マドレーヌ

わたしが中学生の頃、体育教師のことが好きだった。本気かどうかなんてわからないしまず恋愛感情で好きというだけが「本気」という括りをされてしまうのは少し残念が気がするから本気かどうかは置いておいて、好きだった。妻子持ちだった。家族構成、嫁の名前、子供の名前、そしてその名前の由来、出身大学、車で出勤してきた時はナンバープレート、今に至るまでの経歴まで自力で調べられるところはとことん調べた。それが愛の形だと思っていたから。

思えばあれは一目惚れだった。入学式の日、笑顔が誰よりも輝いて見えて、爽やかで、見るからに熱血そうで。でも少し下に視線をずらせば鬱陶しくなる程にキラキラ輝いていた結婚指輪が綺麗で、憎かった。それから三年間思い続けた。体育が無い日はあの人がいる教室を探し回って話しに行った。放課後がすごく楽しくなれた。


あの人はわたしに常に塩対応だった。わたしが抱きつこうとしたら頭を掴んで押し返してきたようなガサツな人だった。バレンタインの季節に調理実習で作って本命ですと渡したマドレーヌの名前も分からずに「お菓子」と言うような人だった。

でもわたしが前髪を切った翌日には必ず気付いて一声「前髪切った?」と声を掛けてくれる人だった。いつも一緒にいる友達が気づかないくらい微量で切ったときも気付いてくれていた。そして毎回「いいやん」と、可愛いとは言ってくれないものの褒めてくれていた。それがその時のわたしには存在の肯定の一つでもあって、わたしはちゃんと誰かの意識の中で存在しているんだって思えて幸せだった。

だからあの人が「オン眉ってかわいいよな」と言った次の日によくわからないまま前髪を眉毛の上まで自分で切った。その後当たり前に失敗して親に叱られたけど、幸せだった。不似合いな短い前髪があの人の為だけにあるように思えて、早く伸びろと口では言うものの一生このままでもいいかもしれないなんて夏休みで会うことがないのに思っていた。つくづく馬鹿だった。


中学の三年間はずっと体温が高かった気がする。あの人のせいで毎日熱かった。幸せだった。時々優しい対応をされた日には必ずiPhoneのメモ欄に事細かくその時の状況や言葉を書いた。夏休みにも会いたくて一度も休まなかったから必要なかったプールの補習にわざわざ言って泳いだ後話していた。本当に馬鹿だったけど盲目すぎたけど何故かすごく青春していた気がする。

#ミスiD #ミスiD2019

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