脳のタコ。
最近、運動不足なこと甚だしい。
体重は増えるし筋肉は衰えるし寝つきが悪いし、何ひとついいことがないので、子どが通うスイミングスクールのジムに入会。週に一度、汗を流すようにしている。それと合わせて、合気道を習っていた頃にはじめた木刀の素振りを再開した。ただ振るだけだけど、十分に全身運動だし、何より少しずつ振るのが上手になっていくのが嬉しいんだよね。
で、数日経つと、手のひらの皮がめくれている。タコになる前のやつだ。慣れない動きに身体が馴染もうとしている痛みに、なんだか青春時代を思い出してニヤニヤする。何ヶ月も続いたら、きっと硬いタコなり、痛みを感じることもなくなるのだろう。そこまで、続けばいいのだけれどね。
さて、このタコというのは身体だけじゃなく、心にも出来る。長い時間受け続けた痛み、いわばストレスとかプレッシャーを超えてできた硬いデキモノ。
脳のタコ、のようなもの。
これができると、同様のストレスから受ける痛みが減るか感じなくなる。もちろん、これはプライベートでも、仕事でも出来る。
僕にもいくつもあるが、その一つは「修正ダコ」だ。
ここ直してください。
なんか違うんですよね。
やり直ししてください。
よく分かりません。
全然違います。
ほんとに面白いと思って書いてます?
思い出すだけでいくらでもある「修正せよ」の指示。
これ、最初の頃はかなりダメージがある。自分と文章の距離を適切に保てず、文章に対する指摘が自分自身に向けられているように感じられてしまって、反抗したり、打ちひしがられたり、心がたいへんだった。
でも、人間は強い。
いつのまにか書き直すことが苦にならなくなり、自分と納品物に適切な距離が生まれ、一応、プロと名乗って飯を食べられるようになった。脳のタコはずいぶん厚くなったと思う。
ただ、ふと考える。
このタコのおかげで仕事がやりやすいけれど、気づかない弊害もあるのではないかと。ダメージを受けないことにかまけて、退化する感覚もあるのではないかと。
僕がずいぶん前に気づいていたのは、「修正ダコ」のさらに外側に存在している「受注ダコ」。制作業の仕事は、依頼があってはじめて仕事になる。他人の課題、他人の要望、他人の意見に耳を傾け続けることで出来たこのタコは、10年を超えるキャリアの中でずいぶん厚くなってしまった。
他人の課題を解決する、解決しようと動くことに、あまりに違和感がない。そして、その裏側で「自分の言葉、自分の表現、自分のやりたいこと」に驚くほど鈍感になっていく。後回しにしてしまう。受け身の仕事によって、受け身の人間へと近づいていく……可能性がある。
たぶん、そういった懸念を感じている同業者の人たちはたくさんいて。自分の作品を世の中に発表したり、身の丈を超える案件を受けたり、まったく別の領域にシフトチェンジしたりして、タコの厚みを超えるプレッシャーを自らに与えている。
脳のタコ。
たぶん、みんなにあるんだろうな。プロであるほどに、見事なタコが。
ところで、あなたの脳には、どんなタコがありますか?
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