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「あの島には坂しかない」って西本さんに誘われ、対馬でヒルクラムをしてきた話。

 対馬と聞いて何を思い浮かべるだろう。そう、あの壱岐対馬の対馬だ。釜山をのぞむ韓国に最も近い島、それとも司馬遼太郎の「街道を行く」、それとも絶滅危惧種のツシマヤマネコだろうか。

 ひょんなことから対馬にいくことになった。きっかけは、EkidenNewsの西本さんだった。

「河瀬さん、対馬には平坦な土地がほとんどないらしいんです。ヒルクライムが好きな河瀬さんには最高の場所じゃないですか。陸上競技関連の仕事で行んですけど、ロードバイクをもって一緒に行きません?」

 僕にはいくばくかの躊躇があった。最近はコロナで自転車に乗れていないからだ。体重もやや重めだし、コンディションはベストとはいいがたい。坂だらけの道を走るのは正直、気が進まなかった。

しかし未踏の場所への興味のほうがまさった。気がついたら「行く」と返事をしていた。

 東京から対馬へのアクセスは、思いのほか悪くない。羽田から福岡で乗り継ぎして、対馬やまねこ空港までは3時間あまり。遠いと思っていたが意外に近い。しかしそれは乗り継ぎがスムースな便の場合だ。

 12月10日の早朝、ロードバイクを車に乗せて羽田に向かった。飛行機はANAの7時25分発、これなら10時25分には対馬に到着する、はずだった。しかしこの日、タッチの差で飛行機に乗り遅れてしまった。輪行は余裕をもって空港にいくべき、ということを改めて心に刻み、次便への振り替えをお願いする。羽田発は1時間後の8時30分、たった1時間のロスで済んだと思ったぼくは甘かった。都合の良い乗り継ぎ便がないのだ。だからわざわざ早朝便を予約してあったのだ。

 結局、福岡で3時間あまりを過ごすことになった。

福岡空港

 福岡空港で何か食べようと思った。時計をみると午前11時。空港を一周したがどの店も食指が動かない。すると西本さんからメッセージが届く。

「福岡空港4時間。牧のうどん、天ぷらのひらおハシゴできる。」

 福岡空港から車で5分ほどの場所に、博多っこのソウルフードの牧のうどんと天ぷらのひらおが並んでいる奇跡のグルメスポットがある。なるほど、どうせならマイナスをプラスに転じてしまおうと、ぼくはタクシーに乗り込んだ。
 まずは天ぷらのひらお。まだ11時なのにすでに長蛇の列だった。20分ほど並んでいるとカウンターに案内される。しばらくすると、天つゆとイカのしおからがセットされ、あつあつの天ぷらが次々と運ばれてくる。なにもかもが旨い。天ぷらはさくさく。しおからはゆずが効いていてさっぱりとして旨い。隣の男性はしおからを3回もおかわりして、大盛りのご飯をかきこんでいた。牧のうどんへのハシゴが控えているぼくは小盛りご飯で我慢した。
 続いて牧のうどん。店内はごったがえしているもののすぐに座ることができた。まよわず、やわ麺と揚げ玉を注文。福岡にはやわ麺という文化がある。たっぷりとお出しの旨味が染み込んだふくよかなうどんだ。必ずスープがはいったやかんが付いてくる。麺がどんどんスープを吸ってしまい足りなくなるからだ。タモリさんの「うどんは飲み物」という言葉を反芻しながら、ずるずるとお腹に収める。

ひらおの本店は、長いカウンター席がふたつ
ひらおの天ぷら定食には、おかわり自由のしおからがついてくる
イカのてんぷら
ひらおの隣の牧のうどん
うどんのやわ麺と揚げ玉

 お腹がいっぱいになったので、空港にもどり、ラウンジして一寝入り。目覚めるとすでにフライトの間近。81番ゲートへと急ぐ。
 対馬行きの飛行機へはバスでの移動だ。小ぶりのプロペラ機が窓越しに見えてくる。プロペラはよく見ると微妙なひねりがはいっていたりして、こうした部品ひとつも常に進化しているんだなぁとひとしきり感心する。

バスでの移動は飛行機が直近にみられる
黒いプロペラがかっこよい
機内からは同じプロペラ機がみえた

 対馬までのフライトは45分間。想像以上に揺れたが、それがかえって心地よくすぐに寝てしまった。「まもなく着陸体制に入ります」のアナウンスで目覚め、しばらくすると窓からは切り立った岩壁が見える。あれが対馬か。思いのほか険しい景色を見ながら、自分の強欲を悔いる。なぜ明日にはヒルクライムがあるとわかっていて、ひらおの天ぷらから牧のうどんへとハシゴをする必要があるのか。ああ、あの斜面をかけ上げるのには今の自分は贅肉がつき過ぎている。

 後悔先に立たず、後の祭り、好事魔多し、である。

対馬の切り立った海岸線
飛行機から歩いて空港ビルへ
手作りのクリスマス飾り

 飛行機が小さいせいか、思いのほか着陸の衝撃が大きい。飛行機の剛性ってめっちゃ高いんだなぁとぼんやりと考える。
 対馬やまねこ空港は、こじんまりとした空港。乗客も多くないので、荷物はすぐに出てきた。思いの詰まった手作りのクリスマスの飾りがほっこりさせてくれる。

廃校となった学校をリノベしていた
今日飾ったばかりなのよ、とスタッフが照れていた
EKIDEN Newsの西本さん

 お迎えの方が来てくれて、西本さんたちと合流。
「こら、大作!」と笑いながら遅刻をからかわれる。50を過ぎて、飛行機に乗り遅れるアンポンタンを優しく受け止めてくれる大人力に感謝。
 この日は結果的に、移動のみとなった。宿に向かう途中、廃校を利用した施設に立ち寄る。きれいにリノベーションされていてとても心地よい。靴箱の奥にはクリスマスのバルーンメッセージがあった。対馬産の和紅茶をいただいたが、香り高く優しい味。移動の疲れが吹き飛んだ。よいお茶は疲労回復させる。台湾で1日中歩き回り、足もむくんで、辛くなった時に、お茶屋さんの軒先で振る舞われた1杯の凍頂烏龍茶で、身体がふっと軽くなったことがある。お茶って、すごい。

グランピング施設
夜はバーベキュー。照明がおしゃれ。
写真を撮り合いっこ
写真を撮り合いっこ(撮影:西本さん)
対馬産のヒオウギ貝
貝柱がコリコリで旨い

 泊めていただいたのは島の北端にある、スロースグランピング。解放感のあるテント空間と居住性の高い小屋が合体したような作りだ。対馬は夜になると冷え込みが厳しいので寒いかなぁと心配したけれど、小屋は床暖房が効いていて過ごしやすい。

 晩御飯には、対馬市役所の安田さんがバーベキューをしてくれた。対馬名物の豚肉を甘辛いタレに漬け込んだ「とんちゃん」、それと岩がきにヒオウギ貝など島の海産物が次々と焼かれていく。どれもべらぼうに旨い。明日のライドのことがチラつくが、ここでも食欲が暴走する。
 なかでも絶品だったのがアコヤ貝の貝柱。ほんの2センチほどの貝柱をいくつも串に刺して焼いて食べるのだが、何もつけなくても旨味がじゅわっと染み出してきて気絶するぐらい旨い。アコヤ貝は真珠養殖に使われる貝で貝柱だけを食べる。対馬は真珠養殖が盛んで、以前はビニール袋いっぱいに貝柱をもらいそれを炙っておやつがわりに食べたのだという。
 その土地ならではの知られざる絶品グルメ、それを味わえるのは、最高の旅の醍醐味である。

朝焼けが美しかった
出立の準備をする西本さん

 翌朝は9時に、対馬でのサイクルイベントを企画しているという南部さんと対馬市役所の阿比留さんが宿に来てくれる。南部さんが先導して、島をサイクリングするのだが、とにかく平地がない対馬、不安しかない。
 いやぼくも最近ぜんぜんのれてないのでゆっくり行きましょう、と南部さんが声をかけてくれ、心が軽くなる。

対馬でサイクルイベントを企画する南部さん
朝9時に宿をスタート
砂浜が美しい三宇田浜海水浴場(撮影:南部さん)
日本の渚100選に選ばれている(撮影:南部さん)
島の真ん中を貫く国道
ヤマネコトイレ
島では貴重なフラットな道路

 対馬の国道は島を貫くように内陸を走っている。近年はトンネルが整備され、とても走りやすい。平地がないと、島の人はいうが、ロードバイクで走るにはちょうどいいアップダウンだ。信号はほとんどないし、交通量も少ない。サドルの上で景色を眺めがら、いくらでも走っていられる。

対馬の海の青は深い
斜度13度の坂を登った先には展望台
異国が見える丘展望台にて記念撮影(撮影:南部さん)
晴れていればこの向こうに釜山が見える

 対馬の観光のハイライトのひとつ、異国の見える丘展望台を目指して海岸にでると、斜度がぐっと上がる。国道はせいぜい斜度6度ぐらいだが、軽く10度を超え、いっきにペダルが重くなる。降りて自転車を引くかどうか迷ったけれど、腹を決めて登る。サイコンが示す斜度は15度。ぼくのホームグラウンドの高尾山でいえば、和田峠並みの鬼坂だ。それでも息を切らして、意地で登り切る。展望台に到着し、バイクを降りると足がプルプルしていた。

かるまきの老舗・百乃屋
対馬の銘菓・かすまき

 対馬には地元の人たちから愛されるお菓子がある。あんこをカステラで巻いたというかす巻きである。南部さんが老舗のお菓子屋さんで、かす巻きを振る舞ってくれる。ふわっとした食感にしっかりとした甘さ、ライドで疲れた身体に糖分が嬉しい。
 さらに走って、対馬有数の観光スポット、和多都美神社へ。海にむかって鳥居が並ぶこの神秘的な神社には、三柱鳥居など、謎めいたものが多い。子どもの頃、手塚治虫の「三つ目がとおる」を読んで興奮したなぁと、海馬のすみっこにかすかに残っていた記憶が蘇る。

和多都美神社
隅々まで美しい
珍しい三柱鳥居

 お昼は、地元の人で混み合う「肴や えん」でお魚をいただく。さざえのお刺身はこちらでは日常食なんだとか。美味しいものがわんさかあるけれど今、対馬ではあなごをおしているらしい。肉厚のあなごのフライ、サクサクの衣に、ホクホクの白身がよく合う。

さばのお刺身
あなごのフライ
さざえのお刺身

 食後に、もう一走り。島を見下ろす烏帽子岳展望台を目指す。お腹がパンパンですぐに息があがっちゃうので、のんびりと走る。午後からは曇ってきて少し肌寒い。展望台までは上り基調だが、それほどの激坂はない。
 展望台からは対馬を一望できる。リアス式で入り組んだ海岸線が美しい。これを見るためだけにもう一度、対馬に行きたいと思わせるほどの絶景だった。。余談だが、最近、タモリさんがブラっときたらしい。そのおかげで観光客が少しふえたという。テレビってすごいね。

対馬の道はずっとアップダウン(撮影:南部さん)
役場の阿比留さんの案内が素晴らしい(撮影:南部さん)
烏帽子岳展望台からの眺望

 飛行機の時間が迫っていたので、阿比留さんの運転する車にバイクごと積んでもらい空港を目指す。途中で、西本さんとランニングイベントに参加するために対馬入りした横田真人さんが対馬市役所の安田さんが走っているのを見かける。横田さんは男子800メートルで元日本記録をもち、ロンドンオリンピックにも出場した陸上界のレジェントだ。ランナーにとっては結構な上り坂だと思うだけど、ふたりはニコニコしながら走っている。あまりに楽しそうなので、車を並走してもらい、写真を撮る。

ニコニコ走る横田さんと安田さん

 空港ではお土産を物色。まず探したのは、はちみつ。対馬はニホンミツバチだけが生息する日本唯一の島らしく、かなり旨いらしい。それと、百乃屋のかす巻きと和紅茶を買う。安田さんは別れぎわにお土産にと、対馬のお米などを持たせてくれた。
 手荷物検査場をこえて、ゲートへと向かおうとすると視線を感じる。阿比留さん、南部さん、そして安田さんがガラス越しにお見送りをしてくれていた。みんな、ニコニコしている。

Tree Men in Tsushima

 離陸してしばらくは窓の外を眺めていた。入り組んだ島は、まるで生き物のように見える。どこかオオサンショウウオっぽい。
 今回の対馬ではサイコンを持って行ったけれど途中から使うのをやめた。獲得標高がすごいって言いたくなるけれど、そういうのがどうでも良くなる程、景色も、歴史も、食べ物も、そして何より出会った人々に、心を動かされた。来る前には、ほとんど何の知識もなかった対馬だが、離れる時には、離れがたい気持ちになるほど、たくさんの思い出ができた。

 旅に出ると、人に出会い、そしてその土地が好きになる。今度はいつ、この島に来ることができるだろう。

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