虎
数か月前、東京板橋で開催された、とある起業セミナーに参加してきた。
登壇していたのは、40代前半の物腰柔らかい女性だった。
挨拶で、女性は自分の名を「虎」と名乗った。
セミナーの序盤はジョークを交えながらの、ご自身の失敗談だったり、経営を行う上での心得などを、ホワイトボードに書きながらお話しして頂いた。
中盤、「虎」が「マインド」について語り出した頃から、会場の熱気はボルテージが上がり始め、前のめりに聴き入る受講生が目に付くようになった。ざっと全体で30名弱の受講生のうち、ほとんどの受講生が真剣な面持ちで「虎」の話を聴いていた。
終盤、彼女は「一緒に企業をデカくする仲間を欲している」とおっしゃった。
受講生にアンケート用紙が配られ、セミナー後の面談に参加する意思があるかを問われ、僕は「参加」に丸をつけた。
90分の休憩を挟み、面談が始まった。
受講生のうち25人ほどが面談の列(廊下のパイプ椅子)に並んでいた。
僕は面白半分に「なるようになる」と考えていた。
僕の番が来た。
面談の部屋に通されると、長テーブル越しの正面に「虎」と、その左右に男性が二人座っていた。
僕がパイプ椅子に座ると、向かって左のメガネの男性が質問してきた。
「あなたは、どんなことができますか?」
僕は正直に答えた。「くまのプーさん」が絶対に言わない一言を言えます。と。
メガネ男性「やってみて下さい」
僕「……あつあつのはちみつ、おへそにかけたいな」
現場が凍った。
虎が僕を睨んでいた。
その後もいくつか質問を浴びせられたが、最初のスベりで完全に頭が真っ白になり、何を訊かれたか、何をしゃべったか全く覚えていない。
最後の質問で僕は「アルマジロを焼いて喰う民族が、つい最近絶滅しました」と答えたことだけは覚えている。
数日後、「虎」からメールが届いた。
「合格」の知らせだった。
こうして僕は「虎」のプロジェクトに参画することとなった。
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