未来はいま深い海のなかを潜っている

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記事

1章 はじまりのはじまり

0 妙な商売はおしまい

2032年はクボタにとって大きな節目になった。小さな赤字をきざみ続けた松坂牛ビジネスに共同経営者との荒々しいいさかいの末に終止符を打ち、コンビニエンスストアのフランチャイズ店もタイガーバーム売りから一財を築いたチャイニーズに二束三文で売り渡した。シェールガスのせいで7割も減価したインドネシアの石炭会社の株式も、それを勧めた一流大卒を鼻にかける役立たずな証券マンにこれでもか

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2章 謎の女が行方くらまし

6 耕作機の村

その数日後―。

彼は彼女の故郷を訪れた。奇妙な事実にぶつかった。

そこは山に囲まれた小さな盆地にある集落だった。彼はある情報を介して、彼女に〈記憶〉を渡した耕作機を探した。彼が採ったやり方は、昆虫学者のふりをして村の民宿に長逗留することだ。嘘八百、ああ言えばこう言う、口先三寸などとの異名をとるモロボシにとって、朴訥な農民たちの目を欺くことなど、赤子の手をひねるようなものだった

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3章 とある映画について

10 この銀河系には『憎しみの惑星』がある

ブラインドからのぞく都会の風景は、夕方に差し掛かっていた。路上を人々や乗用車が交錯し、無数のネオンたちに明かりがともる。夜の困惑がもうそこまで来ていた。

モロボシは虫かごの中からくるくると丸められた本を取り出し、それを漁師が船の上で魚をそうするように、ひょいと投げた。クボタはそれをキャッチしてぺらぺらとページをたぐってみた。それは『憎しみの惑星』とい

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4章 最果て団地にようこそ

16 「夢」から覚めた

ノムラは目を覚ますと、呆然とした表情をした。彼は怪しげな男にかどわかされて行ったピンク映画館が、「大雨」で水浸しになる夢を見ていた。それは夢にしては、いやに手触りがある。ワンカップのにおいもありありと思い出せるし、ピンク映画の内容もきっちり覚えていた。それはいつもの夢みたいに、記憶から消えうせていかず、むしろ長年使った洗面台の水垢のようにこびりついた。

彼はかなり混乱し

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5章 極北から垂れた糸

21 悲しみの川

ノムラは荒野を歩いた。牛の死体を、ハゲタカがついばんでいた。ハゲタカを警戒して野犬が遠巻きに眺めている。牛の目玉が地面を滑った。蟻が神輿のように担いで、巣に運んでいくのだ。豊かな死のにおいがあたりを満たした。踏みしめる土はからからで、どんな植物も受けつけない有様だ。土もまたよごれている。

荒野を長く歩くと川に行き当たった。その水は鉛色で得体の知れぬ泡がぶくぶくとたっていた。壊

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