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皆さんに会いに来ています~体調悪くして考えたこと~

 久しぶりの「note開けたくない病」にかかっておりました。たった一日とか二日だけど。
 さらにその前後に「書きたくない病」にかかります。厳密に言えば「載せたくない病」。
 時々なる。
 
 note開けて皆さんのを読みに行けるようになって、コメントを書き込むようになってきても、長いものがまだしばらく読めない。短くても心揺さぶられると頑張って読み切る時もあったり、諦めてしまう時もあり、まだまだムラがある。

 今回は、それにプラスで降りかかってきたのが、いつものごとくメニエール。
 そして久しぶりにギックリ腰をやってしまった。

 
 初めてのギックリ腰は20歳頃。
 
 ーなどと書き始めて、「おや」と気が付いた。確かこの内容、以前に書いたぞ。ヘッダーの画もどんなものを選んだか思い出したぞ。探してみた。

 読み返してみたら、「雪かきでギックリ腰になるところだったよ、危なかったわ~。」
 って内容だった。

 今回は何の前触れもなかった。

 起きたらなっていた。

 寝ている間、ではないと思う。
 前日、変な姿勢で座り続けてしまった。とか、夜に夫と行ったバーが寒かった。とか。うっすら心当たりがある。
 若いマスターと夫がビール談義で盛り上がるのを「ほー!」「へー!」と聞いていた。さ、さむいな……とちょっと思っていたけど、オシャレがしたいがために、薄着で出かけた自分の責任。そう思ってつい我慢してしまった。帰りのタクシーで夫が「寒かったよねえ??」と言ってきた。「お兄さん、若いしカウンター内は暖かいのかなと思って何となく言わなかったんだ。言えば良かった」と言っていた。あんまり「遠慮」とか自分の中にない夫なので、ひたすら「ただ何となく」言わなかっただけなのだろう。私は遠慮のカタマリなのと、更年期で自分の感覚を信用できないのと、あと自業自得みたいな気持ちがあったから何も言わなかった。

 「ああ……言えば良かった。」

 二人して後悔しながら帰宅。酔っぱらっていたから、身体に負担がかかっていたのもよくわかっていなかったのかもしれない。
 とにかく目がさめたら「うーん腰に違和感」。

 でも信じていなかった。ギックリ腰には厳禁のストレッチをし、グリグリと押し、ひねり。悪化の一途をたどった。
 「ギックリ腰じゃないの?」と言う夫に「いやそんなはずはない!」と主張を続けたが、夜には料理中に何かを切るだけで力の入った腰が痛む。

 「やっぱりギックリ腰じゃない?」と言う夫。
 そうかもしれんが納得できん。
 と思っていたら、「お母さんが不満顔をしているよ!」と、夫は息子に同意を求めている。

 むむぅ。

 認めたくないけどギックリ腰なのだろう。(もしギックリ腰じゃなく、他の症状なら、1週間後くらいに病院に行かなければならない。)

 氷で冷やすのもシャクにさわり(本当は手遅れだと思った)、冷シップを貼って寝た。

 とりあえず翌日、カットの予約を入れていたので運転したけど、右折左折ごとに痛くて「あうぅ……」「んあーー」とか声が出る。唸りながら美容院に着いて、事情を説明し、洗髪の時に気を配っていただいた。起き上がってから自分の席まで歩こうとすると、若いお兄ちゃんが支えようとしてくれる。「ああもうおばあちゃんみたいだよ」と嘆き笑われながら、よろよろと席につく。
 おばあちゃんはおばあちゃんらしく、自分より10歳以上も若い美容師さんたちと健康談義で盛り上がってしまった。数十年早い気がする。

 帰宅後、「何でこんなんなっちゃったかなあ」と思いを巡らせていた。
 ギックリ腰は疲れている時になるものだ。


 疲れていたかなあ……。


 確かにここ数週間、夜あまり眠れなかった。でもそれもこれもnoteを始めとした人間関係について考えていたからだ。人のせいにしてみる。
 でも本当にそう。思い悩んでいたわけじゃないけれど、強く考えるところがあった。答えが出ないからついつい考え過ぎて、なんだか眠れなくなってしまった。
 答えはいまだ出ていないけど、いったん深く考えるのはやめた。

 ギックリ腰のひどい時に、テレビを観ていて、いよいよ自律神経失調の症状が出てしまったのだ。

 身体だけでなく心が疲れているとなる。気候や気圧の変化の激しさについていけなくても起きる症状。身体の奥がむずがゆくなる。テレビでただ喋っている人たちの、現場での気遣いとか、空気を読む感じがすごく伝わってしまって、背中の奥からぐぐぐと気持ちの悪い症状が出てしまう。ひどい時は新聞などのインタビュー記事でさえ、人の心遣いを感じてしまって、この症状は出る。
 リラックスしつつの、気遣いなどの緊張感を、同時に感じると出てくる症状なのだ。多分大勢でいるのが苦手なのはHSP(highly sensitive person)だけでなく、プラスここからも来ている。どなたか似た症状の方はおられないだろうか。あまり聞かないのだ。おばとか、内科の先生が「そう言ってた患者さんがこの前いらした」とかくらい。

 はあー。気持ち悪い……。

 久しぶりに起きた症状に、そう思ってから、「とにかく休もう」と心掛けている。これが出ると、少し頑張れても休んだ方が良い時だ。
 
 ただnoteには時々顔を出せるようになった。


 私にとって、noteは、皆さんと会う場所だと最近感じている。だから会いに来ない人を思って寂しくなるのだ。寂しい。そう、来なくなった人を思って、寂しい!! ちょっとしつこく書いてみた。

 「書くのが好きだから書いているだけ」と書きながら、皆さんと会うのを楽しみにしている。

 一緒にフザけたい。
 笑いたい。
 感情を分かち合って、泣いたり喜んだりしたい。
 自分の好きな人たちが好きなこと書いて、その人の生活や背景、考えていることがわかると嬉しくなる。私の文章に反応して私を少しでも知ってくれると嬉しくなる。

 だから「ゆっくり休めば良いんだよ」と言われると、それもまた寂しい。だって私は書きたいのは変わらずなのだ。そして皆さんと会いたいのだ! 

 「note開けたくない病」はつまり、つながり続けているのに疲れた時だ。時々休んで、また会いに来る。変わらないでいる皆さんに嬉しくなるけど、来なくなっている人がいると気付くと、立ち直れなくなりそうに寂しい。書いて載せ続けている時もそう。数週間どころではない、「あの人来ないな」を思いながら載せるのは、底なしに暗くなりそうなくらい寂しい。

 またいつかそんな内容については書きたいと思っているけど。そんな風にして我が身を少し振り返ってみたここ一週間だった。

#エッセイ #体調 #ギックリ腰 #自律神経失調 #note #会いたい  


読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。