家路

10年前に描いた習作です...
気楽に読んでいただけたら幸いです。
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酒をのんで知人とさわいでいた。
時は片脚を上げ、明日を踏もうとしている。

私のいるアパートの一室は、
闇の溜まった大きな浴槽に、
頭のテッペンまで浸かっている。

ぽつりぽつり、と、帰り始めるひとがいる。
そのひと達は皆、ユウレイみたいにすっと消える。
音音は収束し、いつの間にか静寂が反響している。

最後まで残った私たちは、
しぶしぶ帰路につくことにする。
私は世界のひと粒となって、
家まで流れてゆく。

その部屋から、駅まで五キロほどある。
バスはまだ運行を始めていないので、
駅までの道を、一直線に歩くことにする。

宙を見上げると、星が見える。
大型のトラックが脇を通りぬける。
星はいつもより華やかにみえる。

道の反対から、私と同じひとが数人、
自転車をこいで来てすれ違う。
私は、彼を四度ほど見る。

駅とアパートを真中でくぎる、幹線道路を歩いて抜ける。
車の数が徐徐にふえていく。
ふつうの車もみかける。
駅の方の空が、
明け方のうすい澄んだ緑青になっている。
綿飴よりかるい雲が、ちらほら浮いている。

頸を捩じると、
未だすべてが闇で濡れている。

地球をまわして浴槽からこぼれた闇は、
天井の床を這いひかりに染み込んでいく。

学生や仕事に向かう人人が、
続々と後ろからきて、前に離れていく。
目を細めれば、遠くに見える駅の裡に、
彼らは吸いこまれている。
闇の残りかすも吸いこまれて、
つよまる早朝の陽光が身体に染みいる。

駅に立ちふり返る。
冬のつんとした冷気が、頬に気持よい。
闇はすべて蒸発し、
宙は透きとおる真青で、
簡単に破けてしまいそうな雲をのせていた。

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