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第7合『真面目な大人の娯楽酒』:酒役〜しゅやく〜

 おいしいお酒を選ぶ基準の1つとして、自分のイメージと似たお酒を選ぶといいと、代表のソニアから教わった。
 とは言えど、30種類以上を取り揃えるこの日本酒バーでは、自分のイメージと似たお酒をすぐに見つけるのは容易ではない。

 俺の向かいの席に座る4年の女性、壇光子さんは、なにを頼むのだろうか? 参考にしてみる。
 胸元が大きく開けたカットソーから覗く、豊満なボディー。先ほど自己紹介をしたときの話では、趣味はポールダンスだと言っていた。
 彼女の体を、すぐ隣の席に座り横目で見る藤山くんも、思わず独り言がこぼれる。
「甘美やなー」

 そんな藤山くんのことなどお構いなしに、壇さんは男前のマスターに注文を告げた。
「自分のイメージとよく似たお酒ねぇ……そうね、マスター。『ソガペール・エ・フィスの生もとヌメロシス サケ・エロティック』をちょうだい」
 女性の扱い検定があるとするなら、間違いなく師範クラスのマスターでさえ、顔を真っ赤にしていた。マスターの口髭が3ミリ伸びた。

 壇さんの魅力は止まらない。
「私から男性陣に1口ずつ、『サケ・エロティック』をサービスさせて。もちろん、マスターのぶ・ん・も♡」
 マスターは、はい! と甲高い声で返事をして、俺たちに1口ずつお酒を提供した。またマスターの口髭が伸びたような気がする。

 ワインのようなラベルデザインをしたそのお酒は、1口飲んだだけで、壇さんの豊満な体が目に浮かんだ。たしかに、壇さんのイメージ通りのお酒だ。まさに、『大人の魅力』を感じさせる。

 壇さんがシャープな顎をクイっと上げて、お酒を飲む。
 その横顔をアテにして、藤山くんは自分の前に置かれたお酒を飲んだ。
 藤山くんは、このお酒を飲んで、どのように感じたのだろう? 気になったので、感想を求めた。
「どう? 藤山くん?」
「ごめん。鼻血が出て、味が分からへんねん」

 2秒後、藤山くんの右の鼻から赤いものが垂れてきた。
 それを見た女性陣は、みんな目を細める。代表のソニアは特に藤山くんを軽蔑し、彼の左頬にビンタを浴びせた。
 両方の鼻から血が流れてきた藤山くんを、俺たちは呆然と見ているだけだった。
 ただ一人、マスターだけが、さっとティッシュペーパーを取り出し、彼に救いの手を差し伸べる。
「男たるもの、いつだってティッシュペーパーを用意しておくべきだよ」
 男前の名言に、共感する者は、だれ一人としていなかった。

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