誰かの言葉に育てられ 【愛とは時に熱意】
そこに、愛はあるんか?
というCMがやっていたかと思います。
いまもやっていますか?
うちにはテレビが無いのでなんとも言えないのですが…
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昔、というほど昔でもないですが、
4年前くらいでしょうか。
ひとつの仕事が終わるときに、
愛はある?
と訊かれました。
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とんでもなく慌ただしい現場の終わりかけ。
ワンテンポ置いて、
あります
と応えました。
今でもとてもよく覚えています。
問いかけの主語はなかったけど、
絶対に、この案件に対して、愛はある?という問いかけ。
その置いたワンテンポの間に、
愛はなかったかもしれない
と思ったこと。
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どうにもならないイベント会期に向けて、いくつもの締切をこなしてこなして、こなさなければならなかったから。
こうしたい、ああしたいはあったけど、お金がなくて実現できなかったことばかりだったから。
やれることはやったから。
こんな言い訳たちが現れたかのような、じぶんにとって不完全燃焼の仕事。
これで良かったんだろうか、と思いながら、作業をしていました。
そんなときに、そんな問い。
恥ずかしい気持ちにすらなりました。
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なぜ今日また思い出したのかは分かりませんが、今でもまだ、あの仕事を心ゆくまでやり切らなかったことを悔やんでいるのだと思います。
でも、終わってしまったものは戻らないから。
わたしに出来ることは、同じ問いを自問自答しながら、間を置かずに、ある、と自信を持って回答できるように。
二度と同じ後悔をしないようにすること。
ひいては、その問いすら脳裏によぎらないくらい、常に愛をもって取り組んでいくこと。
あの時そう訊いてくださったおじさま。
すべての背景と状況と、当時のわたしのしょうもない言い訳を全て見透かした上で、叱るでも咎めるでもなく、ごくフラットに問いかけたのでは、と思います。
懺悔と感謝の気持ちでいっぱいです。
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場所は違えど今もなにかを創る仕事をしていますが、
愛をもって、最高のものをつくりたい
最高のものをつくらなければ
と思う使命感は、その言葉とともにいつも響いています。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
コバヤシ ラン
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