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【初めて借りたあの部屋の思い出】


初めての一人暮らしは、短大を卒業して、社会人になってからだった。
母と先に、めぼしい物件を探してから不動産屋に向かう。
担当してくれたおじさんに物件を紹介されている時に僕の携帯電話がなった。
もう、かかってくるはずのない電話番号からだ。

昔の恋人からだった。
半年以上前に別れてから一度も連絡はとっていなかった。

振られた。当時はなくなった何かを埋めるように、新しいことを始めて、埋まるはずのない何かを必死に違うもので隠すのに必死だった。

おかげで趣味が増えた。本を読んで、言葉の深さというか、文章の面白さを知れた。
たぶん、その延長が、エッセイを書くことに繋がってると思うから人生は面白い。

3件ほど、物件を回ってみて、最後に見た部屋に決めた。

小綺麗な1Rの1階だった。歩いてコンビニにも、スーパーにも行ける。
田舎だから、車生活なので、あまり使うこともないが駅も近かった。
なぜが、すごく気に入った。収納も多かった。

生まれて18年間を家族と一緒に住んで、短大時代は寮生活。
初めての一人暮らしは、不安より楽しみの方が大きかった。
自分の好きなタイミングでお風呂に入り、チャンネル権を姉ちゃんと争う必要もない。
本だって静かに読める。話しかけられることもない。

先に言っておくと、初めての一人暮らしで何か特別なことは起きない。
誰にでもよくあるような、料理の失敗だったり、冬の夜、少しだけ寂しくなったりするくらいだ。

あ、でも田舎者すぎて、家にいるとき鍵をかけるのをよく忘れた。

風呂あがり上半身裸で本を読んでいるとき、「ガチャ」っと音がする。
気のせいかなと思った。次の瞬間、20代後半くらいの女性が入ってきた。
目が合う。
お互い何がおきているか、よくわかってない。
女性がごめんなさいと言って足早に出て行った。
部屋を間違えたみたい。
こちらこそ、鍵閉めてなくてごめんやん。

友達もちょくちょく来た。信頼してる人しか部屋に入れたくなかった。あらゆる引き出しを勝手にあけたり、ゴミ箱にはいってるティッシュを見つけて、いちいち用途を聞いてくるような人は嫌いだ。

一人暮らしを始めたと言うと、今度そこらへん飲みにいった時、泊めて。と当然のように言ってくる人は、どういうつもりなんだろう。
うんと苦笑いを浮かべながら頷いてしまう自分は、さらにどういうつもりなんだろう。

一緒に飲みに行く仲じゃないと泊めたくないのは自分だけなのか。
あいかわらず自分は心が狭いみたいが気にしない。

生きて行く上で自分がストレスだと思うことは他人がどうあれしたくないこと。
他人の価値観は否定しない。
自分の価値観ていうのは、しっかりもっていたいもんだ。

初めて借りた部屋は、転勤が決まるまで、1年半ほど住むことになる。
職場と家の行き来と、友達にご飯に誘われたら行くくらいの、どこにでもあるような日常。

そんな中での、僕の楽しみは、週末土曜日の仕事終わりに、一人で二郎系のラーメンに行き、隣のゲオで漫画を借りてから近くの、温泉に行く。
帰って漫画を2、3冊読んで寝るのが幸せだった。

会社で、週末何してたん?と聞かれて、さっきの流れを説明すると、つまらん人生、寂しい人生だなと笑われた。

そんなことはない、自分の機嫌を自分でとれることの、どこがつまらんのか。
誰かと一緒も楽しい。それは分かる。でも自分は誰かと一緒じゃなきゃ楽しめないっていうわけではないだけ。
そんな人の人生に、とやかくいう先輩を見て、こうはなりたくないなと思う。

幸せの定義ってなんだ。楽しいの定義ってなんだ。
どれも抽象的で、これが正解というものはない。だから自分で持っていなきゃいけない。誰かに決められた幸せや、楽しいと一緒に生きていきたくはない。

自分が幸せだって思うこと、楽しいって思えること、それをわかってくれる人と生きていきたい。

これを読み終わった彼女は、最初にでてきた昔の恋人のことについてLINEしてくるかも。


おわり。

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