【体罰問題】暴力の違いを知ろう。武道してきた人ならわかるはず。

こんにちは!カワセミオロロです。
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今回の記事は、緊急で投稿。
よさまつさんのツイートより、記事にしてみるか…といった経緯です。
難しい問題ではないんですよね。体罰って。
そう思った理由も含めコラムにしました!

なくならない体罰

えーーーっと。私は先生だろうと上司だろうと、子どもであろうと、親であろうとです。暴力をこのように使う人を擁護することはしない。ですが、先生いる環境を作った学校の体制に対しては、口を出したくなりますね。

進学!名門校!なら、話は知りませんが。通信制でも充分やってける。先生も週2日生徒の顔を見るだけ。部活もない。

個人的に公立の通信制が少ないと思うので、そこらへん通学制から通信制に移行していけばいいのではと思う。

労働環境問題は、福祉の世界も「ヤバい」ところ多いので、そこはこの仕組みを作って運営している上層の人が変わっていくしかない。

労働環境えっぐいのに、よく考えて給与明細みたら最低賃金、残業いれたら最低賃金切ってるかもな給与でも。特殊な専門職についてるとセカンドキャリアが不安だったり、社畜状態で思考停止。

そんな状況を平気で何年も運営してる、仕組みを回してる上層の人たち相当ヤバいでしょ。

画期的な変貌を期待せずに、この環境から出ていくことをおすすめします。あくまでも、環境においてはこのように擁護はできます。

けれど、体罰は別。
今の大人も子どもも。暴力というものを知らなさすぎている。

私は7~8年ほど武道をしていました。今は、稽古をしている身ではないけれど、品格ある師範の教えを大切にしてます。

武道をしていても、品格のない人に教えられたら、間違った使い方するでしょう。教えるということは、めちゃめちゃ難しい。だから、品格ある師範の元で稽古をできた私は恵まれてると思う。

大人でも子供でも、教師でも上司でも。

暴力にもなる「力」の使い方を知らずに、怖さも知らずに、違いも知らずに生きることは危険。武道は、使い方も怖さも違いも教えてくれます。しっかりした師範ならば。

体罰がおかしい。そして、難しい問題ではない。
体罰しなければいい。それだけです。それだけのこと。

手を出す、殴る、叩く、蹴り上げる。箒を振り回す。傘を振り回す。それらが、どれだけ危険が知らなさすぎる。知っていれば、手を不要に上げない。

見せつけの暴力、傷つける暴力がどれほど下品か。恥ずかしいことか知らなさすぎる。知らないから、平気で力を振りかざす。

力は自分や、大切な人を守る為にある。
守るために鍛錬する。試合で勝つために鍛える。

武術は危険だ。暴力的な部活。そう言われることもあった。教える顧問の質が悪けりゃ、危ない部活動にすぎない。

「剣は心なり」

剣道は侍魂や武士道の類。
剣を振りかざす相手を間違ってはいけない。試合や稽古以外で不要に使うものではないことを学ぶ。

その箒1つが、その傘1つが、竹刀に変われば力になることを知っている。無防備な状態で、つきから少しずらしてつけば失明する。胴回りを当てれば、臓器は破裂する。小手に振り下ろせば、骨は折れる。

武道は同志と共に切磋琢磨すること。己の鍛錬を同志と共に磨く。魂を磨くをいう人もいる。修行のようなものと話す人もいる。弱い自分を変える為、そんな人も。
試合や稽古以外で、力をつかわないことはここにある。

時に剣道は、竹刀を振り回すものと思われるけれど。どれだけ上手に竹刀を扱えるかよりも、1番鍛え抜かれる場所は「眼」
単に、動体視力が鍛えられるだけでなく、相手の次の一手を眼から読み取るよう教えらえる。

たまに鋭い眼を見せる人が身近にいるなら、その人は剣道をしてきた人かもしれない。

「力を持つものとしての品格を持つこと」

力の使い方を間違ってはいけない。体罰は下品な暴力だ。あってはいけない。

教育の現場でも、福祉の現場でも。ご家族様からお命を預かっている場所で体罰が起きる。相当やばい。普通の会社でも暴力はいけない。どちらも犯罪。

手を出してしまいそうなら、もうその場から離れてしまうほうがいい。もし「自分は悪くないのに」いつも地味な嫌がらせを受けるし、ストレスたまるような言い訳ばっかり、だから手を出してしまっても「正当な理由がある」なんて思うなら。自分の立場をもう一度考えてみてほしい。

お命をお預かりしている場所は「あなたが」勉強して資格も取って選んできた所。手を出す前なら、まだ「あなたが」選びなおせる。

あとがき

剣道をしていて、暴力の違いを知ることができた私は恵まれてる。眼を鍛えることができて良かったとも思う。これからも、品格を持って生きる。

力は使い方を間違うと、無防備な目の前の人間を、ぶっ倒して大けがさせたり、死なせてしまう可能性も持つ。虐待で命を落としてしまう子どもがあとを絶たない。いじめで…も。

力は守る為にあるものだから。生きる為にある。死なない為にある。己を誰かを生かす為にある。
無防備な誰かを傷つけたり、不必要に苦しめたりする力は、これからの時代無くなっていかなくてはいけない。

また、言葉の暴力も。言葉の暴力なんて大したことない。なんて時代は遅れてます。科学的に、明確に脳へ影響がだんだん判明しているから。

心なんて想像しにくい場所ではなく、科学的に、物理的に確かにそのに存在している脳に悪影響する。

もっと科学的に様々なことが証明される日を望みます。

読者の皆様へ

最後までお付き合いありがとうございます。
貴重なお時間ありがとうございました!
カワセミオロロ









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