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皺は笑顔で消しましょう

久しぶりに母と公園を歩く。
日の光に照らされた彼女の横顔は少し皺が増えた様に見えた。年の割にキメの細かい肌をしている。若い頃に手入れを怠らなかった勲章だろう。我が家では一番の肌質を保っている。だが急に細かい皺が増えた様に見えた。
髪も伸びている。近頃、私の体調が悪かったので髪を切ってあげられずにいたのだ。家に戻ったら、髪を切ろう。

ずっと見てもらっていた先生が病院を移り、若くて合理的な先生に変わった。以前の先生はゆったりとしていてあまり薬を増やそうとはしない方針だったので、薬の量を増やしたくない彼女には合っていた。
年明けに新薬を勧められて飲んだところ、それがどうやら合わなかった。慌ててもとに戻したが、調子が戻らずにいたのだ。薬と体調の変化を訴えても、薬の種類を増やそうとするばかりで、どうも折り合いが悪いので意を決して病院を変えることにした。
パーキンソン病外来…なるべく近い病院を探していると以前見てもらっていた先生を見つけた。それほど遠くない病院にいたのだ。早速転院の手続きをした。色々と厄介だと思っていたが、すんなりと終えることが出来た。
が、いざ診察の日、先生には会えなかった。先生が体調を崩されたという。代わりに他の先生が見てくれることになったが、薬の飲み方や最近の不調を相談したら思いの外、色々とアドバイスをくれた。何より、薬はあまり増やさず、体を動かすことを勧める方針の先生だった。先生に会えずがっかりしたが、あの若くて合理的な先生よりかはいい…と彼女は自分で折り合いをつけた。
それから半年以上…未だ元の先生には会えず仕舞いだ。相変わらず、代わりの先生が話を聞いてくれる。
ドーパミンは寝ている間に作られる。だから、午前中は薬を飲まなくても調子が保たれている。問題は午後からの薬の飲み方だった。飲む量を増やしたり、空腹時に飲んでみたり、時間をずらしてみたり…。だが、なかなか量とタイミングを掴めない。薬を飲んでも1時間や2時間、こわばりが治まらず固まっていることが増えていた。寝不足や便秘になると顕著に体調に現れる。酷い時は調子が保たれているはずの午前中にも固まる日もあった。
このまま体が固まる時間が増えて寝たきりになって…。
娘たちに迷惑をかけたくない…。
彼女はそんなことを漏らし、ドーパミンを作るどころか、悪循環を繰り返していた。表情がみるみる芳しくない。そんな姿を見守ることしかできずにいた。
根が真面目で根性がある彼女は、弱音を吐きつつも、自分の体で実験する様に毎日の薬の飲み方を変えていた。

ある日、ついに彼女は自分の体と薬がうまく作用するポイントを探り当てた。
分かってしまえば実に単純なことだが、午後最初に飲む量を半錠だけ増やしてみたようだ。それで、薬を飲んだ後のこわばりが格段に治まって、新薬を試す前と変わらないくらいに戻せた。1日を通して体を自由に動かせる時間を続けられるようになったのだ。調子を崩してから元に戻るまで、必要はなかったかもしれないが病院も移り、大方半年以上かかった。
午後の一回をたった半錠増やすだけ。それだけで良かった。
体が動くと表情も明るい。安堵した顔だ。私も安堵する。やっぱりしんどい顔は見たくない。

久しぶりに笑顔の横顔を見た気がした。この半年の気苦労で皺が増えた気がするが、笑顔に使えば大した皺ではない。
家に戻って、腰のない柔らかい彼女の髪を手早くカットした。
「お嬢さん。女っぷりが上がりましたよ。」
「ありがとう。スッキリした。」
顔を上げた彼女の顔は更に明るい笑顔に包まれた。
人の顔は不思議だ。
フワフワと軽い髪を集めて片づけていると、洗面所から明るい声が聞こえた。
「ホント。女っぷりが上がってる!!」
すぐにその気になる単細胞は彼女の長所だと思う。

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