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1.3リットルのくさむら

 ずっと前から、それこそ年単位で気になっていた、ぬか漬けについに手を出してしまった。

 ぬか漬けを食べる習慣がなく、漬ける人によって癖があると聞いて自分でどうこうしようなんて思わなかった。けれど近所の八百屋さんで「お父さん手作りのぬか漬け」を買って食べたらべらぼうにおいしくて、うっかりお酒のアテにしてしまったゆえに塩分だなんだを気にせず爆速で食べ尽くしてしまい、「あ、私ぬか漬け好きだわ」と気付いたのだ。

 はやってるし、とか体にいいし、というのももちろんあるが、多少の手間はあれど突っ込んで放置するだけで一品できるって最高じゃん!?という手抜きの精神も同じくらいあった。料理してたらもっと手間なことたくさんあるし。ひとりのごはんでちょっとでも楽で彩りよく、きちんとした感が出ればいいなと思った。飽きたらまぁ、やめたらいいんだし。

 一からぬか床をつくって2週間待つ忍耐なんて、思い立ったらすぐやりたがる私には全くないので、ネットでいろいろ見てできあがっているぬか床を注文した。冷蔵庫保存で混ぜるのが週1回ほどでOKなやつ。ほぼ私ひとりしか食べないし、しかも普段は塩分過剰摂取に怯えてるので、あまり大量にあってもと思い、800gのものを。発送のお知らせを見たその足で、100均で1.3リットルのタッパーを買った。冷蔵庫でもさほど場所を取らず、ぎりぎり野菜を漬けられる。後で確認したネットのおすすめより少々小さい容器だったので不便が全くないわけではないが、ほぼカンで手に取った割にはうまくいったな、と思っている。

 2週間ほど経ち、あらゆるものを漬けては少しずつ食べ、また漬けてを繰り返している。少し水分が増えたなと思えば切り干し大根を突っ込み、味が薄くなったかと思ったら少しだけ塩を振り。たまには冷蔵庫の外に出して菌を増やせよと言われたら、温度に気をつけつつ外で様子見。冷蔵庫に残ってるあらゆる野菜を入れてはうまいと悦に浸り、もっといろんなものが漬けられるのかとネットで知るととりあえずやってみる。
 ゆでたまごは1日弱じゃちょっと物足りなかったけど、それでもおいしかったなぁ。塩が少なく感じたときだから余計だろうけど。あとは個人的には小松菜。丁寧に洗って塩振ってってやるのが最高に邪魔くさいが、できあがりを食べるとまあ好み。子供のころから野沢菜漬けを狂うほど食べて止められていた私には、たまらない味でテンションが上がった。

 八百屋さんやスーパーに行っても「漬ける分と普通に料理する分」を買ってしまうようになり、特に今は大好きな葉物野菜やきのこで試したくてしょうがなくてぽんぽん爆買いし、今冷蔵庫の中がジャングルのように鬱蒼としてしまって、己の見境のなさ、そしてあほさに頭を抱えている。夏なのに、料理して残ってしまったものを保存しておくスペースがまるでない。

 ぬか床は単に植物性乳酸菌や酪酸菌といった、善玉菌だけなのではなく、非常に複雑な細菌叢(さいきんそう)によって成り立っているのだそうだ。一口ではなかなか語れないくらいの、複雑な菌社会。人間社会にも通ずるなぁ、なんて思いながら、日々ご機嫌取りに励んでいる。
 とはいえ、毎日様子が揺らいでいることに、少々過敏に気にかけすぎてしまいそうな気配が、心の奥底の方で起こっているのに今しがた気付いた。「なんで最初の味からどんどん遠ざかって、自分の力で近づけないの!?」と躍起になりそうだった。あぶないあぶない。こういうのは日によって揺らぎや違いがあるのが当然なのであって、自然に任せて違いを楽しむのが一番だ。こんなことですら、きっちりしっかりやろうとして、変化にストレスになりそうになるなんて自分にびっくりだ。毎日違って、(とりあえずカビが生えてだめにならなけりゃ)全部いい!のだ。

 今宵もぺたぺたと、粘土遊びをやるかのようにぬかに素材を埋めていく。綺麗にならし、縁についたぬかを拭き取るときに少々達成感と癒しを得たような気になる。どんどん新しい発見があるので、もうしばらくは楽しめそうだ。

 そして自分で作るようになったことで、「お父さん手作りのぬか漬け」がいかに良心的価格だったのかもわかった。きゅうり、かぶ、なすの3種類(いずれかの野菜が3つのものもある)1パックで180円なんて。最近自分のに夢中で大量に作ってしまうので、なかなか買えてないのが残念でたまらない。
 野菜にこだわっていて、誇りを持ってお店をやっているのがわかる、かわいらしいおじいさん。今日お店をのぞくと、ぬか漬けが大量に残って割引されていた。なすなんて3つで100円!原価じゃん!よっぽどカゴに入れようかと思ったが、己の手に持っている、店をはしごして手に入れた大量の野菜と冷蔵庫の状況を鑑みて、泣く泣く諦めた。近いうちに、買いに伺いますからね!ちゃんと冷蔵庫のジャングルの間引きが終わったら!!

 私の周りでもちらほらぬか漬けを始めた話も聞く。微妙なおとなの味が理解できてきた30代。「老いたかなー!」なんて気持ちと、「いやいや私は子供のころから漬物好きだったし!」なんてほんの少し抗う気持ちと。体にいいことに気になるお年頃。明日も1.3リットルの菌のくさむらたちに、どんな状態で会うのか楽しみだ。

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