見出し画像

組織変革ファシリテーションの心理学

コンサルタントとして、さまざまな変革をご支援しています。事業そのものやそれを実行するための組織・個人が対象です。

ただし、私たちコンサルタントが直接変えることはできません。当事者が変わろうと思わない限り、その行動は変わりようがないのです。

私たちができるのは、促進すること、つまりファシリテーションです。
変わろうと勇気づけること、向き合うべきことに向き合っていただくことが私のコンサルタントとしての役割だと考えています。

そもそも私たちは変わるのが苦手

私たちは、変わることが苦手です。いつもと同じ方が安全だし、コストもかかりません。だから、変わらなくて良い理由を知らず知らずに探していることがあります。

イソップ童話の「すっぱいぶどう」のキツネをご存知でしょうか。高いところになっているぶどうを獲ろうとするキツネの話です。キツネはいくら跳んでも跳ねてもぶどうが取れません。結果、「あのぶどうはどうせ酸っぱいんだ」と決めつけてその場を後にするという話です。

私たちは、現状維持で満足したがります。しかし、現状を維持しようと思っても、周囲の状況が変わっていきます。そうなると、変わらないと衰退し、生き残れなくなるのです。
これについては「ゆでガエル」という言葉もあります。カエルを熱湯に入れたら、びっくりして飛び出すはずが、水から徐々に温めると、熱くなっていることに気づかずにゆであがってしまうことを言います。ぬるま湯につかっていて、危機感がない状態です。

ここで覚えておきたい言葉として、Survival AnxietyとLearning Anxietyという言葉があります。
Survival Anxietyとは、生き残れるかどうかに対する不安です。ぬるま湯につからずに、生き残るための危機感を持っている状態です。

一方のLearning Anxietyは、学習することへの不安です。学ぶことは、これまでうまく行っていたやり方を手放すことでもあります。明確な目的を持たないと学ぶことは苦痛なのです。
ただ、ポジティブな言い方をすると、使命感を持っているから、学ぼう、変わろうとするのです。

最も大切なのは、人間だけが持つであろう「使命感」

「危機感」と「使命感」。変革をデザインするには両面必要です。

ただし「使命感」がより重要です。なぜなら、危機感や一体感は他の動物にもあります。ある種の本能です。一方、「使命感」は人間だけが持ち得るものであるように思います。

使命感について考えるとき、いつもこの3人のレンガ職人の話を思い出します。

旅人が、ある町外れを歩いていると、一人の男が難しい顔をしてレンガを積んでいた。
旅人はその男のそばに立ち止まって尋ねた。
「ここでいったい何をしているのですか?」
「何って、レンガ積みに決まっているだろ。」
男は自らのひび割れた汚れた両手を差し出して見せた。

もう少し歩くと、一生懸命レンガを積んでいる別の男に出会った。
さきほどの男のようにつらそうには見えなかった
「ここでいったい何をしているのですか?」
「俺はね、ここで大きな壁を作っているんだよ。」
「大変ですね」
「なんてことはないよ。この仕事のおかげで俺は家族を養っていけるんだ。」

また、もう少し歩くと、別の男が活き活きと楽しそうにレンガを積んでいた。
「ここでいったい何をしているのですか?」
「俺たちは、歴史に残る偉大な大聖堂を造っているんだ!」
「大変ですね」
「とんでもない。ここで多くの人が祝福を受け、悲しみを払うんだぜ!」
旅人は、その男にお礼の言葉を残して、また元気いっぱいに歩き続けた。

この話の捉え方は、人によってさまざまですが、多くは、世の中には3種類の人間がいる、という捉え方だと思います。「やっぱり、2・6・2だよね」と分かったようなことを言ったりします。

私は、すこし違う捉え方をしています。この話は、私たちの使命感が育っていくプロセスを表しているのだと思うのです。つまり、3人目の男になるためのヒントが隠されています。

3人目の男も最初からあのようだったとは限りません。最初は目の前の作業をやるだけだったのでしょう。そして、できることが増え、誰かの役に立てるようになります。そこで、少しステージが上がり、仕事の持つ意味が変わってきます。自分だけではなく、誰かのための仕事に変わっていくのです。

また、仕事以外のライフイベントもあります。例えば、家族ができます。すると、2人目の男のように、「家族を養うため」という目的が見出されます。だからますます頑張ります。

そして、ある時子供に聞かれるかもしれません。「お父さんは何のために仕事をしているの?」…と。でも「お前たちを養うためだよ」だと、ちょっとカッコつかない。

そこで考えるわけです。一体全体、俺は何のために働いているんだろう、と。そんな中、仕事を通じて多くの人からねぎらいや感謝の言葉をかけられます。それに応えるように仕事をすることで「そうだ、俺はみんなが喜ぶ大聖堂を作っているんだ」と思い至るのではないかと思うのです。

経営者は、3人目の男のように事業の目的や大義を示さなくてはなりません。そして「示しているのに社員が分かってくれない」と嘆いてもはじまりません。繰り返し語るしかないのです。また、社員の能力を高めるサポートも必要です。仕事ができないうちは、仕事の喜びは得られません。その状況で、目的を語っても響かないのです。

何よりも、自らが志を高く持ち、世の役に立とうと努力し続け、お客様が喜ぶことを徹底して行う姿を示していくことが大切です。

 組織は自分を映す鏡

経営者にとって、組織は自分を映す鏡です。自らの組織がどのような状態にあるか把握することで、自分のあり方を見直すことができます。

どの程度まで自社の組織能力が高まっているのかを考える際に、私がよくお客様に示すのは下のマトリクスです。

マトリクス

図の中の「レベル」は、社員の「当事者意識」を定義しています。ここでは、2つの観点から社員の状態を捉えています。社員は「①職場の課題は何か」「②自分は何に貢献するか」を分かっているかという観点です。

例えば「何が課題なのかを分かっている」のは、あるべき姿が分かっていて、その現状とのギャップに葛藤しているということです。そのときに「貢献すべきことは何かを分かっている」とは、ギャップを埋めるアクションを定めているということになります。最終的には「自ら次の課題を探して、解決のためのアクションを繰り返す」状態になっていくことが理想です。

この表は、あくまで私なりの概念を整理したもので、レベルを図るためのアセスメントがあるわけではありません。社員へのインタビューや経営陣との対話、その他、観察される事象をお客様に伝えながら、「いまレベル1から2の間ですね」という風に目線を合わせていくために使っています。

「仕組み」「仕掛け」「仕切り」を有機的にデザインする

では、どうやってレベルを上げていくか。私は、「仕組み」「仕掛け」「仕切り」という3つの観点からマネジメントを見るようにしています。上図の下半分がそれです。

「仕組み」は、経営計画全般です。理念やビジョンを設定し、目標や計画を立てます。また、人・物・金・情報などの経営資源を活用するための制度やルールを定めます。こうした方向づけと枠組みがないと組織は整いません。これは、どちらかと言えばハード面の話です。

「仕掛け」「仕切り」は、ソフト面です。会議やプロジェクトなどによって、社員に考えさせたり、意見を交換したりする場を設定します。こうした場を「仕掛け」ることで向き合うべき問いを顕在化させ、試行錯誤する対話が促進します。ただ、それだけでは人によってばらつきが出ます。そこでリーダーが「仕切り」ながら、みんなの参加を促すのです。

上記の「仕組み」「仕掛け」「仕切り」をデザインし、組織のルーチンとして埋め込むことが大切です。例えば、下記の様な合宿を起点とした会議体のデザインなどがあります。

図2

とはいえ、これですぐに結果がでるわけではありません。会社は弾み車です。このルーチンを通じて組織能力を高めていくことこそが狙いです。単に問題が解消されるとか、計画を進捗させることが目的ではないのです。

組織は生ものです。外的な環境が変わることでうまく行くこともあれば、逆もあります。あるいは、たまたまリーダーが交代したことで、好転したり、後退したりもします。今、どのような状況にあるのか、どこで葛藤が起きているのか、短期的にも長期的にも振返りながら進んでいくことが大切です。レベルが上がっていかない阻害要因は何なのかを見極め、少しずつ取り除きながら進んでいきます。

では、組織変革には、どのような阻害要因があるのでしょうか。

「丸く収めたい」という病を克服する

「〇〇の件も触れていただけますか?」
オンライン会議のファシリテーション中にチャットが飛んできました。当の本人が、自分で発言すれば良いような内容でした。

なぜ、自分で言わないのでしょう。入るタイミングがないのでしょうか。チャットで全員に流しても良いですよね。気を使っているのか、発言する勇気がないのか…。時に会議が終わってから、「自分はあの意見には反対だ」と言ってくる方もいます。本当は、考えていることがあるのに、その場は丸く収めたい。少なくとも自分が場を荒らしたとは思われたくない、そんな気持ちがあるのでしょう。

この場合、何が一番問題かというと、ファシリテーターと参加者の「1対n」の関係になってしまうことです。参加者が自発的に参加して、「n対n」になっているのが理想です。話し合う内容も大切ですが、参加者どうしが互いにリーダーシップを発揮できる場づくりが大切です。議論すべき論点に気づいた誰かの発信によって、場が動き、対話が活性化します。

コミュニケーションが「n対n」になることは大変重要です。それは、仕事が会議だけで終わるわけではないからです。会議後のアクションがないと意味がありません。少しずつ違う考えを葛藤しながらも了解しあっていることが大切です。その場が丸く収まったって、何も変わりません。

「目標達成の自信度は何%ですか?」

ある目標設定合宿で、ファシリテーターとして全体に発した問いです。全社員参加で来期に向けた目標を明確にしていくことが合宿の目的です。部門ごとにテーブル分かれて、それぞれ議論を進めていました。

この会社では、半期に一度、全社員が集まって、合宿を行います。また、毎月、各部でも振返りを行い、PDCAを回すようにしています。そうした積み重ねもあり、社員の考える力が高まっています。スローガンだけで終わらない、具体的で、適度に背伸びした目標設定ができるようになってきました。

ただ、目標は、良いのですが、現状とのギャップを埋めるアクションの検討が浅いように感じました。大切なのは、合宿後のアクションです。そう思うと、もうひと揺さぶりかけたい、と考えました。

もちろん、ここで「具体的なアクションを考えてください」ということもできます。しかし、それでは「1対n」になってしまいます。この時、着目したいのは、飲み込んでしまっている思いです。本当はチャットで私に伝えたい、あるいは、会議後にぼやきたくなる思いです。

この日、飲み込んでいると捉えたのは「目標として、こうは書いてしまったけど、ぶっちゃけたところ、自信度は半々なんだよな」という考えです。これは、言いづらいですよね。一応のチームとしての結論を出しているわけです。ただ、そうした思いを飲み込んでしまったままだと、納得感が不十分です。結果、アクションが起こりません。

社員がアクションしないのは具体的なアクションプランがないからでしょうか? それではただの裏返しです。本質的な問題は、思考停止です。そこで、「n対n」になるような問いを投げ、場を揺さぶることが必要になります。

「こちらから指示してしまうとやらされ感があるので、みんなから意見をださせる」と考える経営者やリーダーも多いと思います。それはその通りなのですが、実は、「意見を出してください」と言っているのと変わりません。すべきことは、場を揺さぶる問いを発することです。

場を揺さぶるのは、こちらも勇気がいります。でも、私たちは、揺さぶられれば、何かを必ず見出します。その積み重ねが、自ら考える力を作るのです。

そこが、機械とは違った、人間の賢さの根幹のように思います。


不器用な父が語ったピープルマネジメントの本質

「計算機は人と違って一緒に徹夜してくれるからなあ」コンピューターエンジニアだった父親とお酒を飲んでいたら、そんな冗談が出てきました。父は、不器用な人間です。部下ができたけどけどうまくいかず、一エンジニアとしてサラリーマン人生を終えました。

もちろん冗談で言ったわけですが、今思えば、本質を捉えていると思います。機械には感情がない。だから嫌われることもない。うまく使えば仕事を片付ける事ができるというわけです。

時々、お客様社内の状況把握のためにインタビューをすることがあります。社員満足度やエンゲージメントサーベイの結果をもとに調査します。多くは、スコアが悪いからと言って、特別ギスギスしていることはありません。少なくとも表面上のコミュニケーションはできています。

しかしながら、個別にお聴きしていくと不幸なすれ違いが起きていることが多々あります。

図3

この図のようなすれ違いは、多かれ少なかれどこの職場でも起きています。日常の業務を進める中で、目的や意味を十分に伝えないために、少しずつすれ違いが起き、不信感が芽生えてしまいます。なかには、本当に無駄な仕事もあります。問題は、それがそのままになることです。必要な仕事もやらされ感に支配されていきます。これでは、生産性は高まりません。

ある社員の方へのインタビューでは、以下の様なコメントがありました。「上司からは見えない仕事がある。通常業務とは異なる突発的な対応とか。地味に時間をとられるが、メイン業務ではないので評価されるわけでもない」

私たちの仕事のパフォーマンスは、よく氷山に例えられます。海面上に出ているのはほんの一部。その部分を評価されるわけですが、海面下の働きがあっての結果です。

隠れた部分は見ようとしなければ見えません。もちろん目に入ることもあるでしょう。それに対して何らかフィードバックをしなければ、見ていないのと同じです。

逆に言えば、見えない部分に働きかけていくことで信頼関係を高めることができます。物理的に見えにくいだけでなく、本人も気づいていないような価値観や感情もあります。それをそのままにしてしまうとわだかまりが残ります。逆に拾ってもらえると勇気が出ます。

また、目に見える部分だけの評価やフィードバックは、ただの進捗管理です。進捗を管理したからと言って、生産性は高まりません。そこに創意工夫を伴う具体的なアクションが必要なのです。

優れたリーダーは、このことをよく分かっています。しかし、できない人もいます。徹夜を一緒にしてくれる機械の方が良いと思ってしまうのです。なぜなら、煩わしくないからです。命令すればやるし、そのことについて申し訳ないと思う必要もないからです。「自分でやった方が楽」というのも同様です。

この手のお話を聴いていて、いつももったいないと思うのは、みんな悪気がないということです。むしろ、仕事や自分の存在に意味を見出したいと思っています。ところが、それに対する手応えがない場合がある。特にお客様から直接反応を得られない立場の人はこの欲求が満たされにくい環境にあります。

機械は何も言わずに作業をしてくれます。ただ感情を伴わないので、自ら良くしたいという思いも生まれません。AIが普及したり、自動化が進んだりすれば、生産性は高まるかもしれません。でも、創意工夫をするのは感情を持っている人間です。

見えている事の進捗にばかり目が行って、それをマネジメントの対象にすると、部下や自分自身の感情にフタをすることになります。利己的な欲求が満たされないだけでなく、成し遂げたい、形にしたい、誰かの役に立ちたいという欲求まで満たされなくなってしまいます。

感情は起こってしまうものです。その感情をどう受け止めて前向きに意味づけをしていくか、それがピープルマネジメントの本質だと思います。

 使命感を持つからこその葛藤に向き合う

感情を持つ私たちだからできることがあります。一方で、だからこそ葛藤することもあります。

感情を前向きに意味づけるためにも、経営者は、自社が目指す「使命」を描き、示すことが求められます。その意志は、顧客の創造につながります。つまり、お客様に喜んでもらうことが企業の存在意義です。

ただし、独りよがりでは成功しません。世の中をよく知る必要があります。経営戦略を立てる際には自社を取り巻く外部環境の分析が必要になります。外部環境とは「自社がコントロールできないこと」がその定義です。そして、その情報を幅広く集めることが大切です。

なぜ、そうした分析が必要なのでしょうか?
「幅広く調べた方がチャンスが広がるから」でしょうか。確かにその通りですが、これだけだと不十分です。

「私たち人間にはバイアスがあるから」だと私は捉えています。
私たちは、自分たちの見たいものしか見ません。こうありたいという「意志」を持つがゆえに選択を誤るというジレンマがあります。また、反証することが苦手です。自社の仮説に都合の良い情報を探そうとしてしまいます。これもまた「意志」や「思い」や「感情」があるからです。

経営計画の会議をファシリテーションしていて悩ましいのは、「ちょっとロジックがあわない」「その話だと外部環境というより、内部環境の話」「どうも情緒的。定量的にしないと」などなど、お客様のアウトプットにつっこみを入れたくなることです。それが、なぜ悩ましいのか。それは、アウトプットが大人しくなってしまうからです。

もちろん、論点がずれていたり、考えに整合性がなかったりするときは指摘します。ただ、そこをゴールにしてしまうと、自分たちの本当にやりたいことや克服しなくてはならない辛いことに向き合うことができません。ファシリテーションする上では、意志を持っているからこその裏返しなのか、単に見当違いになっているのかを見極めることが大切です。

予測ではなく洞察

世の中は常に変わっていきます。同じ状態で留まっていることはあり得ません。だから確実に予測をしたくなります。もちろん、これも大切です。先が見えないまま歩いていてはケガをしてしまいます。

一方、それ以上に大切なのは、未来を洞察することです。洞察とは、意味を見出すことです。予測は、機械がしてくれます。もっといえば、機械の方が得意です。私たち人間が、力を発揮すべきなのは洞察です。この時「意志」「思い」「感情」がその原動力となります。これらに蓋をせずに、でも、夢物語で終わらないようにしていく必要があります。

VUCAの時代と言われている一方で、情報は探せばそれらしい結果が返ってきます。何が起こるかわからない混沌としたスピード感の中で、パッと答えに飛びついて、深く考えられなくなっています。この不確実性の高い世の中では、唯一無二の正解があるとは限りません。答えのない問いもあります。答えはよく分からないけど、そのことについてモヤモヤと考えつづける力が必要です。

にもかかわらず、私たちが教育の中でしてきてしまったのは、与えられた問題に素早く正解を返すことです。答えの出ない問題に向き合うという経験は多くありません。社会に出て、答えの出ない問題に山ほど直面した時、私たちは安易に分かろうとする道を探ってしまいます。しかも、安易であることに気づいていないこともあります。

研修や会議などでファシリテーションをしていると、「○○から考えた方が速い」という発言に出くわすことがあります。私はいつもこの手の発言に違和感を覚えます。「速いかもしれないが、それではただの処理では?」と思うのです。そこで、「結論を保留してください」「みんな納得していますか」「そもそも何を解決したいんでしたっけ」などの声を掛けます。多くの場合は、改めて議論を続けますが、時に「○○の方が速くないですか」「どういうメリットがあるんですか」という声が返ってくるケースもあります。

こうした声の主は、社内でも成果をあげている方が多いです。ただ、必ずしも周囲から信頼を得ていないことも多いです。端的に言って「素直さ」「謙虚さ」を周囲が感じないからです。また、本人も学ぶ機会を失っていることに気づいていません。目の前の問題に、一定の答えを当てはめて安心しようとする欲求を手放せないでいます。分かりえないであろうことに向き合おうとは、思っていません。

健全な組織に必要な「架け橋」

「100人を超えたあたりから『それ、うちの仕事ですか』という声が聞こえるようになりましたね」

お客様とお話ししていたときに出てきた言葉です。この会社は、100年を超える老舗企業です。20年ほど前に社名変更をしてから、さらに事業を伸ばし、60名程度だった従業員が、120名ほどになりました。特徴のある製品を持っており、お客さまからもその技術を高く評価されています。同社は、お客様第一主義を掲げ、どうやったらお客さまのお役に立つ製品を納入できるか、試行錯誤を重ねてきました。長年事業が続いてきたのも、お客さまの声を聴きながら、たえず変化しつづけてきたからだと社長は常々言っています。

しかしながら、ここへきて、上のような言葉が聞かれるようになったというのです。確かに私が社員の方と話していても気になる発言が出てきます。例えば、役員が進めようとしている新規事業についてお話を振ると「片手間でやっていたのでは、進まないですよ」という言葉が返ってきました。

この言葉から感じたのは2つです。ひとつは、大事な新規事業に誰がコミットしているんだろう、ということです。みな目の前の既存事業を進める役割にはコミットしています。結果として、それ以外のことには「片手間」になる。つまり、自分の仕事ではない、という認識になります。これが、組織間の壁の正体です。

そして、もうひとつは、どこか他人事、評論家のような発言だということです。「片手間ではダメ」だとして、では、どうあるべきなのか、自分たちは何をするべきなのかという発言ではありません。その壁を越えてまで動く意義が分からない、あるいは、伝わっていないということだと思います。

組織のサイズが小さいうちは、何か新しいことを始めれば、全員にそれが分かります。人づてにその意義や狙いが伝わっていきます。そうした環境下で事業を進めてきた経営陣は、「意義を明確に伝える」経験がなく、自然と「伝わる」ものだと捉えているのでしょう。しかし、そこには、健全な衝突があったはずです。なぜ、これをやるのか、どうやって進めるのか、賛同する人もいれば、反対する人もいる。そんなコミュニケーションがあったはずです。

ニュートンがこんな言葉を残しています。

Men build too many walls and not enough bridges.
人はあまりにも多くの壁を造るが、架け橋の数は十分ではない。

事業を効率的に進めようとすれば、機能を分化させる必要が出てきます。これが「壁」です。ところが、機能の間をつなぐような働きかけ、つまり「架け橋」が十分ではないのです。

人が多くなれば、その分衝突が起きます。この時に衝突を避ける手段に「壁」を使うのか「架け橋」を使うのかで結果がずいぶん変わってきます。「壁」は、もちろん必要なものとして建てられます。しかし、その副作用として、互いが見えなくなり、部分最適に陥ります。加えて、壁に隠れていれば衝突することもありません。確かに安全なのです。でも、これでは何も学びません。進歩しなくなります。

新規事業は、世の中やお客さまの変化に先んじて開発していくものです。社長や役員には、そうした長期的な展望に立ったビジョンを描くことが求められます。しかし、これまでの事業で壁を建てた分、そのビジョンは伝わりにくくなります。

その壁を越えるためには、コミュニケーションのチャネルを増やすことが必要です。また、量を増やすだけではなく、対話を通じて共に内省し、学んでいく場が必要となります。
これが「架け橋」です。

チーム・ファシリテーションサイクル

架け橋には、様々に種類がありますが、私はよく「合宿」という手段を使います。いつもと違う場所で、時間をかけて振り返りやビジョンの設定を全員参加で行うのです。

合宿の良いところは、時間がある分、下記の「チーム・ファシリテーションサイクル」にあるような深い対話を重ねることができるところにあります。

図5

普段の会議を振り返ると「議論」のみになりがちではないでしょうか。議論はもちろん必要ですが、それだけだと衝突を避ける力学も働きがちです。関係性を深めながら、自分たちの存在意義に立ち返り、建設的な衝突を重ね、そこから互いが学んでいくこと、これが良い「架け橋」のあり方です。


分かりえない、分かり合えないことに素直になる

コンサルタントは、解決策という薬を求められます。これは、経営者やリーダーも同じでしょう。適切な処方が出せないと本人としても力不足だと感じます。この処方を出す力は間違いなく必要です。

一方で、分かりえないことに向き合う力も大切です。自分が出せる処方を出すだけでは、本質的な解決になりません。それは、単に自分にできることに逃げているだけ、あるいは、できない自分を隠しているのにすぎません。

そして「分かりえない」だけでなく、お互いが持つ考えを「分かり合えない」ということもあります。違う人生を歩んでいる私たちは、完全に分かり合えることはまずありません。分かり合えないことを、相手の考えが間違っていると捉えてしまうこともあります。さらに言えば、そのことによって生まれる葛藤が起きないようにしてしまいます。「壁」を作れば、ある意味で安全で楽なのです。

「架け橋」をかけるには、素直さが大切です。
松下幸之助さんが言う素直さとは、分からないこと、分かりあえない相手をそのまま受け入れ、向き合うことなのだと思います。そうでなければ、生成発展する世の中を自分の都合だけで捉えることになります。これでは、自然の理法に反し、うまくいくはずがありません。

本当に会社を良くしたい、社会の役に立ちたいと思えば、その変革には、さまざまな葛藤が現れます。それは、志を高く持つ者だけが得られる大切な機会です。コンサルタントとして私がすべきことは、その葛藤をすっきりと乗り越えるための処方ではなく、向き合って考え続けるための問いです。

そうした問いを立てられる力をこれからも磨いていきたいと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?