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オサダのキャンディ

突然で申し訳ないが、ファーストキスの思い出について。

「幼稚園のころ、同じキリン組のよし君と…」アイドルならこういう風にごまかして全世界の反感を買うところだが、筆者はバンドマンなので普通に言う。
20歳のころ当時付き合っていた彼女といたした(遅いとか言うな)。
今となっては時間や場所・はたまた味などの細かいシチュエーションが思い出せないくらい遠い記憶だが、ちゃーんと甘酸っぱい、いい思い出である。


でも、果たしてオサダはどうだったんだろうか。
僕の中高の同級生なので、彼も現在36の歳のはずだが、ファーストキスの思い出を、今どう思い出すだろうか。

中2の頃、僕と、中学の同級生である串山・オサダの3人は"チャット"にハマっていた。
学校からそれぞれの家に帰るとパソコン(僕はMacintoshだった)を立ち上げ、ダイヤルアップ接続でインターネットにつなぐ。若い方は知らないかもしれないが、昔はいちいち電話線をつかって2分くらい雑音を聞きながら待たなければネットはできなかったのだ。
いにしえのブラウザ”Netscape"で開くページは、当時大ヒット中のスーパーアイドルグループ「SPEED」のファンサイトだ。
恐らく3人とも特段SPEEDのファンというわけではなかったはずだが、確かオサダがそのサイトを見つけてきて、「ここのチャットが賑わってて面白い」と僕らに勧めたのだった。

"チャット"というのは同時に不特定多数の人間が文字で会話するページのことだ。今でいうLINEのグループトーク(しかも基本誰でも入れる)のようなものだ。あれがリアルタイムでガンガン更新されて会話している状態をイメージしてほしい。
そのチャットルームにはSPEEDのファンが全国各地から集まり、「ハンドルネーム」という仮名(今でいうTwitterのアカウント名みたいなやつ)を名乗ってSPEEDの話や関係ない雑談をしていた。で、当然そこには同世代と思わしき女の子たちもいた。

遊び盛りの中2の放課後。なのに我先に家に閉じこもり、画面の中で話すような人間3人なので、当然現実世界でどんな存在感なのかは推して知るべしである。
しかし、そんな僕らでもチャットルームの中では女子達からある一定の支持を集めることができた。国語が得意だったからだろうか。名前を変え、人格を変え、うだつのあがらない現実から逃げるために最高のツールだったのだ。

ここでチャットでの僕らの名前とキャラを紹介しよう。
一応前置きしておくが、くれぐれも20年前の中学2年の童貞たちがやっていることなので、どうか優しい目で見守っていて欲しい。


①カワグチ(性格のねじ曲がった陰キャ。髪はセンター分けで目が細い)
⇒ハンドルネーム「MAD(マッド)」

……だから中2の童貞がやってることなので許してってば!!
名前は当時好きだったバンドからとった。チャット内の性格はクールな皮肉屋だが女子の愚痴は親身になって聞くツンデレキャラ。

②串山(素朴な陰キャ。目がクリっとして素材はいいがおかっぱでメガネ)
⇒ハンドルネーム「人時(ひとき)」

これは串山くんが好きだった「黒夢」のベーシストからきている。「清春」を名乗らないところに彼の奥ゆかしさがみえる。チャット内の性格はクールな皮肉屋だが女子の愚痴は親身になって聞くツンデレキャラ。

③オサダ(キレると怖い陰キャ。「道にタンを吐く奴は死ね」などの極端な思想をもつ。高身長でおかっぱでメガネ)

⇒ハンドルネーム「ジェイク@セカイを憂う者」

アットマーク以下は時によって変えていた。チャット内の性格はクールな皮肉屋だが女子の愚痴は親身になって聞くツンデレキャラ。

まあ経験の少ない男子がかっこつけようとすると大体「クールな皮肉屋だがいざというときは優しさもみせる」みたいな感じになるということだ。

他にも、むしゃくしゃした時とかにみんなで「天聖降臨」「ああああ」「セク山セク助」などを名乗ってチャットを荒らしたりした。
セク山の下ネタ発言連発におびえる女子たちを確認すると、頃合いをみて「MAD」でログインし直して、「何?荒らし来てた?無視無視^^」と慰めたりしていた。
今書いていて改めて思うが、こんな人間にまともに育てという方が無理な話である。バンドマンあたりが適職ではないだろうか。


さて、日々そうやってチャットで会話をしているうちに、なんとなく各々に「ちょっといい関係の女子」みたいな相手ができてくるのだ。
MADこと僕は「Lina」という石川県の女の子といい感じになり、定員2名のプライベートチャットに入ったり(今思うとハプニングバーみたいなシステムですね)、Eメールの交換をして仲を深めた。が、中2の財力と甲斐性では東京-石川間の距離を埋めることはできず、自然に疎遠になった記憶がある。

そしてジェイク@セカイを憂う者ことオサダにも「あいね」というネット彼女ができた。
オサダと「あいね」はかなりラブラブで、不特定多数が参加するメインのチャットルームでも人目をはばからず「好き好き~」「おれも~」「チュッヽ(○´3`)ノ 」みたいなやりとりをしていた。
「ひろり~ぬ☆」という島袋寛子ファンのロリコンの紳士には「ハハハ、おじさんには目の毒だから2人だけで話してきなよ(ノωノ)キャ」なんて嫌味を言われたりしていた。
学校でもオサダは「昨日あいねとこんなメールをした」という話ばかりで、だいぶ彼女にのめり込んでいるようだった。


そんなある日、彼らはついに「日曜の休みに実際に会おう」という話に至ったようだ。あいねは千葉の勝浦に住んでいる。東京からはかなり遠いが、ギリ気合い(と性欲)でなんとかなる距離ではある。

※余談だけど、この中2男子の有り余るパワーで発電ができないだろうかといつも思っている。筆者の夢のひとつである。

顔も知らない、そもそも本当に女子なのかもわからない。でも募る想いがその不安をかき消したのだろう、オサダはそれはもう浮かれに浮かれ、ウッキウキで「来週報告するわ。その時はお前らより大人になってるかもな…」なんて言いながら千葉へ旅立っていった。

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※勝浦の美しい海岸をごらんください。


週が明けて月曜。オサダはあからさまに落ち込んでいた。
昼になって「そ…そういえばあいねはどうだったの?」とこっちが切り出さないと答えないほど、あいねの話題を出してこなかった。

そして彼は一言「めちゃくちゃブスだった……」と答えた。

あいねは確かにチャットでの自己申告通り、勝浦に住む中2の女子だったらしい。ただめちゃくちゃブスだった。
僕と串山は笑いを堪えながら、「え。じゃあ会ってすぐ帰ったかんじ?」とネタを掘り出そうとした。

「いや、ほんと帰りたかったんだけど向こうが積極的で。映画見に行こうって言われて、断れなくて。そしたら映画館で……」

オサダはもう泣く一歩手前みたいな顔だった。

「あいねが舐めてた飴を口移しされた」

僕と串山はもうどうリアクションしていいかわからなかった。「おめでとう」なのか?いや慰めるべきか…でも心の中では2人とも爆笑していた。

「正直その時は興奮した。映画館で顔見えないし」

ついに串山がブッと噴きだしたがオサダにはバレなかった。

「でもさ…おれファーストキスなんだよな…無理矢理はやめろよな…」

ファーストキスはレモンの味、という古い言葉があるが、オサダのファーストキスはいったい何のキャンディの味だったのだろうか。僕らはそれを聞くことはどうしてもできなかった。


オサダとは卒業以来疎遠になってしまい、今どこで何をしているか知らないが、あの悲しい思い出をバネに幸せでいてくれることを願う。あ、もちろん顔も本名も知らない「あいね」さんもね。
もしオサダに再会できたらあのキャンディの味を聞いてみようかな。


その後、当然「あいね」の話は禁句となり、僕ら3人はチャットからもフェードアウトしていった。

SPEEDチャットのブーム終了後は、"Napster"という無料で音楽をダウンロードできるソフトで、外国人とチャットしながら"fuck""shit"などの語彙を勉強するブームがくるのだが、それはまた別のお話。じゃあそろそろねるので落ちますね~^^


注:筆者は男女問わず、人の見た目に関して「ブス」という表現を使うのは好きではありません。ただ今回は20年前の思い出話ということでストレートに表記しました。中2の童貞がやってることなので許してください。

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