部屋に戻った比呂子は、ベランダ側の窓をいっぱいに開けると、スタンドのスモールライトを燈し、ベッドに仰向けになった。
目を閉じると、
「俺って、チキンボーイってとこか」
と、農協のタオルを長髪をまとめバンダナのように器用に巻きながら、ふと見せた大地の日焼けした笑顔が思い浮かんだ。
揺れていた比呂子の心は、今日御宿の大地の農場まで出かけてみて、複雑ではあったが、多少安心できたのかも知れなかった。
木村大地は、比呂子と大学で同級であったが、
「東京は狭くて息苦しい」
と、訳の分からない言葉を言い残して、ワーキングホリデービザを取得すると、さっさと中退して姿を消してしまったのだった。
三年の夏だった。
音沙汰がないまま年が明け、比呂子が就職活動で忙しくなる頃、一通のエアメールが届いた。
オーストラリアからのエアメール以来、一年音沙汰がなかった比呂子にとって、そんな大地は気になる存在であった。それは恋愛感情とはっきり言えるものではなく、近づき難いとでも言うか、不思議な存在であった。
思いがけない大地からの連絡は、腹立たしさと同時に驚かされるものであった。知らぬ間に帰国して、千葉の御宿に土地を借り鶏を飼育しているとのことだった。そんな人騒がせな大地の鶏牧場まで、比呂子は今日出掛けていたのだった。
「チキンボーイってとこか」
と、満面の笑みを浮かべながら言った大地の言葉を思い浮かべていた比呂子は、ベッドから起き上がると、ふと大地に手紙を書こうと思ったのだった。