るぞ!」
 襟首をつかんで引っ張り上げる。背後でガラスの砕ける騒音がした。数秒後には銃声が取って代わるだろう。俺たちは隣室を経由し裏口から廊下へ出た。突き当たり、非常階段へ続くドアを開ける。
「どいて」
 立っていたのは女。ルシアは素早く二発づつ、追っ手に弾をぶち込んだ。
「助かった」
「急いで。すぐにゾフの車が着く」
 彼女の金髪が風になびいたその瞬間。少年は柵を乗り越え、飛び降りた。地上6階から。


つづく


電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)