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50回『はじめまして』をしたら、失われていた記憶が一気に蘇った。

4月20日から始めた「時間を売って、全額寄付する」という趣旨のプロジェクトは、5月28日をもって無事終了することが出来ました。

まず参加してくださった50名の方々に、感謝を伝えさせて頂きたいです。本当にありがとうございました。約1ヶ月の間に、50人もの方々と「初めまして」をした経験は、非常に強烈に僕の記憶に刻まれると思います。

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※都合により写真を撮れなかった方もいます

参加者の方々から頂いた売上金は、先ほど無事に全額(決算システム手数料を除く)寄付をさせて頂きました。

寄付額:139,575円

寄付先のご報告と、なぜその機関に寄付をさせて頂いたのか、という理由も合わせて、今回のプロジェクトから学んだことを書いておきたいと思います。


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予定調和

アルゼンチンという、日本から遥か遠く離れた場所にいる自分にとって、新型コロナウィルスの一件というものは、人生に大きなインパクトを与えるものとなりました。現在と同じように、アルゼンチンでは強制的な外出禁止令が出ており、当時はその生活に対するもどかしさと、虚しさと、無力感を強く感じていたことを、思い出します。アルゼンチンに暮らしながらも、日本にいる人々に思いを巡らせ、自分がアルゼンチンにいると実感することは、一切ありませんでした。

どうして自分はいまアルゼンチンにいるんだろうと、考えることが多くなりました。実質、今年はアルゼンチンでの活動は一切行えておらず、毎日パソコンと向き合う日々で、それ故、考えられずにはいられませんでした。体はこっちでも、精神は日本だったからです。

そんな、ひたすら考える毎日を送る中で、自分が気付いたのは「予定調和なことしかしていない」ということでした。右も左もわからないままアルゼンチンにきたときは、予定調和ではないどころか、金も、人脈も、経験もなく、言葉も話せず、住む街のことも何も知りませんでした。自分がやろうとしていることを、100%信じてくれていた人は、誰もいませんでした。

それから約2年が経って、生活も落ち着き、次のステップも決まったところで、僕は無意識に、うまくいくとわかっていることしかやらなくなってしまっていました。それは、自分にしかわからないことかもしれませんが、自分にはハッキリとわかっていました。

何をやっているんだろう。

と自分に対して嫌悪感を覚えるのは、久しぶりだったように思います。そこで「どうなるかわからないことしよう」と考えたのが、今回のこのプロジェクトでした。

チャリティトーク キャッチ画像


どうなるかわからない

いま思えば、別に大したことではないのですが、こういったチャリティの企画を自分1人で遂行することに、ぼくは様々な不安を抱えていました。大きな額を集めることは出来ないとわかっている、では何のためにやるのか、やる意味はあるのか、偽善なのか、申し込んでくれる人などいるのか、そもそも出来るのか、などのことを考えながら、答えが出ないままスタートをしました。

結論から言えば、「どうなるかわからない」ままこの企画をやってみて、本当に良かったと思います。

何が良かったか?と言われると、正直箇条書きにすることは出来ません。多分、複雑に絡み合った要因があり、それが頭の中をグルグルしている状態のままなのだと思います。ただ、自分が「新しい領域」にいけたことは確かで、それこそ自分が望んでいたことだったのかもしれないと、すべてが終わってから気が付きました。

今は、もしこれをやっていなかったら、どうなっていたんだろうとさえ思っています。

どうなるかわからないことをやる。そうでなければ、成長は止まってしまう。この企画を動かすことで、他のことまでエネルギーが波及し、今の、未来に向かって歩みを進めている新しい自分があります。忘れかけていたこの感覚を思い出したことが、何より財産だと思っています。


寄付先

今回、50人の方々から頂いた売上は全額『認定NPO法人ビックイシュー基金』に寄付をさせて頂きました。ホームレスの方々、またそれを支援する機関の方々は、コロナウィルスの一件から大きな影響を受けてしまっていることかと思います。少しでも、力になれたら嬉しいです。

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寄付先に関しては、自分がすべての責任をもって行うために、自分一人で決断しようと決めていました。大きな支援クラウドファンディングに寄付をすることも、サッカーをする子供たちに寄付をすることも、いろいろな可能性を考えましたが、最終的に、同基金に決めましたので、ここにご報告とさせていただきます。

最後に、ぼくが寄付先を『ビックイシュー』に決めた理由を書いて、この記事の最後とさせて頂きます。


記憶は消えてゆく

僕にはもうひとつ、忘れていたものがありました。

寄付先を決めるために情報を探っていたときに、『ビックイシュー』という言葉を見て、その記憶の数々が一瞬で蘇った話をします。

子供の頃、僕は「ホームレス」という言葉に違和感をもったことがあります。「ホームレス」という言葉が世の中に存在しているということは、「家がない人」を世の中は認めているんだ、と何か絶望感に近いものを覚えた記憶があります。何歳くらいの時かは覚えていませんが、小さな時だったと思います。

それからしばらくして、自分が仕事で「やりたいこと」がわかってきたのが確か20歳の時で、じゃあどうしてそれをやりたいんだろう、何のためにやるんだろうと考えたのも、その時でした。当時新潟県にいた僕は、学生生活を終えて東京に戻ってから、「ホームレス」のことを勉強し始めました。自分がやりたいことをやるのは、そしてそれで成功したいのは、社会の役に立ちたいからだということに、気が付いていたからです。

当時の僕にとって、社会の問題と聞いて一番最初に出てくる言葉が「ホームレス」でした。

勉強をしていく中で、『ビックイシュー』という、ホームレスの方々が路上で雑誌を売り、その売上をもとに、次のステップを踏んでいく、というプロジェクトがあることを知りました。それから僕は、路上で販売しているのを見ると、必ず買うことを心掛けました。

当時新宿の都庁付近でアルバイトをしていた僕は、新宿駅から都庁までの道でビックイシューを販売していたおじさんと、購入を繰り返しているうちに、たくさん話をするようになりました。ビックイシューの名刺を渡してもらってからは、〇〇さん、と呼んでいたのを思い出します。その方からは、本当にいろんな話を聞きました。おじさんは、自分がアルバイトでお金を貯めて海外に行って夢を追いかけるんだ(当時はそんな純粋な心をもっていたと思います)と言った時、有名になるかもしれないから写真を撮ってくれと、2人で写真を撮ったこともありました。アルバイトをやめる時、もうしばらくこれないかもしれないと伝えると、いつもくれる飴と一緒に、ドラえもんのおもちゃをくれました。なぜドラえもんなのかは覚えていませんが、いまも大事に実家の引き出しに入っています。

それ以来、その方と会うことはありませんでした。

阿佐ヶ谷駅で出会った別の販売員の方に、暖かいミルクティーを買っていった時に、ありがとうと握手をしてくれた時の、その方の目と、握手の感覚も、まだ残っています。凍えるような寒い冬でした。

時期を同じくして、野武士ジャパン(ホームレスの方々のサッカーチーム)のことを勉強するために、監督の蛭間芳樹さんの講演会に行ったり、ホームレスという社会問題に関する著書を読んだり、自分なりに勉強を重ねていました。

僕はそれを、そんな大事な記憶を、すべて忘れてしまっていたのです。必死に生きているうちに、忘れてしまっていたのです。


自分は偽善者か

僕はこれらの記憶を、寄付先を探している途中で『ビックイシュー』という言葉を見るまで、すっぽりなくしてしまっていました。なにか、こう、言葉にできない感情でした。どうして、忘れていたのだろう、と。

言葉ではあまり説明できないことが、こういったことには、付き物なのだと思います。社会に対して必要なことをしているはずなのに、自分のことを責めたり、偽善者なのかと疑ったり、無力感に苛まれたり、いろんなことを感じながら、社会活動をしている方々が世の中にはたくさんいると思います。

自分はこれまで、団体の1メンバーとして活動しているまでで、こういった言葉にできないような感情を覚えることは、あまりなかったように思います。

今こうして、自分ひとりでチャリティの企画を動かしてみて、言葉にできない何かを感じることができたのは、これからの人生にとってほんとうに良い経験だったと思います。世の中には、支援を受けなければ人間としての生活をできない人が多くいて、その支援をすることに人生をかけている人も多くいるという事実を、僕らはみんな、知るべきなのだと思います。そして支援をしている側の人々も、何かしらの苦悩を抱えていらっしゃると思います。サポートをする人のサポートをする人、そしてそのサポートをする人と、どんどん輪が広がっていかなければならないのだと、痛感しました。

記憶が抜けていたことに対する、自分への言葉にできない思いは、もう少し大事に、丁寧に考えていきたいと思います。

何か大事なきっかけを与えてくれた「ビックイシュー」に対して、感謝の気持ちを伝えたいということ、それを今気づけたという縁を感じたこと、そして何より、路上で雑誌を売って生活をしている方々はいま、間違いなく状況がよくないこと、そしてその支援をする方々も大変な思いをされているであろうこと。以上が、『ビックイシュー基金』を寄付先にさせて頂いた理由です。



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最後に、この企画に賛同して下さり、同じようなプロジェクトを実施して輪を広げてくださった方々、そしてご参加してくださった方々に、重ねてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。

それぞれが大変な状況が続くと思いますが、くれぐれもお身体には気をつけてお過ごし下さい。

また幸せな日々が戻ってくることを願って。

河内一馬


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河内 一馬(Kazuma Kawauchi)
1992年生まれ(27歳)東京都出身。サッカー監督。アルゼンチン在住。サッカーを"非"科学的視点から思考する『芸術としてのサッカー論』筆者。監督養成学校在籍中(南米サッカー協会 Aライセンス保持)。NPO法人 love.fútbol Japan 理事。2021年より鎌倉インターナショナルFCの監督 兼 CBO(Chief Branding Officer)に就任予定。


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