理学療法士になって10年立ってました

今日職場で、県から10年勤務した人への表彰状を頂きました。


最近自分が経験年数何年目かよくわからなくなってきていたのですが、故郷である沖縄を出て10年…と考えると、あっという間と言うか、少し感慨深い物がありました。


沖縄から出たかった理由が、何か大きな目的を持っていたわけでもなく、一度は県外の、都会で働いてみたいという、中身も何もない理由からでした。


生まれてこの方沖縄という土地から出たことがなかったので、死ぬまで沖縄しか知らないのは嫌だ、本土に暮らしてみたいという憧れGA強くありました。


それに加えて当時の人間関係にも嫌気が差していたので、当時は県外の就職先しか探していなかったのを覚えています。


一度都心部の就職試験を受けに行ったのですが、病院に街宣車GA停まっている完全に左寄りな病院だったため、必死で面接官の心象が悪くなるような受けごたえをしていました笑。米軍基地は必要だとか笑


その甲斐あって面接で落ち、さてどうするかと考えていたところに、当時の担任から現在の職場を紹介されました。


場所は長崎…、地域はわからないけど、佐賀挟んですぐ福岡に行ける…よし、ここに行こう!と本当考えなしで就職しに行きました。


本当に沖縄の人地図が読めないんです。佐賀の広さをわかっていませんでした。福岡から3時間かけて今の職場に着いた時、ようやく自分の考えのなさに改めて気づかされました笑



無事そこに入職させていただいたのですが、飲み会で遅刻すると怒られたり、刺身食べる皿に普通の醤油入れて怒られたりと、地域の考え方やルールの違いに大きく戸惑いを感じていました。10kg痩せました。



それでもこの地域に居続けているのは、この地域の人の人柄だったり、純粋に仕事が楽しかったりしたからでしょう。


またこの地域にきたおかげで家族を持つことができ、多くの人と知り合うことができました。


嫁や子供は掛け替えのない宝物ですし、




沖縄を出たことなかった僕が、30近くの都道府県に行き、いろんな人と出会い、切磋琢磨してきた。



いい思い出もあれば、大変だった思い出もある。

それらの出来事が今の自分を作っているわけで、本当に県外へ出てきて良かったと感じています。


きっと10年前の僕が今の僕の事を想像できないと思います笑。



また10年後、自分もどのように変化しているのか全然想像出来ません。

この調子で行くと今とはまた違う事や考え方をしているのでしょう。


恐らく住んでいる地域も変わっているはず。沖縄から出たからこそわかる沖縄の良さや悪さ。生まれたところに何か還元したいと言う気持ちがまた強くなっています。


ただ今の住んでいる地域で働いている間は今を大事に。

またこの10年も楽しみたいと思います。

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