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行為以上に想いのこもる身体

失恋

「失恋したの?」
と言われる。
「=散髪」
というのは、今もそうなのでしょうか。

髪を切ることで「思いを断ち切る」のだとか、
(本当かは分かりませんが)
そんな言われかたをすることもあるらしいですね。

つい最近、散髪をしました。
失恋した……からではありません。
自分のルーティンというか、ルールというか、
「節目」には髪を切ろうと決めています。

今回は誕生日という「節目」でした。
(正確には「もうすぐ誕生日を迎える」のですが)

節目散髪のススメ

もちろん節目以外でも散髪はします。
ただ、「絶対に散髪をする節目」も決めています。

それは「誕生日」と「年末」。
どちらも、「新たな歳(年)を迎えるから」。
なんとなくその歳(年)のアカを落とすというか、
新しい歳(年)をちょっと身ぎれいに迎えるというか。

いつから始めたのかは分からないですが、
もう結構長くそうしています。
大掃除をするような気持ちと、少し似てますね。

髪を切るタイミング

これだけだと年に2度しか散髪のタイミングが無いわけですが、
他に髪を切ろうと思うタイミングは、
・伸びてきたとき
・上手にまとまらなくなってきたとき
が基本的なのかなと思います。

自分はそれより散髪を意識するのが
・一番ちょうど良い(ちょうどよく見える)髪型のとき
なんです。

そこを超えると、
きっと中途半端な髪形になるんだろうな。
うわー、髪切ろうかな。
と思う時がすぐ来るはず。
(もしかしたら伸びた先に良い髪型が待っていることも
 あるのかもしれませんが)

だから、ちょうど良い時に切る。
一番いい時に一旦自分を崩してみる、リセットしてみる。
そんな感じにもちょっと似ているんです。

行為以上に想いのこもる身体

そう考えると、最初の
髪を切ることで「思いを断ち切る」というのは
あながちピントがずれていると言えないのかなと思います。

失恋したからリセットで短くする
気合いを入れるために丸刈りに
あの人が好きって言ってた髪型に
リスペクトを込めて〇〇と同じ髪型に

見栄え・カッコよさ・爽快感というのは言わずもがなですが、
散髪や髪型を変えるというのは、
それに限らない想いの体現でもあるんでしょうか。

色々な変化を起こすことが可能な箇所なだけに、
行為以上に想いを込められるのが「髪」なのかなと感じます。
他にそういうことが出来る身体の部位って、
実はそうそう無いんじゃないかな……?
(タトゥーだったり、ピアス・リングなど、
 装飾的なことはあるのかもしれませんが)


とは言え、髪型を変えるのがすべて
そんな想いの体現ばかりかというと、全然そうではなく。
自分だって気軽に散髪するときもたくさんあります。

でも、自分の身体に想いを込めるって、
そんなに出来ることではなさそう。
なんかスピリチュアルとか、信心深いとか
全くそういうことではなく。

自分が思ったことの体現として「髪を切る」というのは
いいことなんじゃないかなと思います。

新しい歳を迎えるにあたって、
散髪でこの歳にお別れ。
スッキリした気持ちで、次の歳の1年を始めます。

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