チョコレートケーキ

あの人のことどこまで話したっけ、とマドレーヌを読み返してたら甘ったるくて胸焼けがした。中学生の三年間は本当にあんな感じで甘かった。胸焼けしてても気づかないくらいずっと甘かった。

わたしが中学生じゃなくなった日、あの人の電話番号とラインがどうしても欲しくて、みんなが帰る中わたしはあの人の金魚の糞になってずっとしつこく「おしえて」ってひっつき回ってた。ら、最後に「080」とつらつら早口であの人の電話番号を言ってきて、しぬかと思った。電話番号さえ手に入れば自動的にラインも追加されるし、家に帰って速攻ラインを送った。

初めてラインで会話した時から変だなとは思っていた。学校でのあの人からは想像もつかないような文章だった。「💕」「☺️」の乱用、中学三年間は一度も言ってくれなかった好きだとか愛してるの言葉をラインでは何度も言ってきて、「この、愛してるよ💕」なんてラインが来た時にはもうわたしの三年分の熱は冷め切っていた。


それからわたしはあの人との連絡を一切やめて、あの人のいない生活に慣れかけていた時 初めてあの人からの電話が鳴った。気持ち悪かった。嬉しいなんて感情は一切なくて、何で?何の用事で?ラインじゃダメだったの?と思いながら電話には出ずに切れるまで画面を眺めた。

その日、あの人は家に来た。正確に言うと家のすぐ下に来た。「マドレーヌのお返しがしたくて」だそうだ。その日がホワイトデーだったかどうかなんてもう忘れた。大事なのはそんな事よりもあの人の口から「マドレーヌ」という言葉が出たことだ。ショックだった。在学中のあの人は確かに「お菓子」と言ったはずなのに。いつの間に名前覚えたの?まさかあの日にはもう知っててお菓子なんて言ったの?

「マドレーヌ」のお返しの高そうなチョコレートケーキは3口で食べるのをやめた。わたしは「お菓子」のお返しが欲しかった。何かを期待してるあの人の目なんて見たくなかった。夜に会うなんてしたくなかった。日中の、冷めた目をしたあの人が好きだった。先生と生徒特有の一定の距離を感じながら恋していたあの時が宝物だった。


高校生になってからも時々中学校を訪れるけど、あの人とわたしは目すら合わせなくて他の先生も気を遣ってるような雰囲気を出してくるからきっとあの人が何か言ったんだろう。
中学三年分の胸焼けが今一気に襲いかかってくる気分だ。思い出すだけで内臓が重たい。

今になっても何故かあの人のことに関してのiPhoneのメモ欄は全て残したままだ。

#ミスiD #ミスiD2019

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