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You are my gravity

Kis-My-Ft2のシングル『Gravity』がリリースされた2016年、辞書をめくっていたら出逢ったフレーズ。

"You are my gravity." あなたが私を惹きつけた。

アイドルの事であり、東京の事であり、その当時の彼氏みたいな存在の事でもあり。気に入ってしばらく使っていた。

林檎が木から落ちるしか無い様に、受動的に言いたいフレーズ。能動的に愛している様に見えても。

私は自己肯定感があまり高くないから、誰かや何かを応援することで心を寄りかからせているのだと思う。存在価値を感じないから、誰かのファンであることでアイデンティティを保とうとしている。そんな風にいつも小難しく考えている訳でもないけど、惹きつけられるものが沢山あるってそういうことなんじゃないかと最近になり思い始めてきた。

応援の対象は決して自分自身ではないのだけれど、成功が嬉しかったり、なかなか試合に勝てないことを歯痒く思ったりするのは自己投影をしているから。

それを受け止めてくれる存在も在れば「そこまで背負えないよ」という存在も勿論在り、それは強制されるべきことではない。ただ、500㎖のペットボトルに2ℓの水は入らないから、淹れ方には注意が必要なのだと理解してきた。

手の届かない存在にどれだけの熱を注いでも向こうは知ったことではないので、報われたいと願わなければ愛を持て余すことはなく永遠に注いでいられる。一方で、自分の入れた量が見える位置にある存在は、距離の近さが当たり前のことを見えなくしてしまうことがある。指先が触れ合う距離にあっても鼻先を触れ合わせることができるとは限らない。たまに唇まで触れてしまってから後戻りできなくて、近づいた分だけ離れてしまうのは人間の哀しい性だと思ったりする。もう過ちを犯せるほど若くはないけれど。

それでも飽きるまでは、心のときめきにおとなしく従って、惹きつけられるままに恋して愛して居たい。収まりきらない分は、見えない様に手元のコップへ注いでおくから。自分の淹れた水ではなくても、満たされる様を目にして喜んでいたいのは我儘だって承知の上で。




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