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初めて絵を買った話


初めて、絵を買った。

厳密にいうと、「その絵」を買ったのは2017年の秋。

そして2020年夏、「その絵」は私の物になり、ようやく部屋に飾ることができた。
再会を果たすまで約三年かかった。(支払いに時間がかかりました。)

長い道のりだった。

私はそれまで絵を買ったことがなかった。

私自身も作品を作って販売している身で、これまで多くの作品をお迎えいただいた。
反対に、作品をお迎えすることもたくさんあった。

私は一点物の作品がとても好きだ。

美術館や画廊へ絵を見に行くことも多かった。
胸を打たれる絵にも出会った。
ほしいな、と思う絵に出会ったこともあった。

けれど、思うばかりで実際に絵を買ったことはなかった。

「その絵」に出会ったとき、本当に素敵な絵だと思った。見つめるほどに心がキュッとなった。
言葉にしてしまうとどうにも薄っぺらくなりそうで、いい絵だな。としか言えなかった。
小さな画廊での出来事だった。

私は数時間、その場所にいた。

と言っても、「その絵」の前で数時間動けなくなっていたわけではない。

他の作品をみたり、画廊に居合わせた方と言葉を交わしたりしながら時間が過ぎていった。

その間、「その絵」は1ミリも動かずにそこに在った。その壁に、ただじっと。

私は、自分の心の中にあるものをだんだん無視できなくなっていた。

「あの絵がほしい。」

いやいや。

「あの絵がほしい。」
サイズが大きいよ?

「あの絵がほしい。」
お金ないでしょ?

「あの絵がほしい。」
これからほかにもっとほしい絵に出会うかもしれないよ?

「あの絵がほしいねん。」




自問自答。
なにを問うても結局、「あの絵がほしい。」しか答えない私。

心の中の無限ループがだだ漏れだったんだろう、画廊オーナーは閉店時間を過ぎても追い出さずにいてくれた。

生きているうちに、こういう感情に出会うことっていったいどのくらいの確立なんだろう。
そしてその感情を逃さずにキャッチできる瞬間って何なのだろう。

本当に長い間そこにいた。
最後の一言、勇気がなかなか出なかった。
未知はいつだってこわい。

「この絵を、買います。」と言ったときに漂っていた空気は鮮明に覚えている。

その言葉を発したとき、とてもホッとした。
あぁ、言えた。

静かなやり取りだった。
そこから、じわじわと胸が熱くなった。

今まで出会ってきた買うことのなかった素敵な絵たちと「その絵」は、私の中で何かが違ったんだろう。

だけど、「その絵」と他の絵が、どういうふうに違ったのかは正直あまり思い出せない。
あの瞬間の特別な感情だったんだろうなと思うと、何もかもが愛おしくなる。

それから約三年。それにしても長い時間がかかった。

「その絵」の入った箱が目の前にある。たいそうなエアクッションや包みを剥いでいく。ものすごくドキドキした。

そしてついに、「その絵」は私の前に現れた。




「その絵」は、あまりにも違っていた。驚いた。

あの時気が付けなかった、そこに宿るもの。
その、圧倒的な力は、三年の歳月を経て明らかに増していた。

「その絵」は、あの日から何も変わっていないはずなのに。

思い返せば、三年弱の間に、本当にたくさんのことがあった。
きっとみんなそうであるように、私も、手離したり、受け入れたり、傷つけたり、諦めたり、してきたんだ。

「その絵」は私が来るのを待っていた。全てを知っていたのかもしれない。

とても不思議な体験だった。

この先、また絵を買うことがあったとしてもこの体験はもうできないと思う。

魂の宿る作品の底知れない力を見た気がした。

私のこれからの人生に「その絵」はただ在り続ける。



#エッセイ #アート作品

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