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初回でみんなやめてしまった話し方講座のこと

「思っていたのと違ったらしいです…」

カルチャースクールの担当者が申し訳なさそうに電話をかけてきた。
さぞかし、かけたくない類の電話だっただろうなと思う。

たった2人だった受講生は、たった1回の講座でやめてしまった。
2人とも。

「もっと大勢で、気軽に楽しくおしゃべりできる講座だと思っていたということで…」
「集客も至らなくてすみません…」

カルチャースクールの担当者にそう謝られると、余計にみじめな気持ちになった。

いったい何が悪かったのだろう。

講座はなごやかに進んだと思う。
笑顔も多かったと思う。
受講生が2人だったから、個別の悩みにしっかり対応することができた。

でも2人とも初回でやめてしまった。

「新しくカルチャースクールをオープンするので、何か講座をしませんか?」

出産後、アナウンサーとしての仕事が激減し、
転職情報サイトやハローワークの情報を検索していた。
面接にも行った。でも、条件に合うところはなかなかない。
経済状況は甘くない。何か仕事をしなくては。貯金も底をつきかけている。
そんなときに、カルチャースクールの声をかけてもらった。

チャンスかもしれない。

20年アナウンサーとしてやってきたのだ。それを生かせるなら生かしたい!
「もっと伝わる話し方講座」をやろう!
カルチャー講師だけでは食っていけないだろうけど、なにかのきっかけになるかもしれない!
と期待して臨んだ結果、である。

なにかのきっかけ……自信をなくすきっかけになってしまった。

地元の大手企業によるカルチャースクール開講のチラシは、路面電車の中を埋め尽くすほど貼られていた。講師の顔写真がずらりと並ぶチラシの中で、私の笑顔が痛々しい。

「いったい何をしたの?」と友達に聞かれる。

特別に変わったことをしたわけではない、と思う。
50代とおぼしき女性2人。
受講のきかっけを聞くと、
「どもってしまうことがある」「早口になってしまう」とそれぞれの悩みを話してくれた。

初回のテーマは「自己紹介」だった。
自己紹介で何を話して良いのかわからないということで、
まずは私が受講生2人にインタビューをした。
これまでのこと、今のことを簡単に聞いて、内容を一緒に考えた。
簡単な内容でも、聴く人に興味を持ってもらうために、話す順番や話し方を工夫した。
ほんのちょっとの工夫で、2人とも自己紹介が魅力的になった。
講座の時間は90分。
2人しかいなかったからこそ、個人レッスン同様にしっかり取り組めた。

「それは、やってしまったっていう感じだね」

やっぱりか…。

「あのね、なにかを身に付けたいとか、自分の何かを変えたいとか思って受講する人ばかりじゃないよ。むしろ、友達づくりとか、趣味づくりとか、そういう人もいることを考えなかった?」

考えなかった……

だいたい、私が何かの講座を受講するときは、
「絶対、これを習得してやる」という意気込みで受講する。
自分だけでは知り得ない知識を得たり、技術を習得したりするためにお金払うのだ。
だから、私の講座でも、そういう意気込みに答えようと取り組んだ。
お金を払って話し方を習おうという人たちだ。その人たちが納得できるような内容にせねば、と。

人前で話すと声が震えてしまう人かもしれない、
早口を悩んでいる人かもしれない、
緊張して真っ白になってしまう人かもしれないし、
声にコンプレックスがある人かもしれない。

声のことも、内容の整理の仕方も、表現の仕方も、心理のことも触れなければ、
ひとりひとりの悩みが違うだろうから、あらゆる悩みを解決できるようにと、
90分×6回のプログラムを考えた。

それなのにたった1回で受講生は0になった。

「カルチャースクールに、個人レッスン的な内容を持って行ったらキツイよね。受講する人はきっと、せっぱ詰まってないもん。」

確かに、これまで「せっぱ詰まっている人」たちばかりをレッスンしてきた。
スピーチが迫っているという人、ミスコンに出るのでスピーチをどうにかしたという人もいた。
就活生や受験生の面接対策もそうだ。

話し方の欠点を私から指摘することは、ほとんどないけれど、
せっぱ詰まってない人にはキツイかもしれない。

私からは指摘しなくても、否応なしに目の前に鏡を置かれて、見たくない自分の姿を見てしまうような感覚かもしれない。嫌だよね。どうにか変わりたいと思っている人にとっては「気づき」になっても、
そうじゃない人にとっては、かなり嫌だよね。

合格、内定、スピーチ成功。
言い訳かもしれないが、
個人レッスンではこれまで良い結果を出している。

だから正直にいうと、ちょっと自信があった。
どんな悩みのある方にも、それぞれに役にたつ講座ができるはず、と。

でも、その自信はハリボテだった。
一瞬でグシャっと潰れてしまった。

「新規に2人から申し込みがありました!」

それから数日後、カルチャールクールの担当者から明るい声で電話をもらった。

どうしよう。
また「思っていたのと違う」と言われて凹むだけになるんじゃないだろうか……

「なので、予定通り、次の講座もお願いしますね!」
担当者のいきいきとした声に、やらないとは言えなかった。

とにかく楽しく雑談することだけを心がけよう。

教室に入ると、60代くらいの男性が座っていた。

「あなたのプレゼンがただものじゃないと思ったんです。内容はたいしたことなかったんですけど。それで、名前を検索してこの講座を見つけました。」
趣味で活動しているNPOの活動紹介プレゼンの会場に来ていたのだという。
「内容は大したことなかったけど」の一言にはガクッとしたが、
プレゼンがただものじゃないと言われたことは嬉しい。しかもそれで、検索して見つけてくれたのだ。
喜ばないでいられようか。

定年後、社会人入学で大学院に入ったというその男性は、修士論文の審査会に備えて、プレゼンのコツを知りたいのだのだという。

もう一人は女性だった。
「私は音声入力で小説を書いているんですが、より早く正確に入力したくて」

私よりは少し年上の40代後半くらいだろうなと感じていたその女性は、プロの小説家だった。
私が役に立てるのだろうか。自信がない。ただでさえ自信のハリボテはつぶれているのだ。

私がこの人の役に立てるとしたら、音声入力に認識されやすいような発音や発声へのガイドと、
脳内にある考えや思いをどう即興的に言葉にして表現するか、という切り口しかない

でも、カルチャースクールで個人レッスンのように展開するとまた受講生ゼロになるかもしれない。

でも、今度の2人は「真剣に学びたい人」に見える。
せっぱ詰まってないとしても、「なにか習得してやる」という意気込みを感じる。

ああ、もういいや。

もしかしたら、本人が見たくないと思っている鏡を見せることになってしまって、
それで「思っていたのと違う」と言われても、もういいや。

うん。私はそうしたい。
もういい。私のやり方で、ガチでやろう。

個人レッスンと同じように展開した。
話し方には脳の使い方のくせが現れると思うんですよね……
と、ひとりひとり違う言葉の受け取り方や表現の仕方の違いを話していると、
どんどんふっきれていった。

もういいや。
「思っていたのと違う」とまた受講生ゼロになってもいい。
私は、しっかりこの人たちに向き合いたい。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、2人はメモを取りながら話を聞き、ワークにも真剣に取り組んでくれた。

2週間後、教室に現れたのは小説家の女性1人だった。
60代の男性は、大学院の講義と重なって受講できなくなったらしい。
これで、本当に個人レッスンになった。

「先生、聞いてください。こんなことがあったんです」
小説家の女性は、講座が始まるとすぐ、メモを見ながら話しはじめた。

「異業種交流会に行ったら、すごい講演会を主催している人がいたんです。有名なビジネス書の著者Aさんの講演会なんです。」
小説家の女性は、Aさんの書いたビジネス書のほとんどを読んでいるのだと言う。
「Aさんの本は今すごく売れていて、内容もすごいんですよ。」
というように、Aさんの本がどんなにすばらしいかをかなり熱く語ったのだという。
Aさんの講演の主催者に向かって。

「私がその人の本の話ばかりするから、講演会に来てくださいって言われたんですよね。考えてみたら当然ですよね。でも、そのとき私、『あ、講演会には行きません』って即答してしまったんです。妙な空気になってしまいました。」

それは、妙な空気が流れますね…

「私、昔から空気が読めないんです」とその女性は言ったが、空気は読めている。
そこに妙な空気が流れたことに気づいているのだから。
主催者が絶句したのに気づいているのだから。

読めてないのは、「空気」ではない。
「自分が本当に伝えたかったこと」だ。

なぜ、その著者Aさんと本について熱く語ったのか。
私は、会話の内容をホワイトボードに書いていく。
その時にそういう言葉を言ったのはなぜ?を掘り下げて聞いていく。
そして、相手がどう受け取ったのかを推測していく。
少しずつ、言葉の奥にある思考を掘り下げていく。

きっと相手は
「この人はAさんの大ファンだということを伝えたいんだ」と受け取っただろう。

でも、女性が伝えたかったことは違っていた。
「私はAさんのファンではないが、Aさんはすごい人だと思っている」
ということを伝えたかったのだと本人は言う。

「でも、それすら、表面上の伝えたかったことですよね。」

と私が言うと、
その女性は目を白黒させた。

その女性の「本当に伝えたかったこと」は、
「Aさんはすごい」ということを熱く語りたくなった気持ちの奥に潜んでいる。

宝探しのように掘り進め、
このことを伝えたかったのではないですか? 
とそこにある原石を指摘したとき
「ああ、そうです! それです! そうなんです!」
女性の瞳が2倍くらいの大きさになった。

私はあなたのことをすごいと思う。
だって、こんなにすごいAさんを地方に呼んで講演を企画できるのだから)

「本当に伝えたかったこと」は、大抵すごくシンプルで簡単なことだ。
でも、湧いてきた気持ちを表現しようとすると伝わらなくなってしまう。
なにより「本当に伝えたいこと」を自覚できていないこともい多い。

それが「残念な会話」や「妙な空気」を生む。

本当に伝えたいことを探す作業は宝探しだ。

宝探しはワクワクするし、見つかった時の喜びは大きい。

その女性は3ヶ月の受講期間中にみるみるコツをつかんでいった。
本当に伝えたいことという宝物を自分で見つけられるようになると、自然と発する言葉は変わってくる。コミュニケーションが変わってくる。

「人生が変わりました」

3ヶ月の受講を終えて、その女性が言ってくれた。

初日に受講生を0にした私の講座で人生が変わったと言う。

「本当に伝えたいこと」がわかるようになって、伝えられるようになると、
周りの景色が変わってみえる。

「本当に伝えたいこと」を伝えるためにどうしたらいいのかは、ひとりひとり違う。

そうだ。
「もっと伝わる話し方講座」は、個人レッスンだけでやろう。

見たくない自分を見ることになったり、認めたくない癖に気づいたり、
ちょっとチクっと痛いこともあるかもしれないけれど、
ひとりひとりにしっかり向き合える講座ならフォローもできる。

「本当に伝えたいこと」という宝探し。

一緒に宝探しができる場所をつくりたい。

「セミナールームをオープンしたい!」と思うきっかけを、
小説家の桐野りのさんにいただきました。
「人生が変わりました」と言ってくださったことが、私の人生も変えたようです。本当にありがとうございます。

2018年秋にオープンしたセミナールーム。
人知れず、話し方や伝え方で悩んでいる人たちが、駆け込み寺のようにたずねてくれる場所となりました。

今はオンラインでご受講いただくく方も増え、海の向こうから相談される方もいらっしゃいます。

ここが「人生を変える宝探しの場所」になりますように。



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福井一恵
書いてみたこと、発信してみたこと、 それが少しでもどこかで誰かの「なにか」になるならばありがたい限りです。