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カササギは薄明に謡う 【11,12】

全21シークエンスを11日間にわけて連載します。
<3,300文字・読むのにかかる時間:7分>

前回

【11】

 校庭の端に、いくつかの遊具が並んでいる。すべり台、シーソー、ブランコ、雲梯、登り棒。ヒロトは駆け出すようにして、ジャングルジムに向かった。そして金属棒に手をかけてから、わずか数秒で最上段に腰掛けてみせた。
「速くない?」
 瑠華はまだ二段目に脚を掛けたままだ。
「毎日登ってたから」
 ヒロトは少しだけ得意げな表情をみせた。
「好きなんだ?」
「うーん。俺、高いところが苦手だったんだ」
「そうなの?」
 ようやくたどり着いた瑠華が、ヒロトと同じ高さに顔を出す。
「うん。なんか足元に地面見えるし、怖いじゃん。だから三段目くらいで体が動かなくなっちゃってさ。いつも」
「うん」
 瑠華はヒロトの隣に腰掛けると、足をぶらぶらさせた。
「そしたら姉ちゃんがさ、特訓しようって言うんだよ。俺と姉ちゃんは六歳違うから、俺が小一のとき、姉ちゃん小六なわけ。で、いったん家に帰ってさ、誰もいなくなったころにまた来てさ。毎日毎日登ってた」
「すごいね。お姉さん」
「うん。すごいっていうか。強引なんだよ」
 ヒロトは棒を蹴る。軽い金属音がした。
「それで、いまは得意になったんだ?」
「そりゃなるよ。毎日だよ。毎日。俺、めちゃくちゃイヤだったんだから。観たいテレビあるしさ」
「そりゃあイヤになるねぇ。でも、苦手がひとつ消えて、気持ちがラクになったんじゃない?」
「まあ……ね。友達にからかわれてたからね。そういうのがなくなって、よかったよ。確かに」
 ヒロトは不貞腐れたような表情を維持しているが、もちろん瑠華はその複雑な感情を見抜いているだろう。

「ねぇ、巽ちゃん」
 突然呼ばれたせいで反応が遅れた。間抜けな面をしていたかもしれない。
「なんだ?」
「ちょっとゆっくりお喋りしすぎた……かも」
 瑠華の視線を辿ると、川向こうの県道を二台のバイクが走っている。あの濃緑色は陸自の偵察用バイクKLX250だ。あの位置から向かう先は、この小学校くらいしかない。
「見つかっちゃったね」
「ふたりとも、とりあえず降りてこい」
 降りるときはさらに早かった。ヒロトは猫のように美しい着地を決め、瑠華は左手をついた。その手の土を払っているとき、自衛隊のバイクが校庭に乗り入れてきた。砂埃が、俺たちの前で止まる。
「やあやあ。相変わらず神出鬼没ですね。あなたがたは」
 車体を跨いだ中年男が、口元だけで笑いながら言った。
「へぇ。これは珍しいものを見た。みずからバイクに騎乗とは」
 こいつは俺に対して悪印象を持っている。だからそれに拍車をかけるべく、俺は出来るだけ無礼でいることにした。
「バイクは嫌いじゃないですよ。あなたのトラディショナルなフランス車も悪くありませんがね」
「どうせなら群長と話したいな。ゴリラ一佐は元気か?」
「もう彼は群長じゃありませんよ」
 現場の自衛官とは思えない、デスクワーカーのような銀縁メガネが光っている。スポーツグラスを選択する自衛官が多いなかで、異質だ。
「ほう。そうなのか」
「転属になりました。まぁ、左遷ですね。あなたがたが余りにも邪魔をするもんですから」
「一応聞いてやるが、後任は誰だ」
「一応答えて差し上げますが、私ですよ。一佐になりました」
「昇進おめでとう。名取一佐」
「どうも。社交辞令が言える良識が残っていて安心しました」
「ところで質問なんだが、あんたの左遷先はどこになる予定だ?」
 名取一佐の視線は俺の顔に固定された。瞳孔の奥で、色が変わっていくのがわかる。となりで表情を凍らせた部下が上官の横顔を見つめている。
「巽……天外」
 名取一佐は銀縁メガネを両手でゆっくりと外した。
「おまえ、今夜中に死ぬぞ」
「ほう。自衛官が国民を殺すのか。そりゃ左遷じゃすまないな」
「我々が殺すわけないだろ。媒介者(ベクター)に喰われると言っているんだ」
「俺の知るかぎり、いままで媒介者に喰われたのはお前の部下だけだろ。なぁ」
 ちょっとした嗜虐心で、俺はもうひとりの自衛官に視線を向けてみた。そいつは迂闊にもぎょっとした表情を隠すのに失敗し、名取一佐に睨まれた。
「巽。媒介者を見つけるところまでは、目的は一緒だな。それまでは共闘してやる。集落内の移動を許可してやるから、情報は共有しようじゃないか」
「それはつまり、俺たちに探させようってことだろ。昇進早々、手を抜くんじゃないよ」
 名取一佐は口元だけで笑いながら、銀縁メガネを戻した。
「いずれにしろ本番は日没からです。それまではお互い頑張りましょう」
 ふたりの自衛官は、それぞれバイクに跨った。
「食事に事欠くようなら、戦闘糧食に予備がありますから、取りに来てください。提供しますよ」
 ふたつの後輪が砂埃を立てると、彼らの姿は遠ざかっていった。


【12】

 名取一佐と俺たちの利害は、途中まで一致し、途中から分離する。
 一致している点は、この災害を限られた範囲内に抑え込むこと。これに関しては、共闘という彼の表現はあながち間違いではない。俺たちには拡大を防止する力はないのだから。
 しかしその先は異なる。俺たちは地中から出てきたものを再び地中に還す。それだけだ。だがSDIRの目的は根本的解決だ。地中から出てくるヤツらの起点を自分たちで管理し、研究し、攻略すること。すなわち抜本的駆除を目指している。
 ベクターとは媒介する者を指す言葉だ。マラリアの媒介者は羽斑蚊。ペストの媒介者はネズミ。つまりはそういうことだ。地中から湧き上がってきた黒い粉末は、近くにいる生命体を侵食する。特に好まれるのは人間の女だ。妙齢のそれを取り込んだあとは、胎を借りるようにして次々とヤツらを産み出していく。つまり、ヤツらを産む状態になった元人間のことを、媒介者と呼んでいるわけだ。
 そして、その扱いを巡って両者の利害は決定的に対立する。SDIRは媒介者を捕獲することを目指し、俺たちは地中に還すことを目的とする。

「地中に還すって、どうやって?」
 ヒロトが首を捻る。俺は愛車を小学校の校門あたりに移していた。名取一佐が許可を出したので、隠れている必要が無くなったからだ。
「瑠華がな、それをやるんだ」
「他の人にはできないってこと?」
「そうだな。瑠華だけができる。正確には、瑠華の家系だけが代々できる」
「あの武器を使って?」
「武器で地中に還せるのは胎から出てきたヤツらだけだ。媒介者には別の方法を使う」
 アルタートゥム・クラレとノインシュヴァンツ・パイチェが白銀色をしているのは理由がある。ある河川だけで採れる特殊鉱物を使っているからだ。神流川と呼ばれるその川は、瑠華の家系の発祥地でもある。
 その鉱物を使って武器を造りあげたのは、瑠華の母親である恵子さんだ。武器の名称がドイツ語なのは、それらを完成させたのがハーメルン市内だったからだ。協力者もバルト系ドイツ人だ。
 ところが数年前、その鉱物の採れる神流川流域は立入禁止区域になってしまった。表向きは公的施設の建設予定地だからとなっているが、要するに自衛隊が一枚噛んでいるのだ。SDIRの使っている白銀弾はこの鉱物の合金だし、消化剤のように噴霧しているのもそれを溶かした溶液だ。ただし質が低すぎて、俺たちの武器とは比べ物にならない。

「おまたせ! 食料もらってきたよ!」
 アディダスのスポーツバッグを重そうに抱えて、瑠華が戻ってきた。
「ヒロトくん。お腹すいたでしょ!」
 やたらと得意げな顔をしている。
「あ、うん。ありがとう」
「ね。昨日からなにも食べてないもんねー」
 バッグからゴロゴロと缶詰が出てきた。戦闘糧食、いわゆるミリメシだ。
「ヒロトくんにはこれがいいよ。鶏めしに、ソーセージに、味付きマグロ」
「うわぁ、なんか美味しそう!」
「たっぷり食べてよ。育ち盛り」
「瑠華さんはどれにしたの?」
「ううん。私はいらないんだ」
「そうなの?」
「うん。そして巽ちゃんには、はい。白米」
「……俺は白飯だけか?」
「あと福神漬けもあるよ」
「なるほど。カレーか」
「カレーはないから」
「ないのか」
「ないよ。福神漬けご飯」
「どうしてそういう組み合わせに?」
「名取一佐がそうしろって」
「……あの野郎」

 太陽が西に傾いてきた。山あいの集落は、日没が早い。

つづく


この作品は、第2回逆噴射小説大賞にエントリーした「夜明けにカササギが鳴いたら」を改題し、中編に仕上げたものです。

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)