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【第51話】Our Turning Point!  『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***

フィジーは素敵な国だった。中国系の移民とインド系の移民が多い。

そのため、多くの飲食店も中華料理やカレーのような食べ物を出してくれる。
僕たちは、カレー料理や本格中華を味わうことができた。

何よりも綺麗なビーチ。シュノーケリングを愉しみ、落ちているヤシの実を割り、天然のココナッツジュースで喉を潤す。

まさに楽園だ。現地の人も優しかった。有名なカバの儀式も体験できた。

また、フィジーに滞在中、サイクロン(この地域の台風の名称)をやり過ごすことができたのは、幸いだった。

歯医者で、折れた前歯を応急処置した。

15日ほど滞在したが、僕たちは次の目的地、ニューカレドニアに向かった。

この頃になると、日本に向かって帰っている実感が少しづつ湧いてきていた。

天国に一番近い島、ニューカレドニア。ここでも、日系人の方々の歓迎会を受けた。
いったい、この旅の過程で、どれほどの歓迎を受けただろう。

人間の暖かさ、優しさ、心配りや感謝の気持ち…。僕は様々な学びを通じて、成長している気がする。

僕は、ニューカレドニアとバヌアツを後にした海の上で舵輪を握りながら、太平洋周航の旅で出会った人たちや、出来事などを回想していた。

全ては必然の上で成り立っている。この旅で確立した、僕の大きな価値観である。その必然は、熱い想いや不屈の努力によってもたらされる。

様々な偶然と幸運を経て、今南太平洋上にいる。日本に舳先を向けたホライズン号の上で、舵輪を握っている。奇跡だ。

そして、この旅の最大の奇跡を体験することになることを、この時は想像すらしていなかった。

次の寄港予定地は、グアムだ。

バヌアツのポートビラを出港して、3日ほど経った。
いまだに空は曇り空だ。そのため、天測が出来ない。

それでも視界はよく、昼間は遠くがよく見える。航海上の心配はない。

夜になった。上空は雲に覆われているのだろう。闇夜だ。星も月も全く見えない。

僕はワッチ(当直)を翔一と交代してバース(寝台)に横になった。
ホライズン号の船位は定かではない。そのため、夜はなかなか安心して眠れないのだ。

それでも、僕はいつしか眠りに落ちてしまっていた。

河合百合子の夢を見た。一緒にヨットに乗っている。どうやら高砂の海だ。
だがなぜか、乗っているヨットはドルフィン号なのだ。

ドルフィン号は、凪の中を静かに進む。僕は、気持ちよくセーリングしながらドルフィン号を操っている。

百合子は、クローシェハットを手で押さえながら、時々僕に微笑みかける。

水色のワンピースが、とてもよく似合っている。そうだ、あの時初めて百合子をヨットに乗せた時と同じ服だ。とても綺麗で可愛らしい。

「安藤くん。気をつけて操船してね。」百合子はそう言って、笑いかけてくれた。

どのくらい時間が過ぎただろう。

「ヒデ―!ヒデー!」

遠くで呼ぶ声が聞こえる。夢の中ではない。
僕はまどろみの中で、「誰かが呼んでいるな…」くらいの意識しかなかった。

次第に大きくなる声!「ヒデキ!来てくれ!」

はっきりと、翔一が僕を呼んでいることが分かった。
僕はサッと起きて、ハッチからデッキに出た。

同時に翔一が叫ぶ。断末魔のような声だ。「島だ!島にぶつかる!」

僕はとっさにホライズン号の正面を見た。月の光に照らされた島陰が、目の前に迫っている!

驚いている暇はなかった!
「タッキング(船首を転換させ風上に向けること)するぞ!」言葉と同時に僕は、ジブセールを反対側に張り出し、ジブシートを掴んだ。

引き込みと同時に叫ぶ。「いいぞ!」

すかさず翔一が、大きく取り舵を切った。ザザザザーッ!

ホライズン号は右に大きく傾き、120度ほど回頭した。

僕は、つい先ほどまでホライズン号が向かっていた方向を、振り返った。

島の外側を巡っている環礁の浅瀬だろう。怖いほど大きな波が崩れて白波が立ち、激しく泡立っている。

ゴゴゴゴゴゴ…なんとも言えない、不気味な音がこだましている。
ほんの数十メートル先だ。

「こんな…こんなギリギリでタッキングしたのか…。」冷や汗が止まらない。

僕はしばらく呆然と、その白波を見つめていた。信じられない。

不思議なことに、先ほどまで暫くぶりに雲から出ていた月が、厚い雲に隠れている。

そして辺りは闇夜に戻っている。島陰が全く見えなくなっているのだ。

「なんということだ…。」心から絞り出すように出た言葉だ。

翔一を見ると、ずっと後方を見つめている。わずかに震える足。
瞬間マックスに達した恐怖心が、まだ余韻として離れないようだ。

キャビンで眠っていたはずのトニーが上がってきて、
「I can't believe. I can't believe. I can't believe.…。」何度も何度も呟いていた。

今起こったことが、とてつもなく危険なことを回避出来たと理解するまで、長い時間は必要なかった。

あと数秒遅かったら…。ホライズン号は、あの環礁の白波にもみくちゃにされていたはずだ。
暗礁の中で船は傷付き、浸水し、僕たちは暗い海に投げだされて…どうなっていたか分からない。

翔一の話はこうだった。

暫く船の外で見張っていたが、闇夜だが航行に問題ないと判断し、キャビンに入り読書をし始めた。

ふと、セール(帆)がパタパタと軽い音を立てた。
翔一は、「風向きが変わったかな…」と感じ、キャビンから出た。

そして船首を見ると、月明かりに大きな島が真っ黒く映し出されていたらしい。
瞬間、慌てて僕を呼んだというのだ。

闇夜に一瞬、雲から月が出てきたのだろう。

「そんなことが…あるのか…。」

もしも、帆がパタパタと音を立てなかったら?
もしも、翔一が音を聞き逃していたら?そして、キャビンから出なかったら?
もしも、月が雲に隠れたままだったら?
もしも、僕の行動が手間取って、方向転換がスムーズにできなかったら?

様々な偶然が重なって、ホライズン号は最大の危険を逃れた。
どれほど低い確率だろうか?

しかもヨットの旅というは、時間の感覚がまるで違うのだ。
普段の生活では、数秒で難を逃れることは多々あるだろう。
しかし、海の時間は緩やかだ。数十分単位、或いは数時間単位で、時が動いていく。それが航海なのだ。

海の上でこんなに、数秒で生きるか死ぬかを経験するなんて…。

生かされた…正直な感覚だ。

月に映し出された、あの島。おそらく名もなき無人島だろう。当然、海図にも載っていない。

台風の時化、大型船とのニアミス、不審船の強制接舷、ブームの破損…様々な危険を経験したつもりだった。

しかし今回の危機は全く違った。

最大の恐怖感と最高の安堵感のなかで、僕たちは暫く言葉を交わすことさえできなかった。

相変わらず月は雲に隠れ、辺りは闇夜のままだ…。

〜第51話「Our Turning Point!」完  次回「夢は叶う…」

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