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ミドリカフェ物語

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これは2005年から2015年まで、神戸の岡本という小さな街で営業していた、あるカフェの物語。 その物語を、店主だった僕の目線で語るとしよう。
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#5 旅路の果てに



そこは、まるで夢のような光景だった。
透き通るような碧い海が一面に広がって、水平線の彼方に白い波が浮き立っているのが見える。
空は海より濃い青で、突然視界の中を一羽の鳥が音も立てずに右から左に遮っていく。
周りには僕と奥さん以外、誰も居ない。
しばらくして、近所のおっちゃんが頼んでおいたビールを持って走って来た。
僕たちが海の家(といっても簡易テント一つあるだけ)で暇そうにしていたおっちゃんに

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#4 右肩上がりすぎて

「あおゆず」を通して出来た農家さんのつながりや、亞紀さんのような東洋医学や漢方などの考えに触れたことによって、ミドリカフェの飲食メニューは、徐々にグレードが高まっていった。
旬のものを食べる大切さや薬味の意味、食べ合わせの理由など、日本の家庭料理である和食は、実は「薬膳」そのものだという理論に、奥さんは深く納得したらしく、メニュー・コンセプトも和食中心で旬の食材を売りにすることになった。
当時、若

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#3 常連さん誕生。

オープンから半年の間、正スタッフの「ほっしゃん」を軸に、なんとかお店を回していた。仕込みから開店準備、閉店から後片付けのパターンも決まりつつあって、それなりにオペーレーションは出来ていたような気がする。ただそれは、お客さんがそれほど定着しておらず、常に満席という状態でもなかったので、結構時間に余裕があったからだ。
常連さんと言える人もちらほらいたけれど、当時は会話もそんなに弾まなかった。あったとし

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#2 毎朝攣る足。

「ミドリカフェ」という屋号は、企画を始めてかなり早い段階で決まっていた。

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#1 怖いもの知らず。

#1 怖いもの知らず。

「本当に、カフェ、やるんですよね?」
そう言われた日の光景を、15年経った今でも鮮明に覚えている。
当初のカフェ開業計画に携わってくれた、元スタッフの子の言葉だ。
あれは確か春ぐらいの季節で、カフェの企画書を持ってオーナーさんにプレゼンしに行く途中の、日差しが眩しく照り返す歩道橋の上だった。

その投げかけは、僕の覚悟を確認するものだった。

思い返せば全ての始まりは会社員時代に提案した、とある案

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エピローグ

今から15年前の朝、僕たちは慌ただしく家を出た。

持っていくべき荷物の確認もろくにせず、やり残した感でいっぱいの心を抱えながら。

緊張と期待、プレッシャーとワクワク、そして何より大事な大事な日の朝に限って寝坊してしまったという罪悪感と自己嫌悪とが、何だか全部一緒になってしまっている。

あれもこれも、まだ準備が出来ていない。
なんてことだ。開店まであと1時間も切っている。
店長のくせに、

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