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感情の先行に気をつけて

「気持ちだけじゃどうにもならない」
そんな言葉を耳にし、過去に私も言ったことがある。でも、これは少し違う。言葉足らずだ。

正しくは、「気持ちだけじゃどうにもならないが、気持ちがなきゃどうにもならない」ということで、最終的にはやはり意思が必要であると思っていた。

しかし、この感情も時として邪魔に感じることもある。

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数年前まで、私は幼稚園教諭をしていた。
常々、同僚と交わしていた言葉は「この仕事は、子供が好きだけじゃ務まらない」ということだった。

幼稚園教諭の仕事というのは、事務作業や書類作成、保育準備、ピアノの練習、保護者対応、その他諸々の子供とは関わりのない仕事ばかりである。子供が好きで、子供と関わる仕事と思っているのであれば大きな誤算だ。

だからこそ、子供が好きというだけでは決して続けていく事はできない。でも、その子供が好きという前提がなければ、やはり続けていく事はできないのだ。

アントニオ猪木に反論することになるが、元気だけあっても何もできない。もちろん大切だが、これも「元気だけじゃどうにもならないが、元気がなきゃ何もできない」が正のような気がしていた。

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その他にも、気持ちだけではどうにもならないことを、痛感させられることがしばしばある。

それは私にとっては書道であったり絵を書くことであったり。ここに小説を書くことも入れたかったのだが、今気持ちすら薄れているので今日のところはやめておこう。

書きたい、あるいは描きたい気持ちはあって、準備は整っていて、やる気だけで進めていても、どうしても納得出来るものは出来なくて、そういう時は何を書いても描いてもダメで。

気持ちだけが先行して、何かが欠落している心持ちになるものだ。

もう少し日常の中で考えるとするなら、買い物をする時だ。今日は買い物をしよう、新しいスカートをどこかで買おうと意気込み、軍資金を携えて街へ繰り出すとする。

しかし、そういう時に限って、目当てのものを見つけることができない。結局何も買わずに帰るなんてことはザラにある。

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気持ちだけでは何もできない。
しかし気持ちがなくては何もできない。
だが、その気持ちもあればいいというものでもない。

これまでの私は、まず意欲や興味などの感情必要不可欠で、その上に知識や情報・技術技術などを積み重ねていくことで、結果や経験につながるものだと思っていた。

しかし、最近では少し考えが変わった。

実は車の両輪のように、感情や気持ちと一緒に、知識や情報・技術が必要なのではないかと感じている。そのペースが噛み合ったときに、結果や経験を得ることができるのではないだろうか。

どちらかが先行していてもうまくは進めない。空回りしてその場をグルグルするだけだ。

日常においても、創作活動においても、仕事でも恋愛でも、同様のことが言えるのではないかと思っている。

アクセルを踏む前に、両輪の確認を。

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1986年生まれ。東海大学文芸創作学科卒業・京都造形芸術大学大学院芸術環境研究領域文芸分野修了。造形・文芸の創作活動が出来るようにリハビリを兼ねて、創作哲学を養うために毎日更新していきます。動物を飼う前に、観葉植物を育てる的な。
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