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伝染病から「いのち」を守るために

『なるほど!畜産現場』今回は動物の疾病の予防と診断、治療と幅広い分野を研究する、農研機構・動物衛生研究部門を紹介します。美味しくて安全な畜産物を消費者に届けるための日本の最先端の取り組みとは!?

昨今、人間に関わるウイルスについて敏感になっている世の中ですが、動物たちにとっても、もちろん免疫や健康管理に関する取り組みは欠かせません。そして、PCRなど今年に入ってよく聞くようになったバイオテクノロジーについても触れているので「畜産」というカテゴリを越えて、多くの方々に知っていただきたいです。

今回はいくつかの動物の疾病を扱っていますが、大事なのは「動物だけに影響を及ぼす病気か?人間だけか?あるいは両方の健康を害す病気か?」という点だと思いました。たとえば、新型コロナウイルスは言わずもがな人間に多大なる影響を及ぼしており、家畜動物への感染の報告はないものの、ヒトと動物双方に感染しうる可能性を持つことから引き続き注意が必要になります(以下、出典)。

一方で、今回ご紹介するような動物の健康を害してしまう病気は、人間には感染することがないものも多いため、あまり日頃から僕らが認識してこない病気がたくさんあります。しかし、動物への感染力は凄まじく、畜産業に甚大な打撃を与えてしまうのです。とりわけ、鳥インフルエンザは人間が死に至ったケースもあり、やはり動物特有の病気と認識を疎かにしてはいけませんので、ぜひここで整理しましょう。

動物の疾病を知ろう:豚熱(旧・豚コレラ)、口蹄疫、ヨーネ病

はじめに動物を取り巻く感染症について!

豚熱(ぶたねつ)という病気から教えていただきました。みなさん、「豚コレラ」は聞いたことがあるかもしれません。実は、豚熱は豚コレラと同じ病気を指します。もともと、この病気の発覚直後は豚コレラと呼ばれていたのですが、病気の実態が明らかになるにつれて、ヒトのコレラと混同してしまう点から名称の変更がなされたのです。なお、豚熱はヒトには感染いたしません。

そして、アフリカ豚熱というのは、豚熱とは「違う」んです!ここがややこしいところ。豚熱は日本国内で2018年ごろに発覚したものの、アフリカ豚熱は未だ日本での感染の報告はありません。その他、両者の違いは症状にあります。豚熱の場合は発熱、食欲不振、元気消失等、うずくまり、便秘に継ぐ下痢、呼吸障害等。一方で、アフリカ豚熱の場合は多岐に渡り、甚急性、急性、亜急性、慢性の症状を示し、突然死も多いようです。

続いては、口蹄疫(こうていえき)。読んで字のごとく、蹄(ヒヅメ)に水膨れなどができてしまう非常に大変な病気です。10年前、宮崎県において口蹄疫に感染した牛が多発し、東国原知事が会見を開くなど世間を驚かせました。当時、約30万頭におよぶ牛が口蹄疫感染により殺処分されました。大変なのは口蹄疫が発生した農家だけでなく近隣の農家も移動の制約が課せられてしまうなどの点。ここから改めて常に防疫体制への意識、ワクチン開発などの取り組みがなされております。それだけでなく、日頃から家畜動物と触れ合う公務員獣医師の離職を防ぐなど、動物と関わる人間へのケアも欠かせません。

3つ目はヨーネ病という感染症。以上の2つとの違いは、ウイルス感染ではなく細菌によってジワジワと広がる感染であること。ヨーネ菌が関わる動物は牛やめん羊、山羊、鹿といった反芻動物です。感染してしまうと下痢などの症状を引き起こされ、体が痩せ細ってしまうのです。つまり、肉用牛の肥育の妨げになり、肉量が落ちますし、乳用牛においては乳量が下落するため、農家の経済的な打撃につながります。このことから、ヨーネ病への感染防止にも目を配らなければなりません。

以上、3つの病気を説明しましたが、これら全てに共通する点を2つお話しします。1つは「ヒトには感染しない」こと。そのため、我々にも感染しないだろうかという恐れを持つ必要はありませんが、我々が食べる畜産物の安全性を保つためにこのような病気に立ち向かう方々がいらっしゃいます。

2つ目は「治療法は存在しない」こと。ワクチンは予防のためであり、感染症にかかった動物自体を救うことはできません。そのため、大事になるのはこの予防から感染症にかかっていないかを診断するフェーズです。これらを踏まえて動物の健康を徹底管理することで感染した動物の処分を回避します。

鳥インフルエンザの謎と脅威

ですが、ヒトに感染するケースもある感染症もございます。それがかの「高病原性鳥インフルエンザ」。なんと立ち入り禁止区域が研究機関に備わっており、僕自身はそのエントランスまでしか入れませんでした。それほどの徹底ぶり。

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実は病原体には「バイオ・セーフティ・レベル(BSL)」という1〜4までで危険度を指し示す基準があり、鳥インフルエンザ病原体の場合はBSL3。この農研機構動物衛生研究部門の施設の中では最も高い危険度となります。「重篤な病を引き起こす病原体であるが、有効な治療法もある」というのが目安です。エントランスは普通のホールの入り口といった印象でしたが、その奥には二重の扉が設置されており、中は視認できません。その入り口に上記のようなマークがつけられており、その先には危険な高病原体が格納されているそうです。

鳥インフルエンザについては、以前、この番組で養鶏について取材した際にびっくりする事実を教えていただきました。というのも、実は「鳥インフルエンザの心配は長らくなかったのに、70年ほどの時を経て再発した」のです。そんなに長い間は安心できていたのなら撲滅・消滅したと考えてしまいがちですが、こんな怖いことが。この時のお話ですと、70年前の鳥インフルエンザウイルスと現在世の中を脅かしているものとは、また異なるようで、鳥インフルエンザウイルスが突然変異しやすい特徴を持っていることが分かりました。

そして、取材当日(2020年11月5日)の朝、香川県の養鶏場において高病原性鳥インフルエンザの発生が確認されました。やはり冬になると、こういった感染症の懸念があらゆる面であるのでしょうか。ですから、取材当日はまさにこの農研機構の機関がウイルスの実態を調査する作業に追われていたようです。感染源やウイルスの生態など、1つずつの調査の積み重ねで動物とヒトの安全が守られています。

PCR検査を間近で見てみよう

では、具体的にどのように調査されているのか?今回は、牛の白血病ウイルスのPCR検査を見せていただきました。こちらのPCR検査はシステムとしては新型コロナウイルスにおいて行われているものと同じです。

PCRはポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction)の略。遺伝子配列はとても小さい物質ですから、この連鎖反応によって「測定可能なサイズに増やす」んです。すると、そのサンプルのDNAの中にウイルスが隠れているかどうかがわかる仕組み。そして、ウイルスのタイプによって反応液を変えることによってあらゆるウイルス感染の陽性・陰性が明らかになるのです。

ちなみに、PCR法をウイルス検査の目的ではなく、単なるDNAの可視化のために自分も実験したことがあります。まるで料理のように薬品を混合させると言ったとても細かい作業が多く、失敗したこともあったので、いかに研究員のみなさまがスキルフルかということが分かりますね。

もう1つの実験も見せていただくことに。こちらは、動物の細胞に対してウイルスを人為的に付与して反応を観察するというもの。病気のメカニズムを調査するために行われています。この実験を通じて治療薬などの開発につながっています。

動物のインターフェース

先ほどは動物の細胞が対象でしたが、続いては動物そのものを直接調査する「放牧場」へ案内していただきました。こちらの放牧場の写真が本記事のメインの写真になっております。

このツイートにもあるように、この写真の放牧場ならではの特徴があります!それは、肉用牛である黒毛和牛と乳用牛のホルスタイン牛が同居しているんです!生産農家さんは肉用牛・乳用牛のうちどちらかを飼育しておりますから珍しい光景だと思いました。

こちらでは牛の尻尾に取り付けるウェアラブル(着脱式)デバイスをご紹介していただきました。このインターフェースには温度センサと加速度センサが備わっています。前者はそのまま牛の体温を測定、加速度センサは尻尾の動きを検知するためのもの。したがって、牛の体調管理のためのデバイスであり、特に発情を確認するのに役立てようとしています。

牛の発情確認が大切なのは肉用牛も乳用牛も同じ。なぜなら、どちらも子牛を生産することが農家にとって大切でして、発情のタイミングで人工授精を行うことでスムーズな出産へと誘導していきます。これまで、この発情確認は「落ち着きなく歩くようになる」など、牛特有の行動を農家が肉眼で観察する必要がありました。しかし、たくさんの母牛を飼育している生産農家にとってはやはり大変な作業。この作業の負担を緩和するために、先程のデバイスを取り付けることで「今、発情していよ!」と動物のステータス情報を農家にデータで知らせようとしているのです。

デジタルデバイスに関しては僕の大学の専門なので、納得感が最も大きかったです。なかなかどうしてヒューマンインターフェースは一般消費者向けのものを考えてしまいがちですが、特定の職業、ニッチなエリアを対象にすることでより良い世の中になると思いました。

撃退・封印した敵を見つめる

最後の取材先では動物の疾病に関するワクチン、診断薬といった製剤を開発・製造についてお話を伺いました。

まずはじめに、「牛疫」という伝染病のワクチンについて。この牛疫は旧約聖書にも記述があるくらい古くから存在するとされている怖い病気ですが、2011年に撲滅宣言がされました。完全に消え去った感染症は、ヒトに感染する天然痘に続いて2つ目の事例であり、ヒト以外の動物では初めてとなります。

しかし、今後、牛疫が再び現れてしまう可能性もゼロではありません。それこそ、鳥インフルエンザの件がありますから、ワクチン製造は重要となります。そのため、なんと牛疫ワクチンが世界で唯一、こちらの製剤研究棟で製造されているんです。このほか、11の診断薬の製造が行われており、国内において動物の健康の確認のため、また水際対策のために使用されています。

最後に

2020年、感染症に対する知見を積極的に求めるようになった僕たちにとって、今回の番組から得られるものはたくさんあると思います。文脈は違えど、病気の予防・診断・治療の3つの段階の区分についてであったり、病気のメカニズムを知るために研究員が行なっている調査であったり。

畜産業においては安全で良質な畜産物の生産と流通を意識して、このように動物の疾病を分析して動物の健康を守るゴールがあります。しかし、同じ「健康」という目的は我々人間にも当てはまりますよね。バイオテクノロジーのすべてを非専門家の僕は熟知できませんが、一つずつ勉強を重ねます。

感染症との格闘。これは全人類、いや、すべての生命体に関わる究極の命題です。



展示やイベントレポート、ブックレビューなどを通じて、アート・テクノロジーなど幅広いジャンルを扱った記事を書こうと思います。また、役者としても活動しているので劇場などでお声がけさせてください!