ザ・コンシェルジュ
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ザ・コンシェルジュ

ヴィクトリア調の絵画と調度品が並び、淡い照明がシルクの赤絨毯を照らす、ハイソサエティ・ホテルの廊下を、わたしは早歩きで進む。

ウールのダークスーツにシルクのネイビー・ソリッドタイ、リネンのチーフが乱れていないか気にしつつ、足元のオックスフォード・シューズにも器を配る。

わたしはコンシェルジュ。ホテルの顔だ。
いつ如何なるときも、身だしなみに気を配らねばならない。

内ポケットからスマートフォンを取りだし、『確認』をする。お客様は1202号室。元某国諜報員崩れの武器商人、通称『ボスホート』。諜報員時代のコネクションと情報をウリとする、新進気鋭のディーラーだという。

腕時計を見る。時刻2030。『チェックアウト』まであと30分。防弾式のウエストコートに、右内側に吊り下げた拳銃を再確認する。サイレンサー、よし。装填、よし。備品に不備があってはならない。病的なまでの入念さもまた、コンシェルジュに必要不可欠な要素だ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

時を遡ること、30分前。

総支配人室。誰も侵すこと叶わぬ聖域。
黒を基調とした部屋は荘厳の一言につきる。

マカボニーの机に腰を落とし、ダブルのスリーピース・スーツを纏う総支配人の顔は影に隠れて見えない。

顔のない男、総支配人は宣う。

「我が『ハイソサエティ・ホテル』は万全のサービスを約束する」

「はい、総支配人」
「顧客の視点に立ち、あらゆる満足を顧客に提供するのが、コンシェルジュたる君の役目だ」
「心得ております」

獅子の彫像型プロジェクターが起動し、壁に妙齢の婦人が映し出される。

「カリーナ・アン夫人。我がハイソサエティ・ホテルの優良客であり、我々が尽くさねばならぬ主人だ」

カリーナ・アン夫人。貴族の夫をもつ、トップスタア上がりの貴婦人。──そう、金のなる木だ。

「彼女の夫が、ビジネスの関係でトラブルに巻き込まれた。こころない男に弱味を握られてると相談を受けてな。──その『悩みの種』が1202号室に宿泊していると、ホテルの調査部より通達があった」

ここまでくれば、総支配人の言わんとしていることは自然に理解できた。

「顧客の悩みを解決するのも、我々ハイソサエティ・ホテルの役目だ」
「はい、総支配人」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

1202号室前。
姿勢を正し、拳銃をからだの後ろに隠し、恭しくノックを三回。

「どうぞ」
「失礼いたします」

ドアが開く。刈り上げた短髪に整えた髭の色男──『ボスホート』──が、バスローブ姿でわたしを出迎えた。ブルーグレイの瞳が怪訝に染まる。

「何かな?」
「チェックアウトのお時間です」
「バカな!おれは明日の──」

言い終わる前に拳銃を構えて、引き金を弾いた──。

【つづく】

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