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デトロイト・ジャズとは?

Text by 常盤武彦

 ジャズ・ミュージシャンは、地縁的繋がりで深く結ばれている。1940年代から60年代半ばには、全米各地のアフリカ系住民のゲットーには、ジャズ・クラブとオルガン・クラブが必ずあり、ニューヨークのミュージシャンは、車に楽器を積み込み、その街から街へツアーをめぐっていた。そしてアフターアワー・セッションでいいプレイをする地元のプレイヤーをニューヨークへ誘うと、彼らが同郷の先輩を頼ってニューヨークに出てくるということによって、地縁的な繋がりが生まれる。1950年代や60年代のレコーディング・メンバーやグループを見ると、同郷者が共演しているケースが多く見受けられる。シカゴ、ロサンジェルス、ニューヨークから近いフィラデルフィア、ボストン、ニューオリンズなどが多くの優れたジャズ・アーティストを輩出してきた。アフリカ系の人口が80%を占めるデトロイトも、ジャズの重要な拠点の一つである。

 デトロイト川を挟んで、カナダと隣接するデトロイトは、南北戦争以前には、Underground Railroad(奴隷の秘密の逃走経路)の終点で、南部から脱走してきたアフリカ系奴隷が、奴隷制を撤廃したカナダへ渡る最後の拠点だった。20世紀の自動車産業が勃興してからは、そのカナダへ逃れた奴隷の末裔が労働力として戻ってきて、また南部からも新たな移住が始まり、現在もアフリカ系の層が厚い人口構造が背景にある。ハンク(p)、サド(tp)、エルヴィン(ds)のジョーンズ三兄弟を筆頭にポール・チェンバース(b)、ロン・カーター(b)、トミー・フラナガン(p)、バリー・ハリス(p)、ローランド・ハナ(p)、ジョー・ヘンダーソン(ts)、ドナルド・バード(tp)、マーカス・ベルグレイヴ(tp)、シーラ・ジョーダン(vo)、ディーディー・ブリッジウォーター(vo)、世代が下がっては、ジェリ・アレン(p)、ケニー・ギャレット(as)、カリーム・リギンズ(ds)といった錚々たるアーティストを生み出している。またこのデトロイト・ジャズの伝統を継いでいるのは、高校レベルからの充実したジャズ教育システムにある。バリー・ハリスはかつてデトロイトで教育者として活躍していたが、30歳を過ぎた頃、同郷の先輩のトミー・フラナガンを頼ってニューヨークへと進出した。ハリスは、ニューヨークでもピアニストとして活躍しながら、終生をビバップの教育に捧げた。現在は、1980年代にニューヨークで活躍したロバート・ハースト(b)や、ロドニー・ウィティカー(b)らが帰郷し、デトロイトの大学で教鞭をとり後進の指導に当たっている。今回来日するクリス・コリンズ(sax,cl)はデトロイトのジャズ教育を代表する大学、ウェイン州立大のジャズ科の主任教授を務め、ショーン・ドビンズ(ds)も、演奏とともに教育活動にも力を注いでいる。トレヴァー・ラム(b)は、コリンズの薫陶を受け、昨年ウェイン州立大学を卒業した、デトロイト・ジャズの新世代である。

クリス・コリンズ(デトロイト・ジャズ・フェスティバル芸術監督)

 モータウン・レコードを興したベリー・コーディ・Jr.は、若き日、プロ・ボクサー、ジャズ・ピアニスト、ジャズ・レコード店店主、そしてR&Bの作曲家と変遷をたどり、モータウンで大きな成功を掴む。そのレコーディングのバック・サウンドは、デトロイトのジャズ・ミュージシャンたちが、中心を担った。アフリカ系だけでなく、より多くの人種に受け入れられる洗練されたモータウン・サウンドにも、デトロイト・ジャズの伝統が見出せる。デトロイトのアフリカ系ゲットーの教会の説教師の娘に生まれ、ソウル・ミュージックの女王に君臨したアレサ・フランクリンも、同様である。そして現在は、ヒップホップ、テクノとあらゆる音楽が、デトロイトから生み出されている。

デトロイトの中心市街地


 自動車産業の斜陽化で、衰退し始めたデトロイトを復興させるデトロイト・ルネッサンス計画の一環として、デトロイト・ジャズ・フェスティヴァルは1980年に始まった。無料で開放されたジャズ・コンサートは、当時の人々の心に希望を与える光となったという。

デトロイト・ジャズ・フェスティヴァルは、2022年には3年ぶりの有観客開催で第43回を迎えた。アーティスト・イン・レジデンスというシステムを採用しており、デトロイトもしくは、デトロイト以外の出身のアーティストがフェスティヴァル期間中の4日間、オープニングとクロージング、そしてもう1日、異なった編成のグループで登場し、その音楽の魅力を余すところなく披露する。本年は、キューバの至宝、チューチョ・ヴァルデス(p)が務めた。このフェスティヴァルは、9月の第一週の週末の4日間だけでなく、年間を通して、アーティスト・イン・レジデンスや、一部の参加アーティストが、デトロイトで、クラブ・ギグ、学生を対象としたクリニックや、ディスカッションを行い、デトロイト・ジャズのさらなる活性化を図っている。フェスティヴァルには、国際的に知られたアーティスト、デトロイトのローカル・シーンで活躍するアーティスト、学生らも参加する。2012年にクリス・コリンズが、芸術監督、そしてのちに代表に就任してからは、大きくメイン・ストリーム・ジャズへシフトした。現在は50を超えるグループが4つのステージで、熱演を繰り広げ、30万人を超える観客を集め、全世界へ向けてライヴ・ストリーミングを発信している。世界で最大の、無料で提供されるジャズ・フェスティヴァルである。

デトロイト・ジャズの観覧は基本的に「無料」。毎年30万人が訪れる。(photo by Tak Tokiwa) 

ジャズの伝統に、R&Bのソウルフルなテイストをブレンドし洗練されたデトロイト・ジャズにふれる今回のクリニックに参加し、アメリカのジャズ・カルチャーの奥深さを体感していただきたい。

 

昭和音楽大学 公開講座のご案内(観覧無料)

デトロイト・ジャズ・フェスティバル&かわさきジャズ 交流事業

・日時 2022年10月7日(金) 18時30分~20時00分(18時15分開場)
・会場 昭和音楽大学南校舎 スタジオ・ブリオ
   (小田急線新百合ヶ丘駅徒歩4分)
・参加費 無料
・コーディネーター 常盤武彦

・内容
デトロイト・ジャズメンバーによるジャズコース学生へのマスタークラス
デトロイト・ジャズメンバーと昭和音楽大学講師陣によるセッション

・来日メンバー
クリス・コリンズ(sax、デトロイト・ジャズ芸術監督)
ショーン・ドビンズ(drs)
トレヴァー・ラム(bass)

一般聴講お申し込み方法
下記フォーム、もしくはファックスでお申し込みください(先着40名)
https://kawasakidetroit.peatix.com