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労基署は「会社員の駆け込み寺」として活用できるか

近年、社会問題化しているブラック企業。過労死、長時間労働、未払い残業代などその実態はさまざまです。しかし、その影響もあり、会社員の労働法や雇用についての知識が底上げされたように感じます。従来であれば、専門性が無ければ知り得なかった情報も入手できるようになりました。しかし、誤用している知識も多く、認識を新たにする必要があります。

最たるものが「労基署(労働基準監督署)に駆け込む」ではないでしょうか。一般的には、会社でパワハラを受けたり、退職に追い込まれたときの「駆け込み寺」として理解されていますが、実際はどうなのでしょうか。

■「労基署に駆け込む」は伝家の宝刀
会社の上司や人事に「労基署に駆け込む」と言えば、まずいい顔はされません。労基署に相談したら会社との関係性が先鋭化することは避けられません。失うものも大きいのです。

労基署は、労働者の相談を何でも受けつけてくれる“駆け込み寺”ではありません。労基署は行政の組織ですし、相談料がかかるわけでもないので、勤務先との間で何かトラブルが起きると「とりあえず労基署に連絡すればどうにかしてくれる」と考えている人がいます。しかし、労基署は労基法に明記されている範囲のことしか対応しません。

労基法に明記されている範囲とは、採用における労働条件の提示、労働時間の遵守、働かせてもいい上限の労働時間と手続き、休日、有給休暇、労災保険、賃金などのことです。これらのことについて労基署は行政の立場としての助言が可能です。そして、労働者個別の事案については、労基署が介入できる範囲とは考えられていません。

個別の事案とはなんでしょうか。大まかに説明しますと、解雇妥当性の是非、パワハラや退職勧奨、嫌がらせ、セクハラ、仕事が辛いからどうにかしてほしいなどです。これらの話は範囲外なのです。明確な助言は期待できません。労基署で、職員に食って掛かるような態度で接している人を見かけますが、彼らも所管する範囲外の相談には応じることができないのです。

では、あなたの抱えている事案が、労基法に明記されている範囲に当てはまるものであるなら、労基署の職員もすぐに相談に乗ってくれるでしょうか? これも実はそう簡単ではありません。

労基署は突然訪問しても相手にされません。事前に、管轄の労基署に電話をしてアポをとっておくといいでしょう。

また相談を受け付けてくれたとしても、労働基準監督官にはなかなか接触できません。労働基準監督官には、労働基準関係法令違反事件に対してのみ司法警察員として犯罪の捜査と被疑者の逮捕、送検を行う権限があります。

平成28年労働基準監督年報によると、悪質・重大な法令違反として検察庁へ送検した件数は890件です。しかし、監督を実施するのは事業者全体の3%程度にとどまり、慢性的な人員不足が指摘されています。

■労基署が得意とするのは未払い残業
ただ、労基署が比較的早く動く領域があります。それは未払い残業(時間外労働)です。相談員によって温度差はありますがタイムカードなどの証拠が揃っていれば有利です。しかし、すでに訴訟などに移行している場合は動きが鈍くなります。

 そうでない場合は、通常、まずは相談員があなたの話を聞いてくれます。それが直接解決に結びつくかどうかは分かりませんが、後に「労基署に相談した」という事実が大事になる場面もあります。それは、各都道府県の労働員会によるあっせんを求めたり、訴訟で解決しようとしたりする場合です。

 ただ、労基署の相談員は名前を名乗らないことが多いので、対応した相談員の名前を確実に聞いておきましょう。記録したメモやノートなどは、よるあっせんや訴訟に移行した際に、「労基署で解決できなかった理由」を確認する有効な資料になります。

あなたの案件が悪質で運よく監督官と面会できた場合のケースも考えてみましょう。おそらく、あなたは次のように言われるでしょう。

「会社に連絡を入れます。依頼があった旨を話しますがよろしいですね?」

監督官は司法警察権を有していますが、多くの案件が寄せられているので、あなたの案件だけにかかりきりになることはできません。にもかかわらず、司法警察権を持つ労働基準監督官からあなたの勤務先に連絡が入れば、あなたが労基署に駆け込んだことは社内に知れ渡ることになるでしょう。あなたは会社からはれ物のような扱いを受けることになります。それなのに、労基署はなかなか動いてはくれない――。これはなかなか辛い状況です。

そうならなためには、もう一つ行動する必要があります。労基署が動きやすいように環境を整備するのです。

■労基署に告訴をする
その方法は告訴です。告訴とは、被害者が犯罪事実を申告し、訴追を求めることです。告訴を受理した捜査機関は捜査を開始しなければならないのです。逆に言えば、労基署に告訴を受理してもらい捜査をしてもらうためには、告訴状の内容が適切であることや、明確な証拠が用意されている必要があります。

告訴状を作成したら、管轄の労基署に提出します。しかしすぐには受理されません。告訴を受理すると捜査を開始しなければいけません。そのため、あなたの告訴上の中に、企業側に明らかな問題があるという証拠が用意されていたとしても、労基署はまずは事実関係を確認するため企業への立ち入り調査、事情聴取、帳簿の確認などを行います。そのタイミングで、告訴以外の解決策(たとえば、労働局のあっせん等)を提示される場合もあります。

その後、労基署から企業に対して具体的な指導がなされます。それでも改善が見られない場合は、指導内容が厳しくなっていきます。労働基準監督官が告訴を受理すると捜査が開始されて、強制捜査や逮捕の権限を行使することが可能になります。

しかし、この時点ですでに告訴をしたあなたは企業から報復を受けている可能性があります。労基法第104条2項では、労働基準監督官への申告を理由にした不利益変更を禁止しています。本来は、申告を理由とした解雇はもちろん、減給や左遷といった措置も許されませんが、現実にはそうでないことも多いようです。社内では降格人事や異動が行われ、場合によっては事件をでっち上げられた懲戒がおこなわれることもあります。

なお、法律的な見地や専門性に乏しい会社員が告訴状を作成することは至難の業ですから、告訴の覚悟を決めた場合は法律家に依頼することをお勧めします。また専門家の力を借りて告訴しても、結局受理されないというケースも多々あります。

今回は、「労基署に駆け込むとどんな効果があるのか?」という視点で考えてみました。労基署は労働者の味方になってくれる存在ではありますが、対応してくれる事案の範囲やハードルの高さなどの点で、一般的なイメージとは異なる部分も多いように感じています。あなたの職場環境に問題があり、「労基署に相談してみようかな」と思われている人は、ぜひ本稿を参考にして、上手に労基署と付き合うことも考えてください。

JBpress(2020/6/17)に掲載した記事・画像を転載しています。一部、本記事用にアレンジしています。

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