最期は「うちに来てくれてありがとう」
【それぞれの思い】
今朝犬たちのお世話も終わり
ほっと一息ついた時
電話が鳴りました。
誰からかな?
とみてみると
いつもお世話になっているご近所さん。
お野菜をくださったり
とてもよくしてくださる方で
犬友でもある方からでした。
そこには小型犬が2頭いて
2頭とも14歳くらいのシニア。
1頭の子はもう目も見えないし
耳も聞こえない。
抱っこして草むらに下ろして
少しだけ歩いて帰る散歩。
もう一頭の子は
目も見えるし耳も聞こえるけれど
最近ご飯を食べないと
悩んでおられました。
なんでもいいから食べて欲しいと
ちゅーるをあげると食べるとも言われていました。
電話に出ると
ちょっと相談があって・・・・
と言われるのでなんだろう?
と思って話を聞いていると
少し前からご飯を食べなくて
と言われてましたが
病院へ数回通っても
食欲は変わらずで
よくよく調べたら
ご飯を食べない理由は
単なる食欲不振ではなく
血液検査などの結果から
お腹の中に
避妊したはずの子宮が残っていて
そこに腫瘍があると
わかったということでした。
その腫瘍が良性なのか悪性なのかは
もっと詳しい検査をしてみなければ
わからない。
その検査は
2回全身麻酔ですると。
でも14歳だから
全身麻酔のリスクがかなり高い。
もしかしたら麻酔をかけて
そのまま戻ってこない可能性もある。
あと一つ
その子には左のお尻から太ももにかけて
腫瘍があって
それは良性らしいけれど
かなり大きいので
最近、擦れて傷になり出血することがあって
本来はそれも切除したいところだと。
もしその腫瘍が大きくなると
尿道や腸を圧迫して
おしっこや💩が出づらくなる
もしくは出なくなってしまうかもしれないと
言う理由から。
症例としては
お腹の中の腫瘍を切除した子が
そこからさらに
2年長生きできた子もいるから。
と言われたらしいのだけれど
そこまで話してくれて
恵子さんならどうする?
と聞かれました。
ご飯を食べなくなるということは
犬たちは自分の状態がわかっていて
ある程度覚悟するものだと
私は思っているから
私なら
全身麻酔の検査もオペもしないと思う。
痛みがあるなら緩和してあげたいけれど
延命のために点滴やお薬が
どんどん増えていくのは
どんどん違うところが
弱っていく気がして
自然に命が細くなっていくのを
妨げてしまい
自然の成り行きに
支障が出るような気がするから
と思っているんです。
無理して生きながらえさせるのは
犬にとって逆に辛いんじゃないかと
私自身はそうおもってます。
と伝えました。
電話の向こうでその方は
やっぱりそうだよね。
私もそうしたいって思ってた。
でも、病院では
治療するという前提で
話が進むので、どうしたらいいのか
わからなくなってきて。。と。
実はここのお宅では
数年前にも小型犬の子を見送ったのですが
その時、手術した後2日後に病院で亡くなって
最後の瞬間に間に合わなくて
すごく後悔したことがあると。
それがあるから尚更
全身麻酔で検査してもらうことが
怖いのです。
と言われました。
私の答えが正しいかどうかは別として
私自身が答えを出すなら
そうすると最後にお伝えして
電話を切りました。
コニーも14歳で
先日、前庭疾患という症状を起こし
数日歩けなくなってしまったのですが
1週間経たない間に、症状が和らいで
今はほとんど何もなかったように
復活しています。
でも、歩けなくなってしまったコニーを前に
いよいよその時が来るかもしれないと
覚悟した瞬間
苦しまないように
痛くないように
自然の摂理に基づいて
やがてその時を迎えさせてあげたい。
と思いました。
犬たちは行き先も決めてくるし
最後のその瞬間も自分で決めると
言われています。
だからこそ
犬が自分の最後を決めて迎えるなら
その一瞬まで見守ってあげることが
それまでずっと一緒にそばにいて
どんな思いも分かち合ってくれた
犬たちに対する全力の感謝だと思うのです。
薬剤、薬物で延命することで
1秒でも長く一緒にいたいと思う気持ちもわかります。
でもそれは
犬の意思に反することなのではないかとさえ
思うのです。
ただし、これはあくまでも私の勝手な思いです。
犬が過去でも未来でもなく
今この瞬間を生きているということを
そして決断していることを
私たち人も忘れてはいけないことなのだと
改めて思うのでした。
最期は
「お疲れ様でした。また会おう」
そう言って見送りたいと
思うのです。
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