鈴木大拙

ソーシャルビジネスとテクノロジー、そして資金調達


ソーシャルビジネスとテクノロジー

近年、ソーシャルビジネスにおけるテクノロジーの重要性が高まっています。そして例えば、SSIRの記事「Artificial Intelligence as a Force for Good」のように、AI等の活用事例も増えてきています。この記事で紹介しているのは、アメリカのNPOであるCrisis Text Lineによる自殺防止のためのテキスト解析の事例です。Crisis Text Lineでは、届いたメッセージで使われている単語の組み合わせから自殺や薬物乱用等の発生可能性を分析し、レスキューサービスとつなぐ活動をしています。特にクリティカルな自殺の兆候と思われる単語を認識した場合、5分以内に94%のハイリスク対象者にコンタクトが可能となる体制をとっています。通知を受けたときの初期対応は、NPO職員がマニュアル対応するよりもAIに委ねるべき領域であり、より迅速で確率の高い対応が可能となると考えられます。

かように昨今のソーシャルビジネスにおいて、テクノロジーの組合せによって社会的インパクトをより拡大できる事例が多く現れてきています。我が国のソーシャルビジネスにおいても例えば、排泄の悩みや負担を軽減するD Freeや、視覚障がい者向けAIメガネのOTONGLASSといったベンチャー企業の事例などは目覚ましく、また、このような事例は今後より増えていくと思われます。

SSIRの記事では、テクノロジー活用についての障壁として、①開発コスト ②システム開発の複雑性 ③大規模データの入手 ④データ処理環境といったものを挙げています。①については当然に資金調達が課題となり、いくつかの方策が考えられますが、画期的なイノベーションであるほどリスクを伴うことが通常ですので、デットファイナンスでは限界があり、その場合にはエクイティファイナンスを模索するのがベンチャーファイナンスのセオリーとも照らして合理的であると考えられます。


ソーシャルビジネスにおける資金調達 

2018年に内閣府より、「社会的事業に対する資金提供実態に関する調査」という興味深い調査が公開されました。5ページの「資金提供分布」を見てわかるように、一部の例外を除いて、投資規模は成長期であっても1,000万円から3,000万円のレンジで多くマッピングされています。これは、上場を目指すベンチャー企業の資金調達規模がシリーズAでも数千万円から数億円程度となることと比較すれば、まだまだ規模が小さいのが実情と言わざるをえないかもしれません。
その一方で、社会的投資推進財団(SIIF)一般財団法人KIBOWのような社会的インパクト投資に対する先進的な動きも見られます。これらの団体においては、一般的なVC(ベンチャーキャピタル)のようなハイリスク・ハイリターン投資というよりはむしろ、ミドルリスク・ミドルリターンでありつつも社会的インパクトの高い事業への投資を行っています。社会的インパクトも評価する必要があることから評価軸が多くなり難易度も高く、ある意味ではチャレンジングな取り組みとも言えるでしょう。ただ実際にこのような先進的な取り組みによって社会的インパクト投資のノウハウも少しずつ蓄積されてきており、それらが呼び水となって、例えば新生銀行のような大手金融機関や大手VCなどにも波及効果が生まれ、エコシステムは拡がってきているように思います。


ソーシャルファイナンスにおける職業的専門家の役割 

かように我が国のソーシャルファイナンスについて明るい兆しも見えてきていますが、私がこれまで出会った社会起業家の多くは、ソーシャルビジネスのアイデンティティを保ちながらいかにファイナンス面でも事業成長を保っていくか、という点で苦心しているように感じます。典型的には、VC出資を受け入れることで、ファイナンス面に多く比重が置かれてしまい、ソーシャルビジネスとしてのアイデンティティが変容してしまわないかを危惧しているように思えます。

したがってここで、ソーシャルビジネスに理解を持ち、事業に伴走できる職業的専門家が必要になってきます。例えば弁護士であれば、投資契約/資本政策においてソーシャルビジネスのアイデンティティを保てるような要素を持たせたり、また、いわゆる非営利型株式会社のようにアセットロック(英国CICのように稼得した利益の多くをソーシャルビジネスの目的に再投資することを定款上定めること)に類似した効果を持たせる、といったこともできるでしょう。また、会計士であれば、社会的インパクトに関連したKPIを財務計画に組み込んだモデルの作成や、よりソーシャルビジネスに理解のある投資家(ソーシャルリターンを重視する投資家のみならず、CVC[コーポレートベンチャーキャピタル]から投資を受けることも有用なことが多いと思います)に対して適切なコミュニケーション(IR)をとっていくことなどが考えられます。

ところで、いまこの分野でシンボリックなのは、「ソーシャルIPO」を標榜するライフイズテックの事例だと思います。しかしこれも、ソーシャルビジネスに理解のある職業的専門家の支援なくして打ち立てられなかったコンセプトだと思います。 

ただここで少し留意すべきと思うのは、ソーシャルファイナンスといっても、何かを一足飛びに変える魔法の杖ではなく、結局は職業的専門家が社会起業家の意図を丁寧にくみ取りながら実務を進めていくという、当たり前のことの積み重ねだということです。また、我が国ではまだ先の話ではありますが、こういった事例を積み重ねていくことで、イギリスのSocial Stock Exchange(SSX)や、カナダのSocial Venture Connexion(SVX)のような社会的証券取引所が実現する経済社会につながっていくのだと信じます。それは言うなれば、ファイナンシャルリターンとソーシャルリターンの双方をベースに企業価値が決められるような、暖かみのある資本主義の形に少しずつアップデートさせていくプロセスなのかもしれません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?