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そこにあるガイア~偶像の構造色~ 2



「さぁ、今日はがんばろう」

「今日も、でしょ?」

「…確かに。今日もがんばろう!」

「…うん。大丈夫だよね。」


二年前、父に反発し家を飛び出した青年は、大都市の片隅で「新矢(にいや)いぶき」としてアイドル活動をしていた。「いぶき」は整形などではなく、そのメイクや徹底した立ち居振る舞いから一見女性と認識されはするが、自身が男性である事を公表している。

男性でありながら女性アイドル。そんなアイドルを拒絶、嫌悪するならまだ良い。少なくともそれは見られている、と言う事だからだ。もっとそれ以前、誰にも見向きもされない、批判の的にすらならない駆け出しの頃に出会ったヒメコとアニャンゴ。同じく地下アイドル活動をしていた彼女らとの出会いが、「アイドルに憧れる青年」を「アイドル・新矢いぶき」にした。

いぶき、ヒメコ、アニャンゴは、三人組のユニット「掛橋少女(ブリッジガールズ)」として活動をスタートした。三人は、ひたむきで、真っ直ぐで、妥協を許さないライブパフォーマンスと、誠実で真摯なファン対応で少しずつ、だが確実に地下アイドルとしての認知度を上げていった。

今日はいつもライブを行っている事務所の劇場ではなく、多数のグループが出演するインディーズアイドルフェスのステージだ。ここで多くの人に掛橋少女を知って貰えば、武道館への夢は大きく前進することになる。

出番直前、ステージ裏で二人に檄を飛ばすつもりのいぶきだったが、大事なステージだから「今日はがんばる」のではなく、大事なステージだけれど「今日もいつもと同じように楽しくやる」。そんな気持ちを思い起こさせてくれたヒメコの言葉に笑みがこぼれ、不思議と緊張が和らいでいた。ヒメコといぶきの遣り取りに、控えめな性格だが努力家のアニャンゴも続いた。やれる。自分たちはきっとやれる。そう確信して三人はステージへと向かった。




「おつかれー!」

「いやー!やれたね!ウチら!」

「うん!お客さんにもすごく助けられたね…! 楽しかった!」


大舞台でのパフォーマンスを終え楽屋に戻って来た三人の顔には、確かな手応えを得て溢れ出る自信があった。結果は上々。多くのファンにその存在を認知して貰えたばかりか、現在までの出演者の中では一、二を争う盛り上がりと言って良いほど、会場を沸き立たせたのだった。

これだ。これこそ自分が望んでいたアイドルと言うものなのだと、青年は最高の充実感を味わっていた。
今日の自分たちの出番はこれで終わり。あとは定められた時間内に楽屋を出さえすればその後の行動は、残って他のアイドルを観て行くも良し、帰って身体を休めるも良しだ。


「アーニャ、こんな日まで情報収集~?」

「うん。今日はまだ目を通してないから気になっちゃって…」

「アーニャはホント、勉強熱心だよな。ホント関心するよ」


メンバーの一人、アニャンゴは、ファンや自分達周りの動向だけを見ていては成長はないと考えていた。その為、日々ニュースサイトから新聞、週刊誌に複数目を通し、アイドル以外の業界の情報、時事ネタ収集に勤しんでいた。それは今日と言う大舞台の後でも変わらない。

そんなアニャンゴが読んでいる週刊誌を、半裸に近い状態でヒメコが着替えながら覗き込む。その場にはいぶきも居る。だがそれを気にする者は誰も居ない。
楽屋が違ってしまえば壁を隔てた物理的な距離が出来る。物理的な距離は精神的な距離を生む。それではチームに一体感が生まれない。だからユニット結成時、「楽屋は三人一緒」と事務所と話して決めた。

だからヒメコが着替え始めても動じる事のない「いぶき」もまた、我関せず着替え始める。衣装を脱いで露わになる「いぶき」の肉体は男そのものだ。だがヒメコの方もそれにお構いなしで、アニャンゴの背中にもたれかかって週刊誌を覗き込んでいる。


「ねー、アーニャ。何そのページ。真っ黒………印刷ミス?」

「ああ、これはね―――」

「失礼します!ウチら、この後出演する『レインボートレイン』なんですけど、さっきのステージサイコーでしたね…って、おわっ?着替え中?!」

「きゃっ?!」

「ぬわっ、びっくりしたー……って、なんでアーニャが一番ビックリしてんの。悲鳴上げたいのはアタシだっつーの。上裸なんですけどアタシ。……って言うか、レインのサキだし!うわ!初めて近くで見た!……かーっ!!顔小っさ~!!脚長っがー!肌キレー!」


突然、威勢の良い声と共に楽屋の扉が開く。そこに居たのはアイドルユニット『レインボートレイン』のメンバー、サキだった。レインボートレインは、メジャーデビュー目前と称される、今最も勢いのある地下アイドルのひとつだ。今回のフェスも、レインボートレイン目当てのファンが大半を占めている。

そんなレインボートレインで不動のセンターを務めるサキが突然楽屋に訪れたのだから、着替えを覗かれていないアニャンゴですら驚いたのは当然だった。いぶきに至っては言葉も出せないくらい、有名人のサキの登場に固まっていた。

そして、その場の四人の内の誰かが二の句を継ぐよりも先に、新たにやって来るもう一人の影。その影は、全力で走って来るなりサキの頭をしたたかに叩いた。


「くぉらー!だからアンタは人様の楽屋に入る時はノックしろっつってんでしょーが!」

「あいたー?!ちょっとミヨちん、痛いってばー!」

「うるさい黙れこのムード兼トラブルメーカー!!――――すいません、ウチのサキがとんだご迷惑を……って、えっ!?男っ?!男が楽屋に……!!どうしてっ!警備員―――――」

「あ!いや、違うんです俺は…っ!!」


多数のグループが出場するフェス。その出演メンバー全員が全員、互いの事を隅から隅まで知っている訳ではない。普通に考えれば、着替え中のアイドルの楽屋に男が居ると言う状況を異常と感じて警備員を呼ぶのは正常な反応だ。だがそれをすぐさま止めたのは、他ならぬサキだった。


「ちょっとミヨちん。この人はアイドルなの、アイドル。男の子だけどウチらと同じ美少女アイドルになりたい新矢いぶきちゃん。知らないの?この三人はねー、人種も、性別も、夢を叶えるには何も関係なんだって言う、皆の固定観念を取っ払ってくれる夢の架け橋、掛橋少女(ブリッジガールズ)なんだよ。この三人は昔っからずっと楽屋一緒なんだから。問題ないの」

「あ……それは……あの、すみませんでした…」


カリスマ性を持つアイドルでありながら、自身もまた重度のアイドルヲタクであるサキは、掛橋少女の事も当然のように知っていた。その事情を聞いて頭を下げるミヨはレインボートレインのリーダーを務めている。カリスマグループのセンターに自分たちを認知して貰っており、かつそのリーダーに頭を下げられていると言う状況に、いぶきは目まいを覚えかけた。


「…い、いえ全然!こちらこそ、自分が男だって事は、ちゃんと事前に皆さんにお知らせしておくべきでした。こちらのミスです。すみません」


共に頭を下げ合ういぶきとミヨを、腕組みしながら満足げに眺め頷くサキ。その後頭部を押さえつけ、頭を下げさせようとするのはミヨだった。


「おいコラ…サキ。誰のせいでこんな事態になったと思ってんだ…あぁん?アンタが最初っからちゃんとノックしてればこんな事には…」

「わかったってば、もう!――――ブリガの皆さん、着替え覗いちゃってごめんなさい!でも私、ホントに今日のブリガのライブは最高だって思ったんですよ!だからもし良かったら今度ツーマンしませんか?」

「え?!」

「ちょ……ウチらがレインとツーマン?」

「うそ…っ」


アイドルヲタクのサキは必ずと言って良い程、ツーマンライブを申し込んだ相手の好さを、当日ステージ上で十二分に引き出す演出をしてくれる。故にレインボートレインとツーマンライブを行ったグループはその後、認知度が急上昇し頭角を現して行く。ましてやメジャーデビュー目前のレインボートレインともなれば、その影響力は計り知れない。これは掛橋少女にとって、大きなチャンスだった。

突然転がり込んで来たそんな好機を前に唖然としてしまった三人だったが、互いを見つめ合い無言で頷く。返事は、決まっていた。






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