感情の名誉回復

中学時代に始まり、かれこれ30年ほども、満員電車に揺られる生活を続けている。満員電車は誰にとっても不快なものだが、長い通勤生活のなかで、感度を下げて心を無にするのがいつしか得意になっていた。なので、イライラした態度を隠せない乗客をたまに見かけると、「感情的になっちゃって、みっともないなぁ」なんて思ってしまう。

このように、感情は理性を曇らせるもの、というのが、私の日頃のものの見方のようだ。分別のある大人は、感情には左右されず、理性的に、合理的に、ものごとを判断し、行動するものだ。そう思って生きてきた。

この思い込みは、『身体知性』を読んだことで、おおきく揺さぶられることになった。本書で紹介されていたダマシオの「ソマティック・マーカー仮説」が衝撃的だった。

ソマティック ・マ ーカ ー ( S M )仮説とは 、人間の意思判断には 、感覚刺激に対して身体的 (ソマティック )に反応する回路が重要な役割を持っていて 、感覚刺激に対する身体反応が 、論理的思考の重要なサポ ート役をつとめる目印 (マ ーカ ー )として働いているというものです 。

人間は、外部からの刺激を、身体の感覚受容器で受け取ることで、表情、姿勢、心拍数、呼吸数、発汗、内臓の動きなどの様々な変化を起こすが、その身体の変化を複合的に知覚したものが、感情だ。たとえば、家でGに遭遇したときに、鳥肌が立ち、冷や汗がでて、心拍数があがる、喉が乾くといった身体の反応があったとして、それらの身体反応を複合的に表現したのが、「こわい」という感情というわけだ。

ダマシオが発見したのは、合理的な判断をくだす際に、この感情が重要な役割を果たしているらしいということだ。脳の前頭前野という部位に損傷を受けた患者たちの研究を元に、この部位の働きによって、感情のデータベースが、意思決定をするときの道しるべの役割を果たしているらしいことがわかった。

たとえば、好きな人ができて、なんとかして付き合いたいと思ったとする。どうアプローチするかは、切実な問題だ。このとき、過去の恋愛や交友関係など、似たような経験での感情が総動員される。好きな子の気を引くために意地悪をして嫌われてしまったときのみじめな気持ち、喧嘩したあとのあと味のわるい気まずさ、嘘がバレたときの後ろめたさなど、色々な感情がマーカーの役割を果たして、自分の決断が真っ当になるように、適切に選択肢を絞りこんでくれるというわけだ。

私は、感情は合理的な判断を阻害するとばかり思っていたが、むしろ逆で、感情がなければ人は合理的に行動できないということだ。ただよく考えてみると、複雑で不確実な状況に、机上の論理では太刀打ちできないのは道理で、そこで役に立つような野性的な勘やストリートスマートを紐解くと、多くの試行的な体験に紐付いた感情の記憶があらわれるというのは、たしかに説得力がある。

感情を軽視していたこれまでの認識を改めよう、というのがここまでの話。続きはまた明日。

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