サウナで仮面ライダーと目が合う話

サウナとの出会いはおよそ1年前である。

正確にはそれまでにサウナに入ったことはあったが、ある程度あったまり、そのままシャワーを浴びて終わり、といった具合だった。

さて、自分がやっているバンドで関わっているエンジニアさんに、サウナについては日本で両手の指に入るんじゃないかというサウナクラスタがいる。その人は実際テレビに出てサウナについて語ったことがあり、その話は流石に笑ってしまった。

エンジニアさんのサウナ話に興味を持った我がバンドでは、1人、また1人とサウナの深淵に引きずられる者が増えていき、最終的に「行く先々でサウナにとても入りたがるバンド」になってしまっている。

ここで、実際にサウナのことが苦手な人の話を思い出すと、大体が「水風呂に入れない」ということだと思う。

自分も冷たいのが苦手でそうだったのだが、先にサウナ狂いとなっていたギターの小山が教えてくれた。

「騙されたと思ってめちゃくちゃ長い時間入ってみてください」

言われる通りに我慢した結果、なるほど、今まで自分が「ホカホカ」だと思っていた状態は、「じんわり」だったことに気づく。サウナの道は、サウナでホカホカになることからだったのだ。そうじゃないと当たり前だが、水は冷たいのだ。

しかしサウナの入り方を説明するためにこの文章を書き始めたのではない。別におれはサウナに特別詳しいわけではないので、サウナ初心者のおれから見た、家の近所のサウナについて説明したい。

家の近所にあるサウナは、120度の高温度サウナが売りである。そこだけ聞くと普通の人は「正気ではない」と思うだろう。

普通のサウナは大体90度らしい。そこから30度足すとどうなっているのか、本当に120度なのか、入っている自分でもよくわからない。個人的には、人間は120度の所にいてはいけないと思う。正気ではない。

その暑さは最早熱さに近く、手につけたロッカーキーは最終的にステーキの鉄板くらい熱くなる。入墨OKなのでヤクザだらけなのだが、よくヤクザも不用意に「あっちい!」と声をあげている。

普通のサウナ体験では蒸されている感覚が高まって外に出るのだが、ここではそれプラス肌が限界を迎える感覚がある。もしかしたら焼かれているのかもしれない。

限界を迎えて飛び出すと、まず第一のカタルシスがある。そりゃそうだ、120度の場所から人間が生きることが出来る場所に戻ってこれたのだから。

ただこの感覚は厳しい体育会系の人なら誰でも味わったことがあると思う。バスケットボール部の夏合宿、母校は割と強かったため、下手に練習がハードだった。合宿といっても3日間はほぼ走りっぱなしである。なぜか水分補給が出来ないシステムの中での、休憩時間、その解放感、既にこの感覚はあったのだ。つまりはそれはデジャヴ。あの時間に飲むゲータレードよりうまい飲み物にはまだ出会っていない。

外の空気を堪能する際に注意すべきことは、ロッカーキーだけまず水につけることである。人間の身体が冷めてもロッカーキーはアツアツのままである、ジュッという感覚で冷やしておくと安心する。

その後は当然水風呂に入る。このサウナは水風呂が異常に広く、比較的人が少ないので体を伸ばすことも出来るくらいである。尋常じゃない熱され方をした身体には、ジャグジーによって水流がある水風呂であっても、冷たくて入れないなんてことはほぼ無いだろう。

その後、おれはお気に入りの場所に行く。長方形になっている水風呂の真ん中より少しサウナ寄り。そこから壁を見上げると、模様が描かれた壁の中で、仮面ライダーのような顔が見える。そいつをまず、じっと見てみる。

熱された身体が水で冷やされ、身体の中から出た息は熱いまま口から出て行く。身体の表面の冷たさと息の熱さ、そしてその息が冷えて行くのを楽しみながら仮面ライダーを見ていると、だんだんと視界がクラクラしていき、下に回っていく。

下に回るというか、一定間隔で下に下がる動きを繰り返すというか。回り続けているのだが、停滞する。同じ位置で下がり続けている仮面ライダーを見ると、よく見たら仮面の上に紐がある。どうやら首を吊っているのか括られているのかわからないが、彼はなんらかの紐で上から吊るされているのだ。

吊るされた彼を見ていると、少しずつ下がっていく幅が大きくなる。頭はなぜかクールだ、恐らくこれを瞑想と呼ぶのかもしれない。ガンガンに下に吊るされまくる仮面を見続け、身体はだんだん水風呂と一体化する。水流が関係しなくなり、水の中に自分のスペースが出来る。水風呂の中に自分の居場所があることを安心しながら、仮面と目を合わす。ただこのころには仮面が下に落ちるスピードが上がりすぎて、最早動きを追うだけで精一杯だ。

スピードが限界に来たところで、もうこれ以上いるとダメになる!というポイントがある。多分身体が寒がってんじゃないかと思う。そりゃ脳のトランスに合わせて3分も5分も水に浸かっている人間は変態でしかない。

ざばっとあがり、その辺の椅子に座る。するとどうだろう、茹で上げたパスタが水で締められるかのごとく、心と身体がキュッとなっているのだ。

おれはこの行為が身体に良いとは正直言い切れないと思っているが、間違いなく心にはよく作用していると信じている。いや身体も気持ちいいけど正直ここまでハードにやる必要はあるのだろうかといつも思う。

ただ、スマホを見ない、これがとにかくでかい。人間、特におれはスマホを見過ぎである。昔から授業中ほかの教科書も同時に読みたくなる集中力の無さと活字大好きの心を持っていたため、スマホはまさに毒。大人になってからここまで発達してよかったと心から思っている。小学生の時に持ってたら中学も卒業出来なかったろう?

スマホを隔離し、汗をかき、気持ち良く解放され、水風呂に浸かってぐわんぐわんする。

この訳のわからない行為を、5回以上繰り返す。2回目以降は身体が慣れてサウナにも入りやすくなり水風呂にも入りやすくなるため、だいぶイージーである。仮面ライダーも、そこまで動かない。

そうしておれは心と身体を整えている。自分で言うのも何だけど、自分の人生の中で結構忙しい時期におり、気がついたら日が経ってしまう。

そこでの一区切りに120度、灼熱のサウナを使うのは、刺激が欲しい現状からすると必然なのかもしれない。

そこから家に帰り窓を開けながら途中で買ったチューハイを飲む。

一連の行為に意味は無いのかもしれないけど、心から「整った…」と噛みしめる時間である。


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