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余所者が田舎でうまくやるために

2016年は田舎を旅をしたり数カ月住んだり物件を借りたりした。総務省がテレワークを推進したり、エンジニアが地方に移住したりという話もよく聞くようになった。東京の一極集中をやめて地方に移住しようという流れがあるのは確かだが、一方で地方のマインドがついてきているかというと疑問だ。

余所者と地元民

地方も人は増やしたいのだが、相変わらず日本人は余所者に冷たいし、方言はとっつきにくいし、ローカルルールはわかりづらい。余所者の定義も広くて、単に移住しただけだと余所者のままだったりする。借家に住んでる奴は本気で移住してないから余所者だし、地元の人間と結婚してない奴もなんとなく信用できないから余所者。極端なことを言えば、地方は自分たちと同じ方言を話し、同じローカルルールを共有し、同じ宗教や文化を共有する人が増えてほしいのであって、なんかよくわからないITとかデザインとかやってる都会ぶってる奴らを受け入れたいわけではない。

いい加減、その地方で生まれた若者がどんどん外に出ていって人口が減っていることを受け入れればいいと思うのだが、まだ若者が地元に残ったまま子供を作って人が増えていってほしいと思っている。これだけ電車もバスも飛行機も十分に整備された日本で、わざわざ生まれ故郷に残って生きている人間というのは、本当に地元が好きな人もいるだろうけれども、大半は外に行く学力や行動力や好奇心や発想がない人間である。たぶん昔はこういう人達だけでもそれなりに仕事もあったしうまくやっていけたのだが、今は地方の仕事は少なくなっているし、都会に行くのは簡単だし、地方にいる理由がなければ出ていくだけである。

地方が今までのやり方ではダメで、人を増やすには何か変わらなければならないということは、おそらくもう何十年も前からわかっていて行政などは各自で工夫をしている。かつては観光に力を注いで箱物を作っていたし、最近では移住者に家をプレゼントしたり補助金をだすような企画をよく見る。しかし、どれもいまいち的はずれだ。家をプレゼントする企画は20年以上住むことが条件だったり、補助金は結婚して子供を数人作ることが条件だったり、回収できない投資は絶対にしたくないという本音が見え透いていているから成果が出ないのは当然だろう。

実は、地元民には地元を変えることは出来ないのだ。地元民は地元の生活しか知らないから、外から来た人が何がほしいかわからない。若者を集めたければ、格安のドリンクバーと使い放題の高速インターネットとコンセントを用意すればいいだけなのに、地方は何年たってもそれが出来ない。それでも、地元の面白い場所や料理などを積極的に紹介すれば外の人にアプローチできるのだが、地元民は外から見れば面白い場所や物でも普通のものだと思っているからアプローチしない。余所者からすれば、とってつけたようなご当地グルメ(コロッケとかメロンパンとか多すぎだろ!!)やゆるきゃらには興味がなくて、その地方の家で普通に食べている郷土料理とか変わった形の海岸とかの方が面白い。だが、ただの煮物を郷土料理としてアプローチする勇気は無いのだろう。

余所者も別にその地方を盛り上げたくて来るわけではない。地方に移住してくる余所者にはそれぞれ個人的な目的がある。例えば、都会生活に疲れて田舎で暮らしたいからとか、狩猟や農業をやりたいからとか、旅が好きだからなどだ。しかし、余所者が楽しく暮らすためにはじめたことが、結果的にその地方を盛り上げることにつながる場合がある。余所者が地方に対して協力を求めるときのわかりやすいメリットとして「人が増えますよ」という言葉を使うだけである。実際、人を増やすには、何か面白いこと、そこでしか出来ないこと、その場所で生活ができることなどの条件が揃っていなければならないので、人を増やしたい地方と面白いことをやりたい余所者は win-win の関係と言える。とてもシンプルな話なのだが、なぜ地方で何かをやるということには面倒臭さがつきまとうのか。都会でやるのと何が違うのか。

それは地方では、数字や儲けなどのロジック以外にも感情論と向き合うことが必要だからである。

地元民から見た余所者

日本人は冷たい。余所者に冷たいし、若者にも冷たい。「都会は冷たい」という言葉を聞くが、田舎が都会に比べて暖かいかというと別にそうでもないように思う。都会でも怪我をしていると電車で席を譲ってもらえることがあるし、田舎でも観光案内所が地元民の喫茶スペースになっていて誰も相手にしてくれないこともある。

「余所者に冷たい」と感じるのはなぜか? 何もしてないのに邪険にされているような疎外感を味わうからだろう。特に訛りが強い地方は排他的である。訛りの強い地方では、訛りをしゃべらない奴はすぐに余所者だとわかるので疎外感を味わうことが多い。岩手の飲食店で仲間内で話をしていたら、店員から「どこから来たの?」と聞かれたことがある。その時、僕は「(もうここに2、3か月住んでいるから昨日今日来たわけじゃないし、どこから来たって言うほど他にちゃんとした所在もないんだけどなぁ)」と思いながら「出身は岡山です」と答えた。

「どこから来たの?」はわりと困る質問だ。地元民としてはこちらが何処かに家があって、短気旅行か仕事でそのうちその家に帰るという前提で質問しているのだろう。しかし、旅をしていると居住地というものがないので、「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」と聞かれているような気持ちになる。前に住んでいた場所を答えるなら「東京です」になるのだが、別に東京も仕事で3年くらい住んでいただけで、アイデンティティがあるわけではない。前に旅をしていた場所を答えるのも、そこもたまたまそこにいただけにすぎないから何か違う。結局出身地を答えるのが一番無難だと判断して「出身は岡山です」と答えることにしているが、返答として「岡山は美観地区言ったことがあるよ」みたいな話をされると、私自身は地元が苦手なのでこれもわりと辛い。だが自分自身の辛さを無視してでも「どこから来たの?」の回答として「出身は岡山です」が正解だと思うのは理由がある。「どこから来たの?」の本当の意味は「お前都会から来たんだろ?」だからだ。

田舎の都会に対するヒガミみたいなものは、ちょっと凄まじいものがある。

「どこから来たの?」と似たような質問として「なんでこんな何もないところに来たの?」がある。地元民は地元の魅力に気付かないので、ものすごく卑屈である。正直、僕からすれば「なんでそう思うのにここに住み続けているんですか?」と聞き返したいのだが、雰囲気が悪くなるので言わない。

田舎に住む人々が、「ここはいい場所だ!不便もあるけど住めば都だ!都会にはない魅力があるんだ!」みたいな意識で生活していれば、余所者だって入りやすい。しかし、実際には「観光作っても誰も来ないし、お店もないし、仕事もないし、老人とDQNばっかりでつまらない町。できれば引っ越したいけど今更他の場所にいっても大変なだけだし。都会で華やかに生活できる奴はいいよな」と思いながら生活している地元民が多すぎる。僕はこの感情を「田舎コンプレックス」と呼んでいる。

田舎コンプレックス

田舎コンプレックスを「地方生活者が他の都市や余所者に対して抱く、居住地に対するネガティブな感情」と定義する。地方では店といえばせいぜいイオンかホームセンターだし、仕事も肉体労働が多い。飲食店が閉まる時間も早く、交通の便も悪い。この点を都会と比べると地方は出る幕がない。そのことで卑屈になっている。また、人間関係も引っ越す人は少ないので、何十年も変化しないことがざらにある。よほど気が合う人でなければ長年も良好な関係を続けることは難しいわけで、どんなに気をつけて生活していてもご近所トラブルは発生するから、だんだん「この辺は嫌な人ばっかり!」みたいなことを言い始める。訛りが強い地方では、訛りも田舎コンプレックスの一部であるから標準語を自然に話す余所者が妬ましい。いや、妬ましさはないかもしれないが、自分の言葉が理解されないことでまた卑屈になる。

結婚して訛りの強い田舎に行った都会出身者が、配偶者に通訳して貰ったら怒られたという話を聞くことがあるが、これも田舎コンプレックスが原因である。このことからもわかるように、田舎コンプレックスがある場合、地元民は居住地のことをよく思っていないにも関わらず、余所者から居住地を理解できないという態度を取られると怒りはじめる。

田舎コンプレックスはとても厄介だ。まず、地元民は田舎コンプレックスを自覚していない。普段から居住地に対してネガティブな感情は持っているが、我慢したり無視したりして生活している。しかし、余所者がやってきて自分が居住地で生活している人間の一部であることを自覚すると、途端に卑屈になる。次に、田舎コンプレックスは集団で作用する場合がある。余所者と地元民という別れ方をしがちなので、地元民で集団的に田舎コンプレックスを発症した場合、集団で余所者を排除する形になる。これにより、案外地元民が田舎コンプレックスによる結束を固めたりするので、余計にその地方が排他的になる場合もある。結婚は家という排他的な集団に対して行われるので、特にこのパターンになりやすい。

僕からすれば、田舎コンプレックスを患ってもう大して興味も愛情もない土地に縛られて生きるくらいならさっさと引っ越せばいいのにと思うのだが、どうも地元民には引っ越すという選択肢はないらしい。これについては僕にはよくわからない。長年過ごした町や家や仕事を捨てて新しい場所に行くリスクより今の場所で暮らした方が無難という判断なのかと思ったが、「先祖代々から長年守ってきた土地を手放せない」みたいな話を聞くことも多いので、ロジックよりは感情によるものなのだろう。先祖代々の土地と言っても、遡っても明治時代くらいまでだろうし、守ってきたと言っても相続税で確実に少なくなっているだろうし、田舎の資産価値が高いとは思えないし、墓の下の先祖より今の自分の人生が楽しいかどうかで生活を選択した方がいいと僕は思うのだが、そういう考え方ではないようだ。

「田舎コンプレックス」と向き合う

色々と日本を旅したが、田舎コンプレックスはどこにでもあるようだ。そして、地元民に対して田舎コンプレックスを克服するよう働きかけても顰蹙(ひんしゅく)を買うだけなので、田舎に行くなら田舎コンプレックスがあるという前提で向き合うしか無い。田舎コンプレックスに同調する必要はまったくないのだが、トラブルを少なくするためには理解して対処する必要がある。

僕は次のようなことに気をつけている。

*方言で話す
*おしゃれをしない
*菓子折りを使いこなす
*宗教を理解する

方言を話す

方言で話す人には、こちらも方言で話した方がいい。その地方の方言を話せれば望ましいが、マスターしていないと難しいので、自分の地元の方言を話すのが無難だ。訛りがない地区出身であればこのテクニックは使えないが、もし地元に方言があるなら、訛りの強い地方にいったときは方言で話そう。

訛りの強い地域では、訛っているかどうかですぐに余所者かどうか判別さてしまう。これは避ける手段がない。しかし、田舎コンプレックスでは「標準語 = 都会」という認識をする。田舎コンプレックスと向き合うにはとにかく「都会ぶっている」と思われないようにすることが大事だ。

何弁であってもいいから方言を話すことで、「余所者だが他の田舎から来た奴」という雰囲気を出すことができる。田舎コンプレックスの前で「都会から来た奴」と「他の田舎から来た奴」では後者のほうが受け入れられやすい。

おしゃれをしない

服装や髪型などの外見も田舎コンプレックスを刺激しやすい。自分にとって普通の服を着ているつもりでも「都会の人は小洒落た服を着てますね〜」みたいなことを言われる。たぶん、もっと遠回しで陰湿な言い方をされる。

地方ではユニクロでさえおしゃれに見える場合がある。ユニクロがある田舎は僕の中ではわりと都会だ。服はなるべくその町で買ったものを着るのがいいだろう。田舎で一番服の品ぞろえが良いのはホームセンターだ。

ホームセンターの服にはいくつかメリットがある。

* 作業着のようなものが多いので、自然とフォーマルになる (田舎では作業着はスーツと同じ効力を持っている)
* 落ち着いたデザインや色が多く、奇抜さが少ない
* 安くて機能的で丈夫
* ホームセンターは結構どの田舎にもあるので購入しやすい
* ホームセンターは結構どの田舎にもあるので購入しやすい
* 品揃えが良い
* 地元民も着ている

ホームセンターで服を買うことで容易に余所者感を消すことができる。さらに、少し本気っぽさをアピールできる。おしゃれ着で「田舎で農業やりたい」と言う若者はいかにも余所者だが、少し泥がついたツナギ姿でクワでも持っていれば説得力が出るというものだ。

髪型も美容院など行ってはだめで、男なら短髪が一番いい。特にこだわりがなければ丸刈りかスポーツ刈りくらいがいいだろう。髪を染めるのも若者っぽくみえて舐められるから、避けたほうが無難だ。未だに茶髪でさえけしからんと考えるお年寄りは多いようだ。

菓子折りを使いこなす

日本人は挨拶・お礼・謝罪を重んじており、菓子折りを持っていくことが礼儀とされている。適切な菓子折りを選び、持参するだけでかなり丁寧に見えるはずだ。この菓子折りテクニックは田舎だけでなく都会でも使える。しかも老若男女に対し効果的なのでコスパが良い。

菓子折りは相手に「気持ちがこもっている」と思わせることが大事だ。ポイントとなるのは重量・値段・ブランドである。この3点が高いほど気持ちがこもっているといえる。ただ、気持ちは状況よりも込めすぎると引かれるのが常なので、状況に応じて程々のものを選ぶようにしよう。

不思議な事だが「重量が重い」ことは「気持ちがこもっている」ことを意味する。和菓子であれば羊羹が無難だ。カステラやバームクーヘンなどもいいだろう。せんべいやクッキーも菓子折りの定番だが、重量が軽いことや歯が悪いお年寄りには固いものが辛いことを考慮するとリスクが高い。もし、い

い感じの菓子折りが手に入らなければ、サラダ油や洗剤などの日用品を渡すのもいいだろう。相手の年齢や趣味を考慮して一番無難なものを選ぶようにしよう。

値段に関しては場合によるが1,000円程度が基本だ。安すぎると軽く見えるし、高すぎると相手に気を使わせるので程度が難しい。もちろん、謝罪などで強い気持ちを伝えるときは値段も高くした方がいい。

ブランドは、百貨店に入っている店かどうかで判断するのが良い。羊羹ならとらやなどが定番だ。ただ、基本的には近所で買うのでいい。ネットで買うという手もあるが、渡した相手がある程度どこで買ったのか想像できる範囲の方が無難な気がする。田舎だと百貨店は無いので、あまりブランドが高すぎるとこれも良くないということだ。

最後に渡し方だが、菓子折りは必ず包装されており紙袋に入った状態で渡す。挨拶・お礼・お祝いであれば、のしもつけたほうがいいが、謝罪のときはのしを付けないほうが無難らしい。どのようなのしを使うかは購入するときにお店の方に相談すればいいだろう。

菓子折りは数千円程度のものを配ることになるので一件効率が悪いが、この程度の出費で信頼が得られるなら安いものである。

ある程度仲良くなると、菓子折りでなくてもちょっとしたおかずとかお菓子など貰えるようになるかもしれない。その場合も、同程度のものを数日中に必ずお返しするように心がけよう。田舎では色々な貰い物をするが、それらを無料だと思わないほうがいい。親切に対して一方的に甘えていると、そのうちしっぺ返しを食らうだろう。

宗教を理解する

田舎では宗教(主に仏教)は未だに大きな力を持っている。法事やお祭りは相変わらず開催されているし、だいたいどの家にも仏壇がある。お墓も都会より田舎の方が自治管理されている。

宗教信仰は個人の自由であるが、余所者が集まって何かよくわからないことをしていると新興宗教あつかいされがちだ。ギークハウスのようなシェアハウスは特に宗教っぽい。地下鉄サリン事件以降、日本では新興宗教のイメージは最悪なので、新興宗教扱いされることは避けたい。

新興宗教扱いを避ける最良の手段は、仏教徒を名乗ることではないかと思う。もし地元民から「あなたもしかして新興宗教でもやってるの?」と聞かれたら「いやぁ、実家が真言宗で、信心深くて…」みたいな話をすれば大丈夫だろう。若者ならば信心深くなくても違和感は持たれないはずなので、ある程度宗教の話題にも話を合わせられる程度で良い。頑張るなら、般若心経くらいはある程度覚えておいて損はないと思う。

終わりに

岡山のちょっと田舎で18歳まで過ごした後、都市(名古屋と東京)を中心に生活してきたが、去年の秋頃から再び田舎に目を向けるようになった。地元には相変わらず何の郷愁も愛情もないが、他の田舎には都会にない魅力があって結構面白い。地方移住の話を聞くたびに、「でも田舎って面倒くさいよね」という人がいて僕はそれに対して「そうですね」としか答えられない。確かに田舎の人間関係とか閉鎖的な雰囲気とか面倒くさいことは多い。でも別にそういうことをやりたくて田舎に行くわけじゃない。今回は田舎の面倒くさい部分にフォーカスして記事を書いたけど、田舎に移住しようという人は、田舎でITで仕事しながらゆっくり暮らすとか、農業や狩猟を始めるとか、それぞれ自分の目的があって移住するわけだからその目的に注力するのが一番いい。人付き合いとかは大事だけど、トラブルにならないようにしておけば十分なんじゃないかと思う。今回の記事は僕がトラブルを避けたくて田舎に暮らす(主に)お年寄りについて考えたことをまとめた。田舎を強調して書いたが、場所を問わず使えるテクニックも多いように思う。

今回は「田舎」「余所者」といったネガティブな言葉を多く使った。読者としては都会で生活している人を想定した。もう少し言えば、都会で生活している地方出身者がターゲットだと思っている。わざわざ地方から都会に出てきて生活している人は、そのうち地元に戻りたい人もいるとは思うけど、地元が嫌いな人も大勢いると思う。だが、自分の地元や実家が嫌いなだけで都会に住むしか無いと考えるのは早計であるようにも思う。僕も地元や実家は嫌いだが、案外他の田舎に行ってみたら面白かった。地方移住みたいな話も地元に帰ったという話よりは、全然縁のない場所にいって生活しているという話のほうが多いように思うので、「田舎=地元⇒嫌い」だけで片付けるのは勿体無い気がする。

一方で、田舎が嫌いという都会在住者が都会やSNSで行っている生活が田舎とまるっきり違うかというと、案外そうでもないような気がする。近頃の Twitter や Facebook はちょっとレイシストなことを書くと炎上しがちで、いちいちうるさくて、田舎臭いなと思う。引っ越しができないから世間体を守って生きている田舎の地元民と、炎上が怖くて当たり障りのない発言しかしないSNS民に大きな違いはないように思う。

最後に宣伝です。僕が運営している ギークハウス千葉大網白里で 1月2日, 3日に新年会を行うので、遊びに来たい方は来てください。どなたでも参加できます。

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