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【解説記事】人事未経験者を人事部に採用して失敗した結果わかったこと


※この記事は「実践」「解説」に分かれています。

カヤック人事部の柴田史郎が「実践」、カヤック社外人事部の神谷俊が「解説」、2人でそれぞれのパートを書いています。「エピソード(リアル)」と「つまりそれってどういうことか(概念・構造)」を知ることができる、という実験的な記事になっています。

【実践 1 :柴田】
未経験者を人事に採用してみた。

人事経験者は一緒に働いてみたい人が少なかった。人事以外の領域から学んで、人事に適用するということをやりたい。人事のことは詳しい社外の人に聞けばよい。実際に覚えている話がある。人事でいろいろと実績を出しつつも、他の活動もたくさんやっている人がいた。その人に「人事と(それ以外のその人の活動)の共通点は何ですか?」と聞いたときに、特に答えがなかった気がする。なんかそういうのはちがうなーと思った。これぐらいの直感で、人事部として未経験者採用をはじめた。

もうひとつ思い出した。カヤックには「何をするかより誰とするか」という言葉がある。たんじさんという社員がいっていたが、ジョブディスクリプションを設定しないという極めて日本的な考え方だ。やってほしい業務があって人を探しているわけではない、ということ。私がこれを良いと思うのは、別に「働きたい人と働く(何をするかより誰とするか)」というのがいいわけじゃない。単にこっちのほうが予定外のことがおきて楽しそうだから。

もう一つ理由がある。だんだんと各事業部の採用方針が、「何をするかを決めて、どんな人が必要かを決める」になっているのが現状だ。つまり、面白そうな人がいても、やることがないから採用しない、という判断が増えているように見えていた。まあわかる。そりゃそうだ。しかしこれでは、採用が普通になってしまうので、人事部は実験的な意味も込めて「未経験者でもこうやったら活躍できる!」みたいなことをやらないとなーということだった。そういえばこういうブログも書いた。

【解説 1:神谷】
未経験者採用は「セオリー」に反するけど合理的。

ここからは解説パートです。私、神谷俊が解説をしていきます。柴田さんの実践の前提や背景を掘り起こし、予備知識を加えながら解説していくパートです。

さて、このエピソードはどこが面白かったのかを見ていきましょう。まず、ユニークなのは、採用に対する視点ですね。未経験者を採用してみるといいのでは?という斬新な発想でした。

中途採用は、基本的にはスキルを評価して採用するのが一般的です。なぜ、スキルを重視するのでしょうか。中途採用を行う目的は、①欠員補充(従来の仕事を維持・強化するために補填する)、②新規導入(新たな事業や業務を新規に取り入れる)のいずれかのケースが多いです。いずれにしても、現状の組織パフォーマンスを維持したり、さらに伸ばすために採用をするわけです。そのため、育成を前提にしていない。“即戦力・早期戦力化レベルのスキルを持っている”ということが求められるわけです。

つまり、(現時点で)一定レベルの付加価値を生み出せる人材を、比較的高い採用コストで採用するというのが従来の中途採用のモデル。このモデルにおいて重要なのは、コストとリターンのバランスによって成立しているという点です。

コスト=ある人材を採用するために必要な工数・経費
リターン=その人材が入社後に生み出すであろう付加価値

これらのバランスによって成立する活動と言えます。そのため、例えば①求職者の能力(付加価値を生み出すポテンシャルやリソース)が求める水準に達してない場合や、②採用コストの方がリターンよりも高くなってしまう場合は、いずれもコスト過多の結果となり、採用活動に投資をしても回収ができなくなってしまうのです。

<採用活動のコスト・リターン構造>

従来の中途採用モデル

さて、この前提を踏まえて考えていきましょう。

柴田さんがとったアプローチは、敢えて「未経験」の人材を採用するというものでした。この考え方は、上記の図で考えると一見、「赤字ゾーン」に位置づけられるように思えます。未経験者を、(新卒採用としてではなく)敢えて中途採用で採るわけですから、採用コストに対して企業が得る付加価値は小さくなってしまうような印象ですよね。確かに採用コストはかからないかもしれませんが、リターンも見込めないような気がします。

しかし、①現在の労働市場の状況と、②未経験者採用が生み出す付加価値に注目すると、意外と合理的な考え方なのでは?と思えてくるのです。

まず、①現在の労働市場の状況です。現在は「超」採用難の状況にあります。高い技術レベルや経験値を持った人材が採用しにくい状態にある。このエピソードが執筆された時点で、公表されている最も新しい中途採用の求人倍率は2019年12月のもので3.14倍です。過去2番目の高水準と説明されていますね。さらに業種別の傾向を見ると、例えば「IT・通信系」の業界の求人倍率は8.84倍にもなります。1名を8社で獲り合うような厳しい市況です。

このような市況下では、技術レベルや経験値にこだわってターゲットを設定したとしても、採用コスト過剰のリスクが大きい。仮に、頑張って高い採用コストを投下して採用できたとしても、その人材が生み出す付加価値(労働生産性)が、従来の「求める水準」と同レベル程度だったり、長期勤続が見込めない場合は、コスト過多の非効率な採用アプローチになってしまうのです(下記図参照)。

<採用活動のコスト・リターン構造(採用難ver)>

採用難時代における従来型中途採用



このような市場においては、従来の「セオリー」も改めて考え直す必要があります。スキルに固執することで、採用コストが引きあがってしまうならば、スキルや専門性は敢えて見ないようにしよう。これで多少は採用ハードルが下がり、コストを抑えることができます。先ほどの図で言えば、左側のエリアに採用活動を位置づけることができます。

でも、スキルがない人材を採用してどのようなリターンが得られるでしょうか。コストがかからないのは良い話のように聞こえますが、リターンが得られなくては採用する意味が見出せません。

面白いのはこの課題に対して、柴田さんが「未経験者でも何とかペイできるのでは」という視点を持っていることです。

彼の意見に注目しながら、②未経験者採用が生み出す付加価値について見ていきましょう。柴田さんの話を踏まえると、未経験者採用に下記のようなメリットを意識していたことが分かります。

<未経験者採用が持っている「ポテンシャル」>

【学習・創発リターン】
自分(柴田さん)にとっても未経験の経験を持っているため、自ら(柴田さん)の学習や創発が進む可能性が考えられる(未経験者自身の付加価値は低いが、柴田さんの付加価値の増加分を考慮すると充分にペイできるのではという見込み)。

【カルチャーにフィットすることによる早期適応】
仮に、人間性が良ければ、カヤックの価値観(“何をするかより誰とするか”)に適合し活躍する可能性がある(入社直後の付加価値はないけど、その後、高まる見込み〈風土とのマッチングによる適応加速〉)。

【中長期的な採用コスト抑制】
仮に、未経験者が未経験領域で活躍するという事例がつくれれば、社内の採用ハードルを下げることができる(未経験者自身の付加価値は低いが、未経験者を採用した成功事例をつくれれば、社内全体の採用コストを低減させていけるという見込み)。

こういうメリットがあるという前提に立つのであれば、未経験者を採用するという投資は充分にペイできると判断できるのかもしれません。既存の社員にはないものを運んできてもらうため、そして、既存の組織の在り様を良い意味でに「批判」し、変革するためのきっかけとして、未経験者採用を位置づけているからです。

<採用活動のコスト・リターン構造(未経験者採用のポジショニング)>

未経験者採用

このように考えてみれば、「未経験者採用」は実に経済合理性のあるプラン。ですが、このあたりを直観的に判断して、即実践しているところがカヤックの強みであり、また柴田さんの魅力なのかなと思います。

【考察 1:柴田】

<神谷さんの解説への柴田追加コメント>
解説を読み、改めて考えてみたいのは、逆に人事経験者だとどういうメリットがあるのだろう?ということだ。

経験者だと育成コストが低いし、パフォーマンスが早くでるということか。それがどうにも信じられない。カヤック人事部の活動を考えたときに、過去に他社の人事経験がなくたって、試行錯誤して調べていけば大抵わかるようなことしかやっていない気がする。それが認識がずれているところなのかも。

「パフォーマンスがでるとは何か」の定義が必要か。予想外のことを人事領域ですることパフォーマンスにおいて重きをおいてるなら、人事経験者を採用するメリットが低くなるのかな?これは私も趣味も入っている。人事部長交代したらもっと経験者採用したりするのかもしれない。実際、社長の柳澤さんからも「人事部未経験者採用は正しいのか?」と言われている。あと、別に人事部経験者だけ面接してて採用したい人がいるならそれでもいいのだが、いないからこうなっているという面もあるので、経験者かどうかは気にしても仕方がないのかもしれない。

【実践<2>:柴田】
最初に未経験で人事部に採用した氏原さん

私が「未経験人事をもっと採用しよう」と決めたきっかけになったのが氏原さんだ。デジハリにいて、ユニークな学生をあつめるための企画をしていた。実際に入社したわけだが、最初のうちはやはり苦労していた。1on1をしていて覚えていることがある。「一つ見えてきました」と氏原さんが言った。あるグループ会社の採用を全部まるっと任せてみたところ、氏原さんの頭の中で「採用に関するあれこれ」がつながったらしいのだ。もう一つ覚えている。「私は無茶ぶりが嫌じゃない」というようなことを1on1で気づきとしてシェアしてくれたのだ。「なるほどーそこが強みかー」ということで、人事をやってもらったあと、内部監査室長のポストの適任者がいないということで、内部監査室に異動してもらった(つまりこれは無茶ぶりだ)。

内部監査も面白がれている氏原さんをみて、「んー、人事に未経験者を採用して、他の部署に異動してもらう」というようなイメージがわいた。カヤックでの立ち回り方や、カヤックとして大切なことを人事部で知り、その上で他部署に異動するというのが「何をするかより誰とするか」の答えとしてできないか?ということだ。

氏原さん以降も人事部として未経験者を採用していく。しかし、ほぼ上手くいかないことが続いた。で、それとは別に採用責任者の佐藤さんのチームにも、未経験者を採用し、やはり佐藤さんの見立て通りに活躍しないということが続いていた。しかし、何人かが活躍し始めた。「何か変えたんですか?」と聞いたんだっけ。でも、どこかでたしか佐藤さんがこう言ったことを覚えている。まず佐藤さんはカヤックに入社して、採用を改善するために内定承諾率を改善した。選考の途中で、求職者がやりたいことをカヤックで実現できるかをきちんと毎回の面接で一貫性をもってチューニングしていく、というプロセスをつくりあげて、採用結果が劇的に改善された。佐藤さん曰く「カヤックで入社前にやっているやりたいこととカヤックでやれることの擦り合わせ、チューニング、なぜか入社した後はやらない。そこを同じようにやればよかったんです。」

たとえば、学習方法にとも得意不得意がある。最初に全体像を知る方がいい人もいれば、まるっと任されて試行錯誤をするのが得意なケースもある。そのあたりの学習方法の得意不得意と、毎日朝と夕方に30分のMTGで、コミュニケーションを増やしていく。このMTGで何をしていたか。いろいろ周辺情報もあわせての私の見解は、「本人も気がついてない部分で、中途入社でカヤックに慣れていくための障害になっている部分がある。それに気づいてもらう場」だ。

例をあげよう。上司が「わからなかったら何でも聞いてね」と伝える。でも聞いてこない。しかし、実際にはその人は前の会社で「わからなかったら何でも聞いてね」と言われて本当に上司に聞いたら「それは自分で調べるもので、私の時間をとるな」的な反応を上司から受けていたのだ。つまり本音ベースだと上司の時間は貴重で、できるだけ自分だけで解決すべきという会社で働いていた場合、カヤックのような「ほんとにわからないことは上司的な人にすぐに聞いて軌道修正した方が良い」という文化であっても、そう振る舞って良いのか、わからないのだ。「なんですぐに聞かないの?」と聞かれても「だって、聞いたら自分で考えろって言うんでしょう」とは答えない。これはなるほど感がある。で、それは日々のコミュニケーションの中で、暗黙の前提が異なっていた、みたいなことをさぐりあてるということを、佐藤さんはやっていたのだった。

ただ、この説明すらも、その場で私は理解していなかった。あとで私が直接「未経験者の人事部所属の人と1on1頻度」を高く話していった結果、わかるようになった。ぶっちゃけそれまでは「そんなこともわからないのか?」で一刀両断だった気がする。

【解説 2-1:神谷】
カヤックで馴染むのに苦労する…は当たり前です。

柴田さんの話のなかで未経験者採用における試行錯誤として描かれているのが、カヤックに適応することの難しさです。

人事部として未経験者をたくさん採用していく。しかし、ほぼ上手くいかないことが続いた。


企業には、新人が適応を試みるプロセスで激突する「壁」があります。その「壁」について、解説をしておきたいと思います。これはカヤックに限った話ではないのですが、中途の新入社員がまず頭を悩ませるのが企業特殊性(firm-specific)という「壁」です。

企業特殊性とは、その企業でしか通用しないモノがどれだけあるかを示す概念です。これは、どこの組織にも濃淡あれど存在しているものですが、特にカヤックの濃度はかなり高いと言えるでしょう。

例えば、「偉い人(社会的・組織的に権限を持っており、意思決定の責任をすべて引き受ける管理職のような存在)」がいなかったり、企画書にボツ案(本当に提案したい企画とは異なる、検討プロセスでNGにした企画)を敢えて載せたりする。等級や職能はもちろんなく、研修制度もない。人事業務は、もはや一般的な人事の仕事と別物だったりする。おまけに、365日Tシャツの人事部長は無茶ぶりばかりしてくる。

こんな「独特さ」に新入社員は躓きやすいのでしょう。特に、大手企業や老舗の企業にいた社員であるほど(しっかりビジネススキルや社内営業を学んできた「優秀」な人材ほど)、この「独特さ」を学習するまでに時間がかかるような気がします。大手企業や老舗企業の暗黙のルールを「普通」「一般的」「常識」と認識したまま、面白法人にやってくれば、そのギャップに戸惑うのも無理はありません。

この「独特さ」に関わるエピソードとして、“分からないことが合ったら何でも聞いてね。”という言葉をどう解釈しているか?という話がありました。前職では「何でも聞いてね=何でも聞いてはいけない(=普通・一般的)」だった。しかし、カヤックは「何でも聞いてね=ほんとうに何でも聞きまくって良い(=普通・一般的)」です。

エピソードに登場した氏原さんは未経験者ですから、人事に関する知識は持っていない。おまけに、コミュニケーション(言葉)の解釈すらズレている状態であれば、適応しにくいのは当然でしょう。

仕事をしようにも、スキルも経験値も持ち合わせていないわけです。柴田さんからは、自分のやり方でやってみてくれと言われる。さらに、自分のやり方でやろうにも、組織での振る舞いやルールは不明で、仕事の進め方も何やらズレているようだ……。こういう環境に置かれるわけですから、かなりの精神的な負荷がかかるはずです。かつて、周囲から「優秀」と評価されていた人ほど、入社後に「こんなはずではなかった」と意気消沈(リアリティショック)するリスクは高いでしょう。

【考察 2-1:柴田】

<解説に関する柴田追加コメント>
佐藤さんの活動を見たあと、「これは自分でも新入社員が会社になじんでいない間の思考を憑依できるようになろう」と考え、人事部の未経験者のうち、立ち上がりに苦労している2名とたくさん自分で面談してみた。人はこんなにも見えている世界が違うのかと驚いた。「わからなかったら聞いてね」はわかりやすいエピソードなので書いているが、似たような互いの前提条件が違いすぎる話がたくさんあった。
普通に「自分ができない」ということをシェアできない人もいた。つまり、プライド的な話だ。なんでも自己開示できるタイプだとおもって採用したが、そうではなかったということだ。ある程度の年齢に達しているときに、「自分が能力不足である」ということに向き合えないこともあるのだろう。この辺の感覚も忘れていた。別の件では「でもあの人は普通の人ですから。失敗するのが怖いんですよ」と言われて、そうか、失敗することが怖いという感覚も忘れていた、と気づきがあった。つまりそれぐらい私はずれていた。それが実感できたのが収穫だ。
じゃあここから「よくあるすれ違いエピソード」みたいなのをあつめて、中途採用者に最初に伝えたりしたら、効率が上がる気もする、そこはもっと得意な人にやってもらう。ただ、根本的にすれ違ってるということはどういうことか、中途入社の人の立ち上がり支援とはどういうことか、を私の中では腹落ちしたので、施策が出てきたときにずれないジャッジができるイメージがわいた。入社のオリエンテーションもそれ以外の施策も一貫性を持ってできるだろう。それまではオンボーディングと言われても何をしていいか実感として理解してなかった。「勝手に慣れるだろ」と心の底では思っていた気がする。

【解説 2-2:神谷】
人事未経験の氏原さんの適応を促した柴田さんの振る舞い

さらに、続けます。そのような企業特殊性の高いなかで、なぜ未経験者の氏原さんはその壁を乗り越えることができたのか。この意図せざる成功事例を改めて考えていきたいと思います(オンボーディングを意識せず、「勝手に慣れるだろ」と思っていたのに、氏原さんはなぜ適応できたのかを考えていきます)。

ここでは、組織社会化という概念を参照しつつ考察をしていきます。

組織社会化とは、一言で言えば、個人がその会社に適応するプロセスを示す概念です(学術的には、個人が組織内の役割を引き受けるのに必要な社会的な知識や技術を獲得していくプロセス…というような定義がされています)。

新入社員が、その会社のなかで滞りなく生活をしていくためには、なんらかの知識や技術、あるいはその企業特有の文化を知り、求められる対応ができるようになっていく必要があります。このプロセスが組織社会化です。

氏原さんの、組織社会化はどのようにして促されたのでしょうか。

氏原さんの適応に対して、最も重要な影響を与えていたのは、柴田さんの振る舞いだと私は考えます。組織社会化に関する研究では、適応を促す存在として、その会社の先輩や上司の存在が重要視されています。このような存在は、社会化エージェントと呼ばれ、新人の組織適応の可否を左右する重要なプレイヤーです。新人に対して有用な知識や技術などを提供し、学習を促してくれる役割を持っています。氏原さんにとって、最も身近な社会化エージェントは柴田さんと言えますが、この柴田さんの振る舞いが氏原さんの適応を促したと考えられます。

どのような振る舞いが効果的だったのでしょうか。文中から読み取れるポイントを3つ挙げてみましょう。

【氏原さんの適応促進のポイント①】
1つ目のポイントは関係性です。学術用語で言えば、社会的交換関係が構築されていたからです。社会的交換は、WINーWINの関係とも言い換えられますね。一方的な貢献や奉仕ではなく、互いの存在が互いにとってメリットになっている関係(互酬関係)です。

柴田さんは、氏原さんを採用しようとする段階から、「氏原さんから何かを学ぼうとする姿勢」を持っていたことが分かります。人事「以外」の経験に関心を持ち、そこから自社や自分にプラスとなる知識を得ようとする態度で未経験者の新入社員と向き合っている。上司がこのスタンスで新入社員と向き合うと、新入社員は主体的に動けますし、自分の持っている意見や考えを提言しやすくなります(”無茶ぶりが嫌じゃない”と言える新入社員は稀有でしょうがw)。上司はその意見を踏まえて教育上の戦略・方略(組織社会化戦略)をつくりやすくなります。

新入社員自身も積極的に動くし、上司も新入社員のニーズを踏まえた支援を効果的に行うわけです。その結果、新入社員は適応の最短ルートを進むことができるようになるわけです。

私たちは、新入社員と上司の関係を考えるときに、どうしても上司から新入社員への一方通行な教育「レクチャー」「ティーチング」をイメージしてしまいます。OJTという名のもとで、ついつい教え込んでしまう。しかし、このような役割・権限に基づく上司ー部下関係は、新人の適応において効果的とは言えません。上司ー部下関係で指導を進める以上、新入社員は「部下」として振舞うでしょう。上司から教えられる内容が前職の経験と類似していたとしても、「それはもう知っている」とは言いませんし、相違していたとしても、「それは違うと思います」とも言わ(え)ないでしょう。このような役割にとらわれた表層的な関係性を脱し、互いに対する関心を前提に、関係を再構築できるかが新入社員の戦力化には重要なのかもしれません。


【氏原さんの適応促進のポイント②】
適応を促す振る舞いの2つ目は、情報提供です。氏原さんに対して、柴田さんがゲートキーパーあるいはナレッジ・ブローカーとしての役割を担い、しかるべき情報を提供できていたのでしょう。

ゲートキーパーとは、フィールドワークなどで使用される言葉です。文字通り、「門番」の役割を意味しています。あるコミュニティにおいて、外部から来訪する人をコミュニティ内に紹介し、キーパーソンと「繋ぐ」存在です。また、ナレッジブローカーは、知識の媒介者とも言われます。様々なコミュニティに出入りしながら、それぞれの知識を流通させる存在です。

柴田さんは、人事部の責任者ですから、経営陣をはじめ、多くの社員と顔見知りであり、また、それぞれの社員の特徴を理解している人です。こういう豊富なネットワークを持った人がいると、新入社員としては、非常に効果的に組織に適応していくことができます。

例えば、氏原さんの経歴と似ているキャリアを持った先輩社員を紹介することができたり、氏原さんが欲しい情報を誰が持っているのか、誰に頼むと効率的か、そういった組織内の「歩き方」を教えてくれるのです。そして、上司のこのような振る舞いは、社内の人的なネットワークに対する新人のアクセシビリティ(接近しやすさ)を飛躍的に高めます。その結果、新人は自然と「友人」や「メンター」を獲得し、あるいは「危険人物」を見極められるようになっていくのです。

【氏原さんの適応促進のポイント③】
そして、最後のポイントは、経験の提供です。具体的には、プラクティスフィールドと良質な経験の用意です。プラクティスフィールドとは、組織学習の研究者ピーターセンゲの提唱した概念です。成果やパフォーマンスよりも重要な知識やスキルを高めるための“練習場”です。

新入社員にとって、“練習場”を確保することは意外と難しいものです。彼らは、仕事の重要度についての物差しを持ち合わせていません。そのため、どの仕事が失敗しても許容されるのかの判断がつきませんし、その失敗によって自社にどのような影響がでるのかも想像がつきません。そのような新入社員に対して、失敗できる環境を提示していくことは、経験の質を高め、思考を促し、効果的にかれらの学習を促すことにつながるわけです。

経験学習で有名なディビッド・コルブは、実践と思考の相互作用のなかで学習は生まれることを説明しています(下記図参照)。つまり、良い実践を提供し、それを省みる機会があれば、人は学んでいくことができます。

<Kolb(1984)の経験学習サイクル>

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では、どのような経験を付与するのが、妥当なのでしょうか。この際に、ポイントになるのが「プラクティス」の難易度です。実は、ちょっと難しいくらいの経験が良いのです。

学術的には研究領域によって”ちょっと難しい経験”は様々な呼び名があります。例えば、「修羅場経験」「一皮むけた経験」「発達的挑戦」「熟慮された鍛錬(deliberate practice)」というような表現です。いずれにしても、学習者の持っている能力レベルやリソースの観点からみて、達成がやや難しい経験が有効とされています。

この「やや難しい」ぐらいの水準に調節することがまた難しい。難しすぎると、学習不安(Learning Anxiety)が先行してしまい、効果的に学ぶことはできません。反対に、簡単すぎると、今度はリラックスし過ぎてしまったり、指示的・作業的に感じてしまい、学習意欲は低下してしまいます。

ちょうどいい「難しさ」を見極めて用意することで、学習者は意欲を高め、積極的に実践し、思考し、熟達への道を歩んでいくようになるのです。

さて、説明が長くなりましたが、この前提を踏まえると、氏原さんにとって、”グループ会社の採用を全部まるっと任せる”というのは、きっと「ちょうどいい難しさ」だったのでしょう。「私は無茶ぶりが嫌じゃない」というのは、無茶ぶりによって自らの学習が進んでいるという実感もあったのかもしれませんね。

ここまで解説をしてきて、疑問に感じるのが、柴田さんはどうして適切な「無茶ぶり」ができたのか?という点です。

氏原さんの持っている能力を、社会的交換関係のなかで充分に精査し、吟味していたから?氏原さんが失敗しそうになっても、自分のネットワークでフォローできると思っていたから?(彼のキャラクターからして、どれも違うような気がしますが……。)

柴田さんのみぞ知る疑問を残して、解説を区切りたいと思います。


【考察 2-2:柴田】

解説に対する柴田の追加コメント
言われてみれば氏原さんから私は学ぼうとしていた。それは普通ではないのか?これは面接のときも一緒で、落ちる人からも何かを学べる。むしろそういうスタンスでやらないと面接が無駄になる。もうちょっと考えてみると、この観点で言ったときに、人事部に未経験者を採用する件において、
・その人が人事部で高いパフォーマンスを発揮するというメリット

・その人が活躍しなくても、未経験者がカヤックで戦力化するロジックが見えてきて、全社に展開できるメリット
のどっちが大きいかというと、後者なのではと思っていろいろやっていた。言われて気がついた。やはり自分でやってみないとわからない。学習の機会として考えていた感はある。全社展開前提ならレバレッジは後者なんじゃないかと。

あと、私はゲートキーパー的な役割、社内の人的ネットワークに新しいひとを接続することは多分得意で、これは違う言い方をするとカヤック的な「抜擢」だ。役職とかはそんなにないけど、新しく入った人でも必要であれば経営会議に呼べるのがカヤック。そこにルールはそんなにない。だから、ある程度長く働いている私からみて「この人はこの人と話したら良さそう、もしくは、こういうミッションをもってもらったらよさそう」ということを考えられる。ただここに「直感ベースでありなし」という判断しかできないから、ちょっと困る。でもこれも、「もうちょっと仕組みでやる」というのが得意な人がいるから、機が熟したら相談すればいいだけだ。あんまり心配していない。

もうひとつ別の点で気になっていることがある。「自分(新入社員)のミッションを他の人(例えば上司)から依頼されてやるのはカヤック的にどうなんだろう?」「そこから自分で全部考えた方が良くないかな?」というのもずっと引っかかっている。全部自分から考えないと面白くないのでは?面接でも「自分に期待することは何か?」を質問する人がいる。最初の答えは「そんなものはない」だ。もちろん考えたらミッションは出せるし、伝えられる。でも「そこから考えて」というのが本音だ。ここも修正すべきところかは迷う。主に人事部の話だが。それ以外の部署は知らない。

別の話。氏原さんに、最初人事部に配属して立ち上がり時期にどんな仕事を依頼していたか聞いてみた。

氏原さんのコメント
一応、私から見て何がプラクティスフィールドとして機能していたのかを細かめに思い出すと、こんな感じです。

プラクティスフィールドとして機能していたものは何か
1.グループ会社から来た特殊な案件を、外の委託先を偶然見つけて完結できた。
自分の力ではないが、案件の開始からクローズまでを含めて、グループ会社とカヤックの間で起きることを何となく観察できた。

2.面白株主制度や、株主向けのおまけの資料とかの編集をやった。
社内でのやりとりや、社長のやなさわさんとのコミュニケーションがわかった。事業部メンバーがわかって良かった。

3.研修とかやらなかったこともあった。

研修をやったらどうかというアイデアもあったが、あまりやりたくなかった。社内コミュニケーションがわからない時点だと、結構難しそうなイメージがあった。採用広報的なことも少しだけやっていたが、それほどはやっていなかった印象があります。

4.グループ会社の採用。
小さく完結した仕事だったのが良かった。片岡さんと少しだけど話していたことも良かった。片岡さんの採用の判断軸がわかってきて、何となくなるほどとなる

 5.ある事業の撤退をやった。

グループ会社の採用の後に、撤退する事業の最後のところをやった。これは事業部側の仕事を体験できるということと、プロジェクトの終わりでどうなるのかがわかって良かった。事業部長と話せたのが良かった。

6.内部監査を始めると同時にオフィス移転を手伝った。
これが本当に大変だったのですが、総務的な業務がわかってきて良かった

プラクティスになる仕事のサイズ感があって、これを自分の状況に応じて選択できるようにする(新人でも本人が嫌なら断れる)のが良い気がします。


柴田・神谷コメント

柴田:これを見ると結構いい大きさのやつを難易度バラバラで依頼してるから、いろいろ考えていたのかもしれない。

神谷:ものによっては難易度が……新人にやらせる仕事ではないですね。でも、各業務でそれぞれの分野のキーパーソンとしっかり繋がっている。まさに、ゲートキーパー的な仕事の振り方なんだなと思う。

柴田:量もそうかもしれないけど、ポイントは、もう人事と関係ないってことですかね。事業の撤退のところとかやってるし。4番以外人事じゃない。でも余り気にしてなかった。氏原さんは「無茶ぶり」が得意ということで。

神谷:本当に得意で良かったですね。これをちゃんと受けているんだから、なかなかな「未経験者」じゃないですか。研修とか採用広報はスルーしていますが。

柴田:依頼されてやらないこともあったようだけど、特に問題ないです。今はできるイメージがないということもあるし、そこの判断はある程度任せた。

神谷:氏原さんの言っていた、タスク(リストから選べる余地のある業務)であって、ミッション(達成必須の業務)ではないということですかね。本人の志向を踏まえてプラクティスの内容を選ばせていたっていう。なんだかんだで、「未経験者」の持っているポテンシャルを充分に発揮できる環境、且つ社内のキーパーソンとつながる環境をアサインしてたのかな、結果的に。

柴田:氏原さんの場合は、研修等「いますぐ絶対やりたいこと」ではなかったので、「そのままやらないのもOK」と判断したのかな。グループ会社の採用等ができないとなったら、私が別の人をアサインしたのかもしれない。結局、本人の要望に合わせてたってことか。

今回は以上です。実践と解説形式のブログ記事は、いくつか今後も書いてみます。

今後の予定は
・評価報酬制度を試行錯誤した8年間のあれこれ
・人事部の仕事の引き継ぎ時に試行錯誤しているあれこれ
です。

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