
創業1か月目で信託型ストックオプションの導入を決めた理由
こんにちは、コードシティ株式会社の加藤と申します。
codecityは2021年1月末に創業したのですが、創業1か月目に信託型ストックオプション(以下信託型SO)を導入を決めました。
今回はなぜ信託型ストックオプションを創業直後に導入することを決めたかを記載します。信託型SOを検討している方の参考になれば幸いです。
ストックオプションとは
※ストックオプションについて既に詳しい方はこのパラグラフは読み飛ばしてください。
まず、通常のストックオプション(以下SO)について簡単に説明します。SOとは、ある価格(一般的には安い価格)で株式を購入できる権利です。
例えば、IPOをした後の時価総額が100憶円となり、この時の1株当たりの価格が1,000円、発行済み株式数1,000万株とします。
そして、Aさんはストックオプションを付与されており、上記の価値がついている株式を、1株100円で10,000株購入する権利を持っているとします。
行使可能なタイミングで、ストックオプションを行使し株式を取得して売却をすると、以下のようにキャピタルゲインを獲得できるわけです。
1. 100円 × 10,000株 = 100万円で株式を購入する。
2. 1,000円 × 10,000株 = 1,000万円で株式を売却する。
3. (1,000万円 - 100万円)× 80%(譲渡課税20%) = 約720万円のキャピタルゲインを獲得する。
※税制適格に該当する場合
スタートアップで採用されることが多い従来の無償SOは、とても素晴らしい仕組みなのですが、私個人としては以下のデメリットがあると考えました。
1.入社後の貢献を加味できない
2.入社タイミングの多少のズレが大きなキャピタルゲインの差になり得る
3.社員・取締役以外の外部協力者に発行しづらい
SOの欠点①:入社後の成果を加味できない
「貢献」の度合いに応じ、適切にSO・株式を分配したいのは多くの経営者が思うことだと思います。
そして、私が考える「貢献」に含まれる要素は以下です。
1.リスクテイク
2.成果
スタートアップは何もないところからミッションやビジョンを掲げ、少しずつ世の中に価値を生み出していきます。
まだ何もない頃に参加することは一定のリスクがあるわけなので、「リスクテイク」して参画するメンバーがいなければ、その後の成功も生まれません。
そのため、リスクテイクも貢献の大きな要素となります。
2つ目の要素の「成果」は「入社後にその企業の成功にどれくらい寄与したか?」ということとなります。
「売上を上げた」といった限られたことを指すわけではなく、開発、バックオフィスなど様々な領域の成果によって企業は成功に近づいていきます。
従来のSOは、早い段階で発行するSOほど「安い行使価格」となり、キャピタルゲインを享受しやすくなります。そのため従来のSOでも「リスクテイク」に対しては一定の担保ができます。
ただし従来のSOは「成果」について公正さを担保することが困難です。
発行段階でバイネームかつ量を決めて発行しなければならないため「この人ならこのくらい貢献するだろう」という予測に基づいた発行となります。
そうなると、予測よりものすごく成果を出した人に対して発行が少なすぎたり、あまり成果を出さなかった人に対して発行し過ぎる、といったことが起き得ます。
採用時の見極めが難しいのと同様、採用時に未来の成果を加味してSOを発行することは難しいと思います。
「活躍を見ながらSOを少しずつ発行する」といった方法を取ると、企業が成長していればその間に時価総額が上がり、行使価格が高くなってしまうので、発行される側のメリットが減っていきます。
SOの欠点②:入社タイミングの多少のズレが大きなキャピタルゲインの差になり得る
従来のSOだと、入社タイミングのズレで行使価格が大きく変わることがあり得ると考えております。
例えば2020年1月~12月に入社した人に対するSOを2021年1月に一斉に発行し、2020年1月以降に入社した人は、次回の2022年7月に発行されるケース。
仮に、その間に事業成長や資金調達があり、時価総額が増加したとすると、12月入社の人と1月入社の人の間でフィードバックできる報酬に大きな差が生まれる可能性があります。
スタートアップとしてのステージが進むほど、1か月早く入ったからというだけでは、貢献度に大きな影響を及ぼさなくなっていきます。
もしかして予防策があるかもしれませんが、自分の知識の範囲ではデメリットになり得ると考えました。
SOの欠点③:社員・取締役以外の外部協力者に発行しづらい
社員・取締役による貢献だけでは、企業は成功しません。
例えば、創業直後の何もない段階で、協力してくれたデザイン会社、業務委託でコミットしてくれたエンジニアなど、成功に大きく貢献してくれる方がいらっしゃると思います。
特に昨今、副業も解禁され、外部協力者の存在はスタートアップの成功にとって大きな存在になっていくことが予想されます。
それにも関わらず、無償SOだと外部協力者の方に発行するとなれば、税制面の優遇が受けられず、発行される側のメリットが薄まります。
無償SOを発行する場合、外部の協力者は税制非適格となり、SO行使時に最大55%の給与課税がなされ、売却時にも20%の譲渡課税がかかります。
令和元年からスタートした経済産業省の施策によって、一定基準をクリアした外部高度専門人材は税制適格にできるよういなりましたが、条件をよく見るとクリアできる人材は少ないと感じます。
※経済産業省「社外高度人材に対するストックオプション税制の適用拡大」
信託型ストックオプションとは
信託型SOとは、組成時にSOをまとめて信託に発行します。
誰にどのくらい発行するか?は、信託が満期となる時期に決めることができ、かつ信託組成時の行使価格で発行できるというスキームです。
誰にどのくらい発行するか?は人事制度のようなポイントプログラムを創り決定します。貢献に応じたポイントを付与し、それに応じて最終的に発行するSOを決定できます。
信託型SOを使えば、先ほど挙げた従来の無償SOの3つのデメリットをクリアし、逆に以下を実現できると考えました。
1.リスクテイク度合いに加え、入社後の成果を加味してSOを発行できる
2.入社タイミングの小さなズレの影響を最小化できる
3.社員・取締役以外の外部協力者に発行しやすい
リスクテイクへのリスペクトが重要
信託型SOは後から発行量をコントロールできるので「創業初期に入社した人に不利に働くのではないか?」という誤解が生まれやすいと思います。
実際、運用次第では起き得る問題だと思いますし、経営層の意思の問題だと考えております。
私の場合は、codecityは2回目の起業であり、24歳の時にRELATIONS株式会社を共同創業しました。
CEOではなく創業期に参加したメンバーの1人でしたが、その原体験から企業を成長させる上での「創業初期の重要性=リスクテイクの重要性」は理解しているつもりです。
そのため、先に記載したよう「貢献」の要素として「リスクテイク」と「成果」を入れ、信託型SOのポイントプログラム(評価制度)にも、リスクテイク分を組み込んでおります。
以下のように、入社年月のx軸が負の二次関数に近い曲線になるよう、リスクテイク分のポイントを付与する設計としました。つまり、一次関数的に年月に応じてリスクが均等に下がるのではなく、参画が早ければ早いほどポイント付与がかなり大きくなるということです。
創業期に入ったメンバーは、リスクテイク分が確保された上で、実際に出した成果分もプラスオンもできます。これにより、冒頭で書いた誤解を起こさないようにできると考えております。
逆に、通常のSOの方が創業初期のメンバーに不利に働く可能性が高いと考えております。経済学の世界に「アドバースセレクション」という考え方があります。
「世界標準の経営理論」という良書に書いてあることですが、以下記事を引用します。
アドバースセレクションとは、私的情報を持つプレーヤーに虚偽表示するインセンティブが生じ、結果として、虚偽表示をするプレーヤーだけが市場に残りがちになる現象をいう。
就職市場は、情報の非対称性が生じる典型だ。採用する側の企業にとっては、志望者の「本当の能力」「真面目さ」は実際に働いてもらうまでわからない。
逆に志望者は自身の本当の能力・性格を知っている(私的情報を持っている)。
企業はこの非対称性を解消するために面接を繰り返すわけだが、それでも弁が立つ志望者なら自分の能力・性格を過剰に脚色(=虚偽表示)するかもしない。
そうであれば先と同じ論理で、企業は志望者へよい就労条件を提示できない。
これは、就職活動の事例ですが、候補者の過剰な脚色を恐れ、採用側の企業が良い条件を提示できなくなるとのことです。
株式やSO付与は不可逆性を持ちます。そのため、アドバースセレクションが特に強く生じ、無意識のうちに発行量を抑えてしまうかもしれません。
コントロールすべき信託型SOのリスク
信託型SOは新しいスキームであるため、落とし穴に気を付けなければなりません。
いざ信託が満期になった際に「SOを付与できませんでした」といったことや「IPOができませんでした」といった事態が起きないとは断言できないので、リスクを把握したうえでコントロールしていく必要があります。
私は以下の2点がコントロールすべき信託型SOのリスクだと考えました。
1.民事信託にする場合は、条件に合致する受託者を慎重に選定する
2.CEOの払い込み価格を抑えるための「行使条件」の未達リスクを避ける
1については、民事信託で信託型SOを行う場合、受託者を設定する必要があります。
この受託者は、①継続して行わない、②報酬を得ていない、といった条件をクリアする必要があり、この条件をクリアしない受託者を設定してしまった場合、信託満期時にSOを付与できなくなる可能性もあると考えました。
そのため、民事信託にするならば、受託者選定を慎重に行うことをポイントとしました。
2については、信託を組成する際に創業者(CEOなど)のポケットマネーから払い込みが発生します。これはプールするSOを購入する金額です。
この払込金額はSOの価格になるため、信託結成をする時点の会社の時価総額を元に決定されます。
例えば、信託結成時点の時価総額が10憶円であり、10%のSOを発行しようと思えば、以下のようなイメージでSOの価格が算定されます。
10憶円×10%×割引率=SO価格
SOの現在価値は、IPO前の段階では割り引いて算定されます。
そして、SO行使の条件を厳しく設定することで、SOの現在価値を下げSO価格を抑えることができるということです。
行使条件とは、例えば「〇年までに売上高〇円を達成する」といったものかと思います。
払い込み価格を抑えたいがために、非現実的な行使条件を設定し、SOを付与できなくなるといった事態は避けなければなりません。
そのため、私の場合はシード期に信託型SOを組成することにしました。
シード期であれば会社の時価総額はほぼなく、払込金額も大した金額になりません。そのため、行使条件を設定する必要もないのです。
行使条件を設定し、設計するスタートアップが大多数だと思いますが、そこはどうリスクコントロールを行うか?という考え方次第だと思います。
信託型SOの導入にかかる費用
導入するための費用は「専門家の設計コスト+受託者への払い込み価格(SO価格)」になります。
専門家の設計コストは、会社によって異なり、トータルで数百万円~一千万円超となります。
コストが高い有名な専門家にお願いするメリットは「不適切な行使条件の設定等のリスク低減」に尽きるかと思います。
起業家が自身でリスクを把握し、私のケースのように早い段階で信託型SOを導入する場合は、行使条件の設定がそもそも必要なく、専門家の設計コストを抑えられると思います。
なお、受託者への払い込み価格(SO価格)は先に書いた通りです。会社の時価総額に連動するので、シード期に信託の組成を行えば、ほとんどかかりません。弊社の場合は、20万円ほどです。
フェーズが進み、時価総額が大きくなればその分、払い込み価格が大きくなり、抑えるためには行使条件の設定が必要になってきます。
シード期に信託型SOを導入するためのTips
私は資本政策のためにあえて資本金100万円に抑え、払い込み価格が20万円程となりました。
これでも十分すぎるほど価格を抑えられておりますが、資本金を10万円など更に少なくしておけば、より少ないコストでできたな、と思っております。創業時に信託型SOを設計するならば、でき得る限り資本金を少なく設定すべきかもしれません。
また、創業時の発行済み株式数は1億株くらいにしておいた方が良いかと思います。信託型SOを組成する時点で株式数が多ければ、SOを細かく付与できます。私の場合、発行可能株式数は10億株にしていたのですが、発行済み株式数は10,000株(1株100円)でした。そのため、信託型SO組成時に株式数を増やす手続きが増え、多少のコストがかかりました。
以上が創業1か月目で信託型SOの導入を決定したプロセスになります。個人的には様々なリスクを抑えかつ柔軟な資本政策を組めるので、創業期に信託型SOを導入することはお勧めです。
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