大学受験の「黒い雨」

 本屋さんに寄り道をしていて、ふとリーフレットを見つけた。あぁそうだ。夏になったら各いくつかの出版社がフェアをやってるんだった。しばらく見回ってなかったから忘れてたなぁ。懐かしいなぁと思いつつリーフレットをもらって帰った。これを見るの、かつては結構楽しみにしていたのだ。

 カフェで音楽を聴きながらペラペラとリーフレットをめくり、表紙と簡単なあらすじで勘を働かせ、好きそうなものにドッグイヤーをしていく。何年も何年も見てなかったら、新しい本がいっぱいあるんだなぁ。ページを進めていくと、懐かしい本を見つけた。井伏鱒二の「黒い雨」だ。

https://www.amazon.co.jp/%E9%BB%92%E3%81%84%E9%9B%A8-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E4%BA%95%E4%BC%8F-%E9%B1%92%E4%BA%8C/dp/4101034060

 大学受験の際、小論文の課題図書になっていた。芸術系の学部だから、ルールを守って型通りじゃなく多少は自分の書きたいように書いてもきっと認められやすい。やってやろうじゃあないの!と意気込んでいたところ、重そうな話が指定されてちょっと気落ちした記憶がある。本屋さんで購入して読み進めていると、大学から送ってもらえて結局2冊持つ羽目になったというおまけつきだ。
 気構えながら読んではいたが、思ったよりも読み進めやすくて正直ありがたかった。どうにも戦争ものというのは凄惨さが全面に出ているものばかりのイメージで、それが読むのに相当気合を入れなくては、世界観に飲まれてしまうと思っていた。飄々とした語り口ながら、大事なことは無駄なく伝える。こんな小説は、自分の読んだ中ではこの「黒い雨」と「少年H」くらいのように思える。まぁ私の読書量はまったくもって大したことはないけれど。

今年もまた、この時期がやってきた。暗い雰囲気が好きではないので取り立てて何か口にするわけではないが、やはり長崎の地に多少の縁があった者としては、8月9日はどこか記憶のふちを、すっと風がかすめていくような心地がする。あぁそうか、と。
私にとっては平和祈念公園といえど、ようわからん人がようわからん座り方してる像がある場所、である。おとなになってとりわけ大きく心持ちが変わったわけでは、正直いってない。それでも、ほんの少しでも思いを馳せる時間はいつもあった。結局詳しい話は聞けずじまいだったけど。

人間は強いなと思う。あれだけ荒れ果て死屍累々の中、「100年は人が住めるような状態ではない」と言われていても、現在はこの通りだ。まだ74年。そうまだ74年。状況は目まぐるしく変わり、この時期への思いもかなり変わってきたことだろう。原爆の日は特に、広島は取り上げられど、長崎にまで同じ思いでいる人は少ないかもしれない。それだけ、立ち上がることができたということではないか。どんなことでも、どんな絶望があろうと、人は取り戻し、超えていくことができるんだと思う。

今送る何気ない日常だって、いつどう変わってしまうかは誰にもわからない。予兆もなくふといなくなってしまう人もいる。奇跡が起きてどうにか生き延びていく人もいる。信念や財産を突然失う人もいれば、幸運にも大きな恵みを得られる人もいるだろう。何事においても、それが善い悪いは関係なく、続いていくことは当たり前のことではない。私にできるのは、月並みなれどきっと一瞬一瞬を大事にすることだろう。愛する人たちに、(あんまり不吉なこと考えたくないけれど)何かあろうと後悔が少なくなるような、言葉や行動を取りたいと思う。なかなかできることではないし、だからこそ少しでも心がけはしていきたい。

ちなみに大学は確か合格したように記憶しているが、作文のおかげではなく、その後の面接のウケがよかっただけのように思う。なかなか聞かないもんね。特に東京だと。仏教系の高校の行事なんて、話せる人がどれだけいたことか。一泊二日の強制参加の坊さん研修の話、教授のおじさま方は大変興味をお持ちのようでした。大学の話、ひとつもしなかったぞ?

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