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自転車で遠出して、中華そばを食べにいった。

 クロスバイクでも、ママチャリでもいい。自転車にのれば、東京23区ならどこにでもいける。途中でいろんな発見もある。だから週末にちょっと時間ができると、自転車にのってちょっと遠出をする。気持ちのいいオープンテラスを見つけてコーヒーを飲んだり...面白そうな雑貨屋を見つけたり...それはちょっとした旅だ。

 今回は、自転車で東京を横断し、中華そばを食べにいった話。

 2月も半ばをすぎた週末、思い切ってロードバイクにのって出かけてみた。ポケットにカメラをしのばせ、目的地はきめず、まずは甲州街道を東へ。

 新宿を抜けて、飯田橋から靖国神社へと抜けて、九段下へと。自転車で走ると、東京の街は立体的だということを実感する。いたるところに坂がある。思いがけず美しい風景に出くわしたりする。冒険しているみたいでワクワクする。

 ペダルを踏んでいると、あるものが食べたくなった。以前、神保町の近くで食べた中華そば。年末の寒い夜、ある人に連れていってもらい、その美味しさが心にしみた一杯。香ばしい醤油味のスープ、プリッとした中太麺、チャーシューや海苔など具材のすみずみにまで気が使われていた。お腹が減っていたのだと思う。熱々のスープと麺をふぅふぅしながら夢中で食べた。

 しかし肝心のお店の名前を忘れてしまった。その後、神保町に行くたびに探すのだが、見つけられない。この日も自転車で探してみたが見つからない。日曜に失礼かとは思ったが、あの中華そばの誘惑には勝てず、あの夜、連れていってくれた方にショートメールした。

「このあいだ連れて行っていただいたラーメン屋さん、名前を失念してしまい、教えていただけませんでしょうか」

 すぐに地図のリンクが送られてきた。お店は水道橋の駅の近くにあった。てっきり神保町にあると思い込んでいた。あの寒い夜、コートのポケットに手をつっこんで歩いたことを思い出した。話に夢中だったから、そんなに歩いた気がしなかったが、結構な距離を歩いだんだなぁ。

 お礼のメールをおくり、店へと向かう。

 距離は1キロちょっと。自転車ならあっという間だ。あの中華そばにありつける。期待がどんどん高まってくる。5分もかからずお店に到着した。しかし...

 のれんが出ていない。お店の中も暗い。なんと日曜定休だった。

 少し迷ったが、ちゃんと報告しなきゃと思い、その方に、「定休日でした」とメールを送る。お店も分かったし、また別の機会に、と気持ちを切り替える。

 すると「虎ノ門はあいていると思います」という返信。そしてやはりお店のリンクが。見るとたしかに虎ノ門にも分店があり、日曜日も営業しているようだ。あの中華そばへの気持ちがふたたび高まってくる。

 またお礼を送り、今度は虎ノ門までペダルをふむ。

 神保町から虎ノ門までは、直線でおよそ5キロ、皇居、そして日比谷公園を抜けると、そこはもう虎ノ門だ。ロードバイクでおよそ15分。道は空いていて、日差しが気持ちいい。

 お店は虎ノ門ヒルズの3階。虎ノ門ヒルズには駐輪場があり、5時間までは無料。以前に比べ、都内の駐輪事情は飛躍的によくなった。六本木ヒルズ、ミッドタウン、渋谷のスクランブルスクエアなど、新しく建ったビルにはちゃんとした駐輪場がある。既存のデパートやホテルも、駐輪場を新設したり、ベルボーイが預かってくれたりする。こうした駐輪場が充実しているおかげで、より快適な自転車旅ができる。

  早足にお店へと向かう。このときはすでに14時を回っている。お腹も空いているし、お昼休憩している可能性もないわけではない。

 お店の提灯がみえる。営業中だ。東京を自転車で横断して、ようやく中華そばにたどり着いた。あの人に、お礼のメールを送るとすぐに返信がくる。

「なんだか、おれもうれしい」

 それからもうひとつメッセージが。

「水道橋が休みだったので自転車で来ましたとかいったらよろこぶよー」

 なるほど。たしかにそうかもしれない。でも正直、そういうの苦手だし、気乗りはしない。でも、この中華そばへの旅を手引きしてくれた人だし、むげにするのもなぁと、ずるずるとプリッとした中太麺をすすりながら考える。

 味玉しょうゆそば。950円。心に染みる一杯だった。

 お会計のとき、意を決していってみた。

「水道橋のお店にいったんですけど、おやすみで。でもどうしても食べたくって虎ノ門まで自転車できたんですよ」

 するとお店の人の顔がぱああっと明るくなった。

「そうなんですね!ありがとうございます!」

 ひさしぶりにみた、ピカピカの笑顔。ぼくの心もホクホクする。

 うれしくなって、メールの主に報告した。すると一言。

「いい行いをしましたね」

 美味しい中華そばを食べるために、東京の街をさまよった。そしたら思いがけず大事なことを教えてもらった。

 メールの主は、糸井重里さん。

 糸井さん、ありがとうございました。おかげでよい旅になりました。


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