バズることなき人生だって美しい---ドラマ『椿の花咲く頃』
「バズる」という言葉がある。
「短期間で爆発的に話題が広がり、多くの人の耳目や注目を集め、巷を席巻すること、といった意味で用いられる言い回し。主にインターネット上におけるソーシャルメディア等を通じた拡散などについて用いられる。」(引用元)だそうだ。
たとえばTwitterで何万件もリツイートされ、何万件もいいねがついたら、その投稿は分かりやすく「バズったね」ということになる。
タレントやミュージシャンはもちろんのこと、そうではない人も皆「バズりたい」という欲求にはなかなか抗えない現代である。
面白い看板があれば撮るし、電車内で変なファッションの人をみたら撮るし、友達が送ってきた面白いLINEのスクショを撮る。
運よくなにかがバズって「朝起きたら通知がやばい」「バズったので宣伝」の流れを夢見ている。
僕も表現活動を生業としている人間のはしくれとして、「バズる」ことは常に意識してないといけない。バズを狙って何かをつくり、狙い通り波を起こせる人のことはとても尊敬している。
でも、「バズる」という現象って刹那的すぎるよな~とも感じていて、「バズること=良きこと」だとする価値観になんとなく、ずっと違和感を抱いていた。
バズってのは一瞬の出来事だ。たいてい、昨日バズった記事のことなんて今日は思い出せない。バズったことのある人の人生だって、バズってない時間の方が長い。(バズったことないから本当のとこはわかんないけど)
「ネットでバズる」ことを考えすぎた結果、その一瞬のために目の前のことやその他の大事なことを見落とすことにはならないだろうか、という危機感がボンヤリとある。
誰かがおもしろ看板の写真を撮ってSNSに投稿している横に、その作業が終わるのを待つ友達がいたかもしれない。
さて、前置きが長くなったが、Netflixで配信中の『椿の花咲く頃』というドラマの話。
『愛の不時着』『梨泰院クラス』という二大巨頭がそれこそバズり、『冬ソナ』以来の韓国ドラマブームとなっている。僕もまんまと沼にはまってしまった。「不時着・梨泰院ロスのあなたはこれを見ろ!」みたいな記事を読んでは次の作品をハンティングする日々である。
そんな中見つけた『椿の花咲く頃』。
昭和の朝ドラみたいなタイトルだし、このふんわ~りしたキャッチ写真もちょっとダサい。ジャンルはラブコメらしい。
好きな四字熟語が「猟奇殺人」や「犯罪都市」である自分としては、普段なら絶対パスするタイプの作品だ。そもそも植物や花に興味がない。椿がいつ咲こうが知ったこっちゃない。
しかしこのドラマ、前情報によると『不時着』『梨泰院』をおさえて韓国のドラマ賞を総なめ(12冠!)にし、2019年の地上波ドラマでは最高の視聴率を獲得したらしい。ふむ。なら一応見てみますかー、3話までみてつまんなかったらやめとこう、と低いテンションで見始めた。
そして今。
最終回を見終わった状態で超ド級の感動におそわれながら、どうにかこの作品のすばらしさをあなたに伝えたいと思い、記事を書いている。読んだ人全員に見て欲しいので、ネタバレは基本なし(問題ない範囲)で書くつもりだ。
■話の舞台
舞台は架空の港町、オンサン。
まずこのオンサンがただごとではない田舎っぷりで、だいたい住民は一日中道端でカニをさばいたりモチを切ったりしているし、町の派出所はマジでヒマそうで、産まれた子犬を取り合う町人の仲裁なんかを担当している。あとゲーセンに溜まる子供たちが「ゼビウス」みたいなゲームに熱中している。
『愛の不時着』の"人民班長"ことキム・ソニョンさんが同じような役柄で登場していることもあり、「え、これって北朝鮮の話?」「え、80年代の話?」とも思ってしまうが、途中スマホやインスタグラムのようなアプリが登場することでやっと現代だとわかる。(2019年という設定らしい)
そのオンサンにヒロインのドンベク(コン・ヒョジョン)がやってくるところから話が始まる。
■主人公:ドンベクとヨンシク
シングルマザーのドンベクは、息子を育てながらオンサンでスナックを開業。女たちからはその美しさに嫉妬され、男たちからはもてはやされるも、酔っ払いからセクハラを受けたりする。
正直、1話でドンベクが登場したとき「んーと…これが主人公、なの…か?まあ美人っちゃ美人だけど…微妙だな」と思ってしまった。髪型も聖子ちゃんカットみたいだし、TWICE的ないわゆる現代の韓国美人!という感じではない(ように見える)。
(服装もこんなかんじ)
表面上は明るく生きるドンベクだが、実は7歳の時に母親に捨てられ施設で育っている。そのことが原因でいじめにもあい、今はシングルマザーとして田舎でスナックのママさんだ。段々と、彼女が「すでに幸せな人生を諦めている」女性だということがわかってくる。
何度も比較して申し訳ないが、たとえば『不時着』のセリや『梨泰院』のイソのようにSNSの波を乗りこなしてバズを起こし、道を切り開いていく現代的ヒロインとは対照的な人物だ。劇中でドンベクがスマホを使うところなんて、「塾終わった。帰る」なんていう息子とのメールくらいなのだ。
物語内でも、SNSでバズることに執着している女性がドンベクの対になる位置で出てくることから、多分このキャラ造形は制作者の意図的なものだと思う。
で、そんなドンベクの前に現れた直情型天然警官のヨンシク(カン・ハヌル)。
反省の色をみせない犯人を取材カメラの前で暴行し左遷されるなど、正義感が強すぎるあまり後先考えない男である。
ドンベクに一目ぼれし、「好き好き好き好き!」と猛アプローチ。店に来ては花をプレゼントする。ヨンシクの母いわく「あの子には陰がないの」というように、古き良き少年漫画の主人公のような男。彼もまた、このSNS時代の若者なのに、実体のない「世間の評判」は気にしない。目の前にいる人が全てである。
■ドンベクの変化が微妙ですごい
ここで1つネタバレ。まあラブコメだし、そんなのポスター見た瞬間にわかるだろうから言っちゃうけど、2人は結果付き合うようになる。
で、ドンベクがそこから急に可愛くなってくるのだ。
メイクなのか髪型なのか表情なのか、すっごい微妙~な変化なんだけど、明らかに初登場時より可愛い。(今ドンベク大好き状態で1話見返したけどやっぱ最初のドンベクは微妙)
日本には古来から「恋する女は綺麗さ」という言葉があるが、それをこんなにも自然に表現した映像作品は初めてみた。
もうこの丁寧な演出とコン・ヒョジョンさんの演技に脱帽。「やっぱ韓国すげえ…!」と韓流ドラマ信仰を深めることとなった。
そしてヨンシクはドンベクに「あなたには幸せになる権利がある」と当たり前だけどとても大事なことを(たぶん毎日)伝え続ける。幸せを諦めていたドンベクも、人生で初めてそれを実感し始める。
■いい塩梅のサスペンス要素
5話くらいまではドタバタラブコメで進んでいくが、物語は段々シリアスな展開をみせる。実はオンサンでは過去に連続殺人事件が起こっており、犯人がまだ逮捕されていないのだ。
犯人のあだ名が「ジョーカー」だったり、犯行の特徴が現場に「ふざけるな…」という付箋を残してる(ちょっとかわいいよね)ことだったり、なんかギャグかマジかわからないようなバランスのサスペンス要素だが、終盤になって韓国映画っぽいエグみがでてくる。
「猟奇殺人」と「犯罪都市」を座右の銘とする筆者もこれにはワクワクした。
■そして、最終回
別に最終回について事細かに書くつもりはないから、見ようとしてる人も安心してほしい。
これもネタバレだけど、まあラブコメだから当然ハッピーエンドなわけですよ。でも、僕は単純にこの話がハッピーエンドだから感動したわけではない。むしろ一部の登場人物は割と救いのない終わりをむかえたりもする。
『椿の花咲く頃』が物語を通して伝えるのは、「あなたがただ生きていることが、誰かにとっての幸せになっている」という普遍的かつ超シンプルなメッセージ。
僕はこのメッセージの頭に「もしかしたらその生き方は脚光を浴びないかもしれない。バズらないかもしれない。でも…」という前置きを勝手に読み取り、そこに深く感動した。だからこそおすすめしたいのだ。どんな境遇にある人にだってこのメッセージは響くと思う。
※あとJ.Y. Parkさんがずっと言ってる「人は生まれながらにして特別」という考え方に通じるものを感じました。
さっき、「ドンベクは現代的ヒロインとは対照的」なんて書いたけど、だからといって「王子様が来てかわいそうなヒロインを助けてくれました。めでたしめでたし」という話ではない。
ものすごいアナログなやり方だけど、ドンベクは最終的に自分の意志と力で道を切り開く。むしろヨンシクと出会ったことで逆説的に「1人でも幸せをつかむ力」を取り戻す物語なのだ。(涙)
ちなみにラストの展開やエンドロールのとある仕掛けなんかは、ほんとにベッタベタの甘々。友人から「斜め見クソ野郎」「皮肉童貞」と言われる自分のようなひねくれ人間からすると、ともすると鼻白んでしまうような演出だ。
でもそれがまるで「好きだからすぐ好きって言う」愚直すぎるヨンシクの伝え方と重なってもう逆に好き!!可愛い!!
ちなみに主人公以外の脇役も、チラッとしか出てこない人に至るまで全員最高だ。
「町で有名な小金持ちだけど町人全員にナメられてる男」ギュテを演じたオ・ジョンセさんはこの役で韓国ドラマ賞の助演男優賞をゲット。(『サイコだけど大丈夫』のサンテ役で2020年も賞とりそうですね!)歴史に残るかっこよすぎるウソ発見器の使い方は最高だった。
『椿の花咲く頃』全20話。
今、もしかしたら自分に価値がないかもしれない、と自信が持てないでいる人に是非おすすめしたい。
そして、面白かったらこの記事を拡散して欲しい。
どうにか、バズらせて欲しい。頼むから…
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