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「ひらがな」が英語の読み書き教育に役立っていた話 (2/2)

ナーダ・ピッケスリーさんの TEDx トーク『英語が読めるようになる新しい方法』を訳した話のつづきです。

2回めの今回は、このトークをヒントに、日本人の英語学習について考えたことをシェアします。普段のコーチングではお見せしない、研究者っぽい面が出てしまっていますが、ご了承ください。笑

ナーダガニを開発したナーダさんは、英語を教えるために日本へ来て、日本語を学びました。ナーダさんは、そのとき習った「ひらがな」について
 ・読みがすごく簡単になった
 ・1週間で読めるようになった
 ・音読できるようになった
 ・正しい発音ができた
と言っています。この「ひらがな」という、読みや発音の学習に即効性のある文字体系をもとにナーダガニをつくり、実際にアメリカの子どもたちに試してもらって成果をあげている、というお話です。

ということは、これをひっくり返して、ひらがなで読みをマスターした人が英語を学ぶとき、英語のアルファベットは
 ・読みが難しい
 ・なかなか読めるようにならない
 ・音読がうまくいかない
 ・正しい発音ができない
…となるとは考えられないでしょうか。

ふと、ある友人のエピソードを思い出しました。

「英語って、どうやって読むの?」

彼女は、私がある日本の会社のカスタマーサービスで働いていたときの同僚です。カスタマーサービスといえば、聞く・話すはもちろんのこと、読む・書くを含む言語コミュニケーション能力が大いに求められる部署です。そんな職場で問題なく働けていた彼女に、ある日「ねぇ、英語ってどうやったら読めるようになるの?」と聞かれました。私が昼は派遣社員、夜は英会話講師をやっていたからです。

彼女は中学1年ではじめて英語に触れたとき、「"apple" は5文字で "アップル" は4文字、 "アポー" なら3文字。なぜなんだ?」とパニックになったそうです。先生に聞いても「英語はそういうもんだから、覚えなさい」としか言ってくれない。強い挫折感を覚え、中1の春の時点で早くも「自分に英語は無理だ」と悟って以来、英語はさっぱりダメ。大人になった当時も大嫌いだと話してくれました。「だって、英語って意味わかんなくない?」

そのときの私がどう答えたかは覚えていませんが、この「英語ってどうやって読むの?」は、アメリカで英語教育をたっぷり学んだ今の私でも答えようがありません。超難問です。ただ、もし今の私が中1の彼女に会うことができたら、「素晴らしい着眼点。言語学に向いてるかもよ」と言ってあげたいです。

「ひらがな」から読みを覚えると、後々しんどい?

となると、たとえば「ひらがなでの読みの能力は、英語の読みには応用されにくい」という仮説が立ちそうです。英語のアルファベットよりひらがなの方が簡単だとすると、ひらがなでの読みをクリアできたからといって、そのまま当たり前に英語も読めるようになるとは限らない、ということです。

この点を掘り下げていくと、たとえば「ローマ字と同じ読み方で英語を読んでしまう」「国語が得意な人ほど、英語が不得意」「リンキング(例:チェック・イット・アウトが「チェケラ」のようになること)が苦手」といった日本人英語学習者にありがちな諸問題の根っこにつながりそうな気がします。

もちろんこの仮説を検証するには、きちんとした研究計画が必要です。まずは、英語ネイティブの子など「もうじゅうぶん話せるけど、読めない」という場合と、日本人で英語を学ぶ子など「英語はまだ話せない」という場合とをどう扱うか、決めなくてはいけません。

また、「ひらがなは、英語のアルファベットより簡単」も鵜呑みにはできない可能性があります。ナーダさんの証言は決していいかげんなものではありませんが、彼女は言語学者ではないですし、日本語についての知識も十分ではありません。たとえば、彼女はひらがなを音素文字(/k/などの音1つ1つを表す文字)と捉えているように見受けられます。だからこそナーダガニを生み出すことができたわけですが、実際のところ、ひらがなは音節文字(「け (/ke/)」など音のまとまりを表す文字)ですから、ナーダガニとひらがなは、実はかなり異質のものだと言えます。

一般に現代日本語のひらがなは「50音といいつつ、46文字で46音」と言われることが多いですが、拗音(例:「きょう」の「ょ」)や濁音、長音などを含めると文字も音も数が増えます。音声学的な分類の仕方によって、音の数え方も異なってきます。たとえば「天ぷら」と「天才」の「ん」は厳密には別の音です。

ナーダガニでは英語の26文字を63音に分けているようですが、これはかなり簡素化された分類でしょうから、そこから実際の英語の読みに移行するときに何が起きているかを調べることが重要だと思います。ひょっとしたら「ナーダガニからアルファベット」と「ひらがなからアルファベット」の移行は同じくらい難しいかもしれません。

とはいえ、ナーダガニは Jeffrey D. Wilhelm ほか、読み書き教育の専門家が支持しています(参照)。トーク中に紹介されている "small-scale study" の論文などが見当たらないので学界での評価はわかりませんでしたが、現場の先生や親、学習者本人が効果を感じているのは間違いないでしょう。教育というのは、いわゆるエビデンスを待たずとも“処方”が許され、科学的根拠よりベストプラクティスが重宝される世界です。私はアメリカで、母語での読みを経験したことがない大人に英語を教えていたことがありますが、もしその頃にナーダガニを知っていたら、きっと教室で試していたと思います。

少なくとも、子どもや生徒、そしてご自身に対して「ひらがなが読めるのに、なんで英語は読めないんだ」と責めたり苛立ったりするのはやめましょう。ひとくちに「読み」といっても、中身がまったく違うのです。どうしたら読めるようになるか、寄り添って考えてあげてください。

それからたまに、いわゆる発音記号が読めないことを嘆く人がいますが、私はいつも「読めたら便利だけど、読めなくても大丈夫」とお返事しています。もし、発音記号よりひらがな・カタカナの方が使いやすければ、それで構いません。大事なのはその “読みがな” が実際の音に近く、自分で再現できるかどうか。そうそう、あるアメリカ人の友人は、日本語の「きゅうり」に "cutie" という読みがなを付けていましたよ。ナイスですよね。



Photo by Clarissa Watson on Unsplash

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